ここがケツバット村
【田中麻美、浅尾真綾(2)】
薄闇の牢獄に陽の光を背中に浴びて姿を現したのは、ひとりの若い女だった。
その女の髪は茶色く染められてはいたが、根本から数センチが黒い状態の、いわゆるプリン頭になっていた。その手にはお椀が2つ乗った盆を持ち、視線をそのまま下にやると腹部だけが著しく膨らんでいたので、おそらく彼女は妊婦なのだろう。
「……食事、持ってきたわよ」
抑揚のない声と生気のない表情で女は鉄格子の前に両膝を着き、匙が入ったお椀を隙間から差し入れて置いた。中身はお粥のような物で満たされており、雑穀なのか、色のついた粒がいくつか見える。
「あっ……あのさぁ、ここから出してくれないかな?」
麻美は、断られるのを覚悟の上で訊いてみる。一見すると無駄にも思えるこの行動は、相手の様子をうかがう意味があった。
「……ごめん、無理」
相変わらずの様子で、女が静かに答える。やはり、予想通り断られてしまったが、この女は好戦的な性格ではなさそうだ。
そして、薄闇の中でも、間近で見る女の目玉が赤黒くないことだけはわかった。
麻美は立て続けに話しかける。
この機会を逃せば、なんの情報も得られないまま、村人たちの餌食になるのを待つだけだ。脱出に役立ちそうな、どんな些細な情報でも欲しかった。
「ねえ、ここってどこなの? 村の人たちも急にあんな風になっちゃってさ……どうかしちゃってるよね? もしかしてあたしたち、怒らせるような事をしたとか?」
女は質問にはいっさい答えなかったが、意図的に視線を逸らしたのを麻美は見逃さなかった。
「あたしたち、これからどうなるのかな? 絶対に良くないことが起こるよね?」
矢継ぎ早の問いかけに女はあきらかに動揺し、ついには両耳を押さえ、かぶりを強く振り始める。
「やめて、やめて、やめて、やめて! わたしに話しかけないでッ!」
それでも続けようとする麻美を、真綾は腕を引っ張り制した。
「麻美さん、もういいよ。お腹の赤ちゃんにもかわいそうだよ」
平静を取り戻した女が立ち上がり背中を向けたので、真綾は「あの」と言って引き止める。ゆっくりと力のない目つきで振り返った女は、「なに?」と素っ気なく聞き返す。
「トイレへ……行きたいんですけど……」
眉根を少し寄せてはにかみながら、真綾はこれから起こる生理現象を正直に伝えた。
無言のまま見下ろしていた女は立ち去るとすぐに戻り、手にした大きめの丼鉢を「どうぞ」と言って鉄格子の中へ差し出した。
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