第2話 新しい日常

俺は新しい教室に入るなりすぐ座席表見て自分の席を確認する。「一番端かー」

新生活の席はクラスで誰もが羨む神席。教室の一番奥の列で一番後ろ。友達がいないとぼっち席になりかねない席でもある。


「陽君おはよう」


この声は1年生の頃から同じクラスで地味可愛い女の子。

市川鈴(すず)である。名前を“りん”と間違われることもあり、友人達からは「りんちゃん」と呼ばれている。

ただ、本人は“すず”と呼んでもらいたいので、中田や俺はすずと呼んでいる。


「おはよう鈴(すず)。また同じクラスかーよろしくな!」

「うん、よろしくね陽くん」

「おーす。古川。」

「お前も同じクラスか―。でも、一緒でよかった。まともに話せるのはお前ぐらいだし。」

「お前友達少ないもんなー。あれ?お前、俺以外に友達居た?」


笑いながらとんでもなく頭にくる言葉を軽々しく言ってくるのは、中田悠一。

中田と鈴は家も隣で幼稚園の頃からの幼馴染で、凄いことに今まで幼稚園の頃からずっと同じクラスだったそうだ。


「そーゆうお前も友達いねぇーじゃん!」

と俺も中田に言い返した。

奇遇にも三人とも席が近くてぼっちにはならないで済みそうだ。


そうこうしていると新学期名物の始業式の時間がやってきた。

式が始まり校長先生の長く退屈で意味が入ってこない有難いお話を直立不動で聞くという拷問を受ける俺たち。

すると後ろの方で退屈になった生徒が喋り出したみたいだが俺には関係ない。

あー早く始業式が終わらないものか。


ようやく始業式が終わり教室へ帰った俺たちは、自分の席に戻り新しい担任が来る間、春休みの出来事など近況を話していた。


担任も入ってきてホームルームも始まり、クラス委員も順調に決まり昼前だが下校の時間になった。

新学期初日はどこの学校も午前中に終わるだろう。


すると廊下の方が騒がしくなった。クラスのやつも廊下の方を見る。


「なにあの子ハーフ!?マジ可愛くない!?」

「綺麗な髪―。あれ地毛かなー?」

「隣にいる子も凄い可愛い。見たことないけど、1年生かな?」

「俺、声かけてみようかな」

「バカ、お前じゃ無理だって!(笑)」


そんな声が近づいて来るにつれて、俺は誰が廊下にいるのか大体予測はできた。



「お兄ちゃんいる?一緒に返ろうー」


ドンッ!

思わず机に膝をぶつけてしまった。

あまりにも大きな音を立ててしまったからクラス中が俺に視線を向けて驚く。


「えぇーーーーえ!?」


そしてその美少女が言うお兄ちゃんというのが膝を強打し、もがき苦しんでいる俺のことだと気付くとさらに教室、いや、周辺にいた生徒みんなが驚いた。


「あーいたいた。お兄ちゃん用事がないならファミレスに一緒に行こうよ。マリちゃんも一緒だから!」


俺は二人が教室まで来た事に驚いたが、普通LINEで連絡して来ないか?

ぶつけた膝を擦りながら思っていると


「古川この可愛い子たち誰?お兄ちゃんって言っていたけどお前の妹?」


今誰もが気になっていることを中田が興奮気味に聞いてきた。

隣にいる鈴も唖然とした表情をしているが興味津々だ。


「こいつは俺の妹の冬華。で、隣にいるのが冬華の友達の大和さん。」

「初めましてー古川冬華でーす。いつもお兄ちゃんがお世話になってまーす。」

「大和マリルです。よろしくお願いします」

「えー古川にこんな可愛い妹が居るなんて聞いたことなかったし!なんで言わねぇーんだよ!俺、中田悠一。よろしくな」

「ホントびっくりするよねぇ。陽くん全然家のこととか話さないから。私は市川鈴。すずって呼んでね」


簡単に各々が自己紹介を終えると男子からの獲物に飢えた目線と女子からの好奇な視線に気づく。

大和さんは俺よりも先に気づいていたみたいで、早くこの場から離れたそうな恥ずかしそうな顔をしていた。


「とりあえず出るか。二人も来るだろ?」


俺は中田や鈴にそう声をかけると二人もそっと立ち上がり一緒に教室を後にした。


学校を後にして俺たち五人は近所のファミレスにやってきた。

各々がドリンクバーで飲み物を取ってくる。

全員が席に着き頼んでいたポテトが来ると話の話題は俺と冬華の話になり、次第に大和さんの話になった。それからも、去年の学校での出来事など話題は尽きず気づくと夕方になっていた。


「じゃあ私はそろそろ晩ご飯の時間になるので先に帰ります。」

大和さんの一言で皆も帰りの支度を始め、店を後にして解散した。


「お兄ちゃんにあんな女の子の友達がいるって聞いてないんだけどー。もしかして鈴先輩のこと好きなの?」


帰り道の途中で冬華が突拍子もないことを言ってくるもんだから足をつまずかせ、こけそうになった。


「んっなことあるかよ!俺にだって女の子の友達くらい居るわ!って言っても、どこかに行くのは今日が初めてだったんだけどな。」

「でも、鈴って呼び捨てしてるし・・」

「俺も最初は“市川さん”って呼んでたけど、中田と仲良くなってその内3人で話すようになってからは“すず”って呼んでって言われて、中田も呼び捨てだったから自然にそうなったんだよ」


冬華はどうも納得する様子はなく、疑わしい目でこっちを見ている。


ブーブー。


マナーモードにしている冬華のスマホが鳴った。


「あっ、マリちゃんからだ。」


そう言ってスマホに目を向ける冬華。すると少し驚いた口調で


「マリちゃんが今日は面白かったって!」

「ほう、それはよかったな」

「でね、お兄ちゃんのLINE教えて欲しいって」

「俺の?」

「うん・・・」

「まーいいけど・・どうして?」

「わかんなーい。とりあえず教えとくね」


そう言って俺のLINEを大和さんに送信している合間に俺たちは家に帰り着いた。


俺たちは家に着くなり自分部屋に戻り制服を脱いで部屋着に着替える。


チロチロリン。


俺のスマホが鳴る。

「誰からだろ・・知らないIDだけど、大和さんかな?」


そんなことを考えながらLINEを開く。


「こんばんは大和です。

今日はありがとうございました!とっても楽しかったです。

いきなりLINE聞いちゃってごめんなさい。

でも、お兄さんともっと話したいと思って冬華に聞いちゃいました!(笑)」


今風のキラキラした絵文字やギャル語はなく、清楚感がこぼれ落ちるくらい丁寧な文面だった。


「こちらこそ今日は面白かったよ!

でも、大和さんから連絡来るってびっくりしたよ!」


俺は妹と母親以外の女子にLINEをすることが、ほとんどなかったため緊張と同時にニヤニヤする顔を必死に堪えながら、当たり障りのない内容で返事をした。


スマホが鳴る。


「早っ!」


返事を送ってまだ1分も経っていないが、スマホを覗く。


「迷惑でしたか?

無理言っていたのならごめんなさい。」


だれが、あなたからのLINEを迷惑と思いますものか!!


「そんなことないよ!むしろうれしいよ!」


俺は秒で返信した。

引かれれたら嫌だし、何より誤解されないように早く返さないといけないと思ったからだ。


しかし、返信を待っている時間はこんなに長く感じるものだろうか?

俺が返事を返してからまだ2分も経ってない。

変なことを言ってしまったのだろうか、引かれるような内容だったのだろうかと、そわそわしながら「既読」になっている送信済みの文面を何度も見返してしまう。

普段女子とLINEもしない場馴れのなさが際立って我ながら気持ち悪い。


チロチロ・・。


今か今かと片手にスマホを握りしめていたので着信音が鳴りやむ前にLINEを開いた。


「よかった(笑)

あっ!あと、大和さんじゃあ堅苦しいんでマリルって呼んでくださいね!」


その瞬間俺のテンションはMAXに達し、じたばたしていた。

でも、今日初めて会った女子を呼び捨てで呼べる訳がない。

しかもあんな美少女・・。


「いきなりマリルって呼び捨てなんて恥ずかしいよー(苦笑)

だから、マリちゃんじゃあダメ?

冬華もそう呼んでいるみたいだし!」


こう返すのが精いっぱいだった。

他にどう返信すればいいかわからなかった。

それに、いきなり呼び捨てなんかできない。


そんなことを思っていると


「鈴先輩は呼び捨て呼んでいるのだから私もマリルって呼んでください(笑)」


いやいや、鈴を呼び捨てで呼ぶようになったのもかなりの時間をかけてなんですけど・・。

でも、なんでわざわざ名前で呼ばせようとするのだろう?


「わかったよ!!!

ちょっと恥ずかしいけど・・頑張るよ!(^_^;)

じゃあ俺のことも気軽に陽でいいから!」


そう返信した直後に後悔した。

さすがに俺も名前で呼んでくれって調子に乗りすぎた。

引かれた。気持ち悪いって思われたよ絶対・・・。

絶望感が半端なく俺の周りを支配したその時マリルからの着信が入った。


「いいんですかー!?(笑)

じゃあ陽先輩って呼びますね!(^_^)

じゃあ私今からお風呂なんで、また明日連絡しますね!

冬華にもよろしく言っといてください。」


今日はこれで終わりかと少し残念な気持ちはするけど、しょうがない。


「うん!

じゃあまた明日ね!

おやすみ。」


俺は浮かれる心を鎮めながらLINEを返した。


また明日か・・。そう思いながらベッドに横たわり一連のLINEを読み返す。


「お兄ちゃんご飯できたって!」


冬華がドアの前で俺を呼ぶ。

もう少しLINEの余韻に浸りたかったのにすぐに現実に引き戻されてしまった。


部屋を出て冬華と一緒にリビングに向かう途中で不思議そうな顔をして俺の顔を覗き込む。


「なんだよ?」

「いいや。でもなんか嬉しそうな顔をしてたから、何かいいことがあったのかなーって思っただけ!もしかしてマリちゃんとのLINEでなにかいいことあったの?」


なんという観察力だ我が妹は。

だが、女子とのLINEのやり取りでニヤついているだなんて、兄貴の威厳として知られる訳にはいかない。


「いっ・・いいや!?ほら、食べるぞ!」


そういって俺は誤魔化しながら自分の席に着く。


「えー怪しい。ねぇーおかーさん!お兄ちゃんなんかニヤニヤしてるー笑」


うんっが!

「ばっバカなこと言うなよ!そんなことねぇーって!」


俺はお茶を飲もうと口に入れたが吹き出してしまった。


「ほらほら慌てないの!それで、なんか良いことあったの?」

「だからそんなんじゃないって!」

「ファミレスから帰って来たときは普通だったのに、マリとLINEしてから変だよねー笑」

「あら?そうなの?じゃあお母さんにも紹介して!笑」

「だから違うって!冬華の同級生で塾からの友達のハーフの女の子でそれだけ!」


今まで俺に対する女子の話題とは皆無だったので母さんも面白がってからかってくる。


そんないつもより騒がしい夕食を終えて、しばらくしてから俺は風呂に入り部屋に戻って寝ることにした。

そして布団に入りふと今朝の夢を思い出す。


「あの夢に出てきた人は誰だったんだ。また出てきたら名前聞きたいけど、そんな都合よく夢なんか見れないよな」

そんなことを考えているうちに俺は寝てしまっていた。



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