さいごの手紙
@kakou_otumami
第1話
おはようございます。それともこんにちは。はたまたこんばんはでしょうか。まぁそんなことどうでもいいですね。
改めまして、ごきげんよう。片平あかねさん。本当は対面でお話したかったのですが、残念ながらこの手紙を読まれている頃にはもう片平さんの手の届かないところに旅立っていることでしょう。あぁ、片平さんの瞳から涙がこぼれ落ちている様子が手に取るようにわかります。でもどうか、どうか最後まで読んでください。
私は片平さんに少しばかりの嘘をついてしまいました。けれどこれだけは本当です。私は片平さんと出会ってからの日々がとても充実していました。もう意味のないことかもしれませんが、少しばかりの親切心、私からの最後のアドバイスです。
片平さんは「卵」という単語を聞いて何を思い浮かべますか?片平さんはピュアなので鶏の卵を思い浮かべるでしょうね。いえ、別に悪いことではないです。むしろ純粋なのはいいことです。でも「卵」は鶏の卵だけではないことももちろんご存じでしょう。蛇や蛙など鳥以外の卵もあるでしょう。卵そのものではなく、卵を加工したオムライスなどの「卵料理」を思い浮かべる人もいるでしょう。知識豊かな人は「金の卵」など言語表現における卵を思い浮かべる人もいるでしょう。思い浮かべたものがなんであるかはどうでもいいのです。重要なのは人によっては決して思い浮かべることができないものがあるということです。片平さんは知らないでしょうけれど、私なら「卵を以て石に投ず」という言葉を思い浮かべます。卵を石に投げつけても卵が割れるだけで石には何の影響もないことから、道理の通らない愚かな行為という意味のことわざです。まさに今の状況ですね。この手紙を送る必要もアドバイスする意味も全くないのですが、あえて答えるなら趣味……でしょうか。片平さんにはこのことわざを思いつくことができないのと同じように、片平さんの家に全く想像のつかないものを仕掛けさせてもらいました。カメラと盗聴器です。マイクは設置していないので今このタイミングで話しかけて驚かせることができないのは残念ですが、私は間違いなく手紙を読む片平さんのリアクションを楽しんでいますよ。エスプレッソを頼んだらミニチュアのカップがでてきてキョトンとしている片平さんの表情が昨日のように思い出されます。今はあのときの間抜け顔ではなく恐怖と絶望が混じった顔なのでしょうけれど。
でも怒らないでくださいね。カメラと盗聴器は私たちの事業成功のためには必要不可欠だったのですから。思い当たることはありませんか?私はこれらのおかげで片平さんのメンタル状況を正確に把握し、適切なタイミングで適切なアドバイスをすることができたのですよ。もちろんベストベンチャー企業TOP100に選ばれたのは片平さんの斬新なアイデアがあったからです。片平さんが話すとどんな突拍子もない内容でも雄弁に見えたのもよかったです。とても社長していましたよ。けれど片平さんのアイデアは矛盾や現実味の無さをはらんでいましたね。それらを紐解き実現可能な手段に落とし込んでいったのは私でした。ビジネスチャンスをどんどん思いつく社長の片平さんとそれを確実に手にしていく副社長の私。今思うと私たちはとてもいいコンビでしたね。
えぇ、本当にいいコンビでした。けれど言葉の意味そのままに片平さんはアイデアを出しただけ、実現してものにしたのは私だけだったのですよ。そろそろ手紙を読むのも精神的につらいでしょうから、私からの最後のアドバイスを言いましょうか。私たちの会社、株式会社センツア・テスタは片平さんが社長で私は副社長、その代わりに資金比は私が80%で片平さんが20%でした。身に染みてわかっているでしょうけれど、株式会社において力を持っているのは社長ではなく株主です。片平さんは自分の会社のために休日返上で頑張っていましたけれど、センツア・テスタは実質私の会社だったということです。そしてセンツア・テスタはもうありません。大手企業に買収してもらいました。別に気に病むことはありませんよ。ベンチャー企業としては大成功なのですから。買収額は起業時資金の200倍にもなりましたしね。私は鬼ではありません。もちろんあなたの出資金ももちろん200倍になっていますよ。そろそろ振り込まれると頃合いかと。
前置きが長くなってしまいましたが、私からの最後のアドバイスです。契約書はきちんと読みましょう。最低限の法律知識を身に着けてから起業しましょう。ちょうど資金があることですし、いくらでもやり直せますよ。スーパーの鶏卵が孵化するくらい難しいことでしょうが、機会があればまたお手伝いしますよ。今度は「対等」な関係で。
聖護院かぶら
さいごの手紙 @kakou_otumami
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