TAKE ME HIGHER

 一時選考通過の通知がスマホに届いた時の緊張と興奮っつったら、そりゃもう言葉なんかにはならないくらいだよ。

 そう言ったのは演劇部部長の絹田だった。将来脚本家を目指す絹田が書いた脚本、演出は副部長である乾によるオリジナル映画【紙飛行機】が一般公募された映画作品コンテストの一時選考に通ったのである。


「すっげぇ!俺達いけるんじゃん?」

「バカ、まだ一時選考だろ?最後までいかなきゃ意味ねんだっつの」


 テンション高めにストレートに言ったのは作品中、主人公の親友役をやった敦也だ。それをバカとあっさりと言い放った副部長乾も内心興奮を禁じ得ない。微かに声が震えている。


「部長、これが通れば俺達……」

「そうだな。そうなるといいな」


 主人公を演じた英之に答えた絹田は、終始穏やかな口調で言った。彼は一度も怒ったことがない、仏のような穏やかな人物。脚本のクオリティは正直プロ顔負け。相反する演出担当の副部長の乾は熱いタイプだ。


「よかったよ。ヒメ」

「そんなぁ、皆のお陰だよ」


 ヒロインを演じた美姫、通称ヒメは恥ずかしそうに言った。普段はおっとりとしているが、パンがかかった瞬間、ヒロインである活発な男勝りの女の子が憑依する。一方の主役の英之も驚くくらいに。


「俺達にできる事は皆やった」

「はい!」

「あとは祈るしかないな」


 帰り道、自転車を押しながら歩く美姫に、英之は言った。


「なぁ、ヒメ」

「なぁに?」

「あのさ、この映画がもしグランプリ取ったら……その……」

「いいよ」


 英之はえっ?と美姫を見る。美姫はにっこり笑って英之を見ている。


「でも、英之くんは夢があるでしょ?」

「え?」

「知ってるんだよ?オーディションの最終選考のこと」

「なんで……」

「俳優さんに、なりたいんだよね?」


 部員には黙っていたつもりだったのに……


「あたしね、何だかんだでずっと英之くんのこと見てたんだよ」

「ヒメ」

「だから……これ」


 ツバメを模したマスコットのキーホルダーを美姫は英之に手渡した。


「両方巧くいけば、その時はあたしも連れて行ってね」

「ヒメ……!」


 翌月、最終選考までいった映画コンテストの結果が絹田のスマホに届いたのは、小さな居酒屋の一室だった。部員は酒を頼んでも飲めずにただ只管震えて祈っていた。かれこれ30分……


「部長……」

「……残念だが……」


 部員はがっくりと頭を垂れた。一際頭を深く垂れていたのは乾だったが……


「グランプリだって」

「えっ?」

「グランプリだってさ!」


 狭い居酒屋の一室が歓喜の声と泣き声に溢れた。


「皆がよくやってくれた結果、ありがとう」

「絹田さんのお陰ですって!」

「おいおい、誰かの演出も忘れんなよ~」


 いつもはあまり飲めない乾もあっという間にハイボールを空にした。美姫は立ち上がって宣言した。


「次は、英之くんの番だよ!」

「あ?英之?」

「どしたん?」

「ちょ、ヒメ……」

「オーディション、受けたんだよね?」

「どこのよ?」

「……〇〇劇団」

「どこまで行ったんだ?」

「……最終選考」

「すっげぇじゃん!」


 顔を真っ赤にして下を向く英之、絹田は英之の肩を叩いて言った。


「お前の実力が認められたんだ。俺は嬉しいよ」

「部長……」

「今日は前祝だ」

「まだ、受かったって決まった訳じゃ……」

「悔いはあるか?」

「え?」

「悔いはあるか?」

「……ありません」

「ならいいじゃないか。結果はあとからついてくる」


 英之は頭を掻きながら笑った。


「結果は?」

「今夜、多分ポストに……」

「合格なら……」

「勿論、行きます。そこには……」

「?」

「ヒメも連れて」


 わっと沸き立つ居酒屋の一室。


「それならよ、今からちょっと行ってこいよ」

「えっ?」

「俺達、ここで待ってるからよ」

「ひ、一人で?」

「ヒメ、お前も行けよ!」


――参ったなぁ

 酒が残ったかっかする頭で英之と美姫は英之の部屋のポストの前に立った。


「結果は、今ここに入ってる」

「英之くん、手応えは?」

「わかんない。ただ、出し切ったよ」

「そ、なら……」

「ヒメ、もしだめならさ……」

「あたし、待つから」

「え?」

「それでも、あたし待つから」


 英之はこくりと頷き、ポストを開いた。そこには1枚の封書があった。丁寧に封を切ると、1枚の紙を取り出して広げた。


「英之……くん?」

「ヒメ……」


 英之は封書をジーパンの後ろポケットに詰めると、美姫をがっしりと抱き締めた。


「英之くん?」

「行こう、皆が待ってる」


 英之の目を見て、美姫は嬉しそうに笑った。居酒屋までの道、二人はずっと手を繋いでいた。

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PIECES 回転饅頭 @kaiten-buns

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