#04:無→邪気×テレペルソォネ×不穏
「まあ仲良くとまでは言わないけれど、せめて上っ面だけでも
授業終わって帰ろうとしたところにタイミングよくかかってきた着信……村居さんからの指示に従い、僕は西蒲田の事務所まで三ツ輪さんを連れてきたわけだが。道中はずっとお互い無言のままで通し、学校のある西大井から事務所まで帰るにはいったん品川まで北上してから乗り換えて南下するという迂回路が結局いちばん早いのだが、乗り継ぎを待つ間が十分くらいあって、その間が何かものすごく居心地が悪かった。
「ええぇー、ちょっと怯えてたのかぁー、藤野くんの方から威嚇するみたいなコト言ってきたんでぇー、ちょっと身を護る的な行動に出ちゃっただけですってばぁー」
一階がコンビニで二階以上が住居、という四階建てマンションの二階の一室がここ「村居探偵事務所」である。マンションと言っても築四十年越えだそうで、その構造も昔の「団地」に近しい作り、だそうだ。小ぶりなコンビニの横の身体を横にしないとすれ違えないくらい狭い外階段を上がると、二メートル四方くらいの非常に狭い踊り場に出て、その正面に並んで二つそれぞれ重々しい金属の臙脂色のドアがある。その左側を押し込んで開けるともうそこが二十畳くらいの仕切りの無いフロアになっていて、結構な広さの大空間なのだが縦長のフロアの短辺のひとつにしか開ける窓が無いという結構な閉鎖空間でもあり、長辺双方を天井まで届く本棚がひしめいていることもあって、何というか地上にあるのに地下室的な雰囲気を纏っている。そこもまあ落ち着くところではあるけど。
それよりも、来客用にそこだけはお金を掛けているという応接セットの上座の三人掛けの方にどんと座りながら、赤いチェックのミニスカートから伸びる細い脚を高々と組み上げつつ放たれた、三ツ輪さんの言葉に面食らったわけで。
「そんなことよりもぉー、村居さんとお仕事が出来るっていうコト聞いてぇ、私ちょっと光栄、って感じなんですよぅー」
これでもかと表情筋をこねくり回すかのように使いこなし、どんどんそんな村居さんとはまた別のベクトルの間延びの仕方をはらんだ粘つく言葉を吐いてきているよ。ここまで表情・感情を切り離して操れるってのは確かに才能なのかも知れない。いや感心している場合でもないか。
「……!!」
が、抜かれた毒気を吸い込むように一息入れて反論しようとした僕は、一人掛けソファに並んで座っていた右横の長身からこれまた長い左腕を伸ばして制されたのであって。そして、
「キミのお噂もかねがね聞いているよ、三ツ輪クン。なまじの嘘発見機じゃ捉えられない虚偽を呼吸をするように吐けるという能力? を持っているということもね」
極めて冷静にいや冷徹に? 村居さんはそれでも淹れたてのコーヒーを勧めながらそう言う。ええーそんなのはあくまで付加レベルのものですってばぁ、と、まったく動ずる気配も見せない三ツ輪さんの周りには、また何かいろいろな色が束ね混ざったようなそれでいて整然とした「流れ」のような感情が視える。焙煎された芳醇な香りが漂う中で、まあそれはやはり異質な印象を与えてくるわけで。
とりあえず置いておこう、というような村居さんの「保留」の気配のあとにほんの少しの【憂惧】を感じ取った僕は、ソファの肘掛けの隙間で少し姿勢を正す。
「今日顔合わせしたのは察しの通りかもだが、厄介そうな案件が浮上しつつある。それをふたり協力して当たって欲しいと、そういうわけだ。ま、ここにいる全員が『不本意』であるということは、ろくに視えないボクでも分かろうところなのだが」
やはり。そして正面やや右斜め前で脚をほどいてカップとソーサーをふわりとした動作で持ち上げた三ツ輪さんは、誰が見ても分かろうところの仮面のような笑顔を浮かべ始めたけれど。
おほほ私に異存はございませんわ、でも足引っ張ったら今度は肋骨に爪先をめり込ますかんね、という同時並行的な感情の乗ってんだか乗ってないんだかの言葉を矢継ぎ早にコーヒーひと嚥下ごとに繰り出す見た目だけはほんわか愛らしいと言えなくもないその姿を、視点をその後ろの掃き出し窓越しに灯り出した白色の光の円に合わせつつぼんやりと視界に入れながら相対する他二名から立ち昇る粉塵のような「感情」は薄暗い空間でもそうと分かるほどの色の一致さをもってしてその頭上で混ざり合う。
【
「『洗足池』、分かるかな。ここから五キロくらい北上したところにある湧水池だ。そろそろイチョウも色づいてきてまあ絶景なんだが」
鼻から一息入れて気を取り直したかの村居さんも湯気の立つカップを口元に運びながらそう、言葉をゆっくりと確かめるように紡ぎ出してくる。せんぞくいけ、一度訪れたことはある。樹々に囲まれた中心の池は手漕ぎボート、スワンボートがいくつも浮かぶというかなり広い公園。でもあの頃は桜がほころぶ寸前という感じだったが逆に僕の心中は凪いでいたような。
「『厄介案件』ってことは、『憑依系』ってことですよねー? なんでまたそんなところに『ヒト』がいるわけなんですかぁ?」
三ツ輪さんは意外と察し良く質問を飛ばしてくる。目線は自分の整えられた手指の爪あたりに落とされたままだが。確かに。ヒトがそういったところに留まるものなのだろうか。いや、「感情」に憑依……支配された時点でもうヒトの意識は無いのだろうか。
いや、「依り代となった人間に意識がある場合」っていうのも示唆されてなかったか? 村居さんとの会話を思い出す。そしてそれこそが「厄介」であると言っていたんじゃあなかったか?
「『感情』が吹き溜まる場所っていうのは、狭いビルとかの閉鎖空間だけじゃなく、周り一面何も無いっていう開けた場所にも渦を巻くように、さらには周囲のモノもその濃度に誘引されるように集まってくるものなんだ。そして強力な『感情』は強力な『力』も生む。それに気が付いた者がいたとして、それをうまく利用してやろうと考えるのは、極めて自然な流れと言える」
少し、はぐらかしたかのような物言いだが、何となくの意味合いは分かる。が、
「『対象』は集団だ。何人いるかは現時点では分からない。そして感情を操ることで人間そのものを操ることが可能な者がその中にいる。想像は容易につくかも知れないが、その集団がやっていることは悪事だ」
納得できる帰結。だが、その集団が何故……人目もあるだろうし
「もちろん四六時中その公園内に出張っているわけじゃあないよ、藤野クン。だけど『いざその時』には、必ずその池の中央付近で『力』を補充しているそうなんだな。その姿は確認されている。が、が、だ」
村居さんの表情を横目で窺うと、その瞳には普段の柔らかさとは異なる硬質な光が宿っているように思えた。
「迂闊に近づけない。現に先行して偵察に行っていた手練れの二人組があっさり手中に落ちた。連絡ももう取れないそうだ」
僕ら「相当者」は、「感情体」の波及力の影響を受けないように諸々訓練らしきことを受けている。普通の奴ならかなり肉薄しても大丈夫なはずだ。ということは、今回の相手は普通じゃあないってことだ。
三ツ輪さんはどれほどのキャリアか知らないけど、僕はまだ見習いレベルのぺーぺーに過ぎない。であれば今回の任務は後方支援とかそういうことでしょうか……と、村居さんの丹田あたりから重く湧いてきている【赤】と【橙】のストライプ状の感情渦に何となくのいやな予感はしながらもそう聞いてみるものの、
「その『総本山』であるところの『洗足池』、そこを根城としている輩の内の『首謀者』、そいつをいきなり叩くというのが、今回ボクらに与えられた『任務』といえばそうなる」
図らずも、三ツ輪さんと僕の「うぃ?」という言葉未満の驚きと嘘でしょ感を含んだ呻き声がハモる。いや、ええと……ええ?
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