挿話 トタン壁の牢獄

【田中麻美】

 麻美が薄闇の中で目覚めると、そこはまるで、簡易的につくられた牢屋のような、カビ臭くて狭い空間だった。

 広さは4畳半ほどしかなく、コンクリートの床の上はボロボロの茣蓙ござで覆われている。自分のすぐ近くでは、両足首に金属の足枷あしかせを付けられた真綾が横向きになって眠っており、その向こう側では錆びた鉄格子が備え付けられていて行く手を阻んでいた。

 麻美は大きな溜め息をついてから立ち上がり、波板のトタン壁に近づくと、寄り掛かってすわった。背中からゴツゴツと硬い質感越しに生暖かい熱気を感じたので、外はまだ明るい時間帯なのがわかる。

 臀部に広がる痛みの余韻を堪えつつ、麻美はあらためて室内を見る。部屋には窓や蛍光灯などの光源が何も無い。明かりといえば、鉄格子側から洩れてくる太陽光のみであった。

 いったい何があったのか、すぐに思い出すことはできなかったが、お尻の痛みから察するに、あの時、旅館のロビーで何者かから不意打ちを喰らったのは間違いがないだろう。

 ほかに痛みは特に感じられなかったものの、念のため、麻美は自身の下腹部を確認する。乱暴をされた痕跡は無かった。真綾にも目立つような着衣の乱れや外傷は無かったので、その点に関しては同じく大丈夫だろう。


「……ったく、なんなのよ、もう」


 誰に向けるでもなく、そんな言葉が思わずこぼれ出る。

 寝息をたてる真綾の寝顔を薄闇の中で見守りながら、麻美はここからどうやって脱出するか、自分の足首に取り付けられた金属の足枷に触れながら思案した。

 鎖部分は、人間の腕力では引きちぎれそうにない程とても頑丈にできていた。例え刃物があったとしても、容易には切れないだろう。

 昨夜の状況からして、自分たちを監禁したのは村人の仕業で間違いない。だとすると、目的はいったいなんなのか──いくら考えてみたところで、情報が足りな過ぎる。藤木や孝之が無事なのかさえわからない始末だ。

 最悪の場合、自分たち以外はすでにもう……そんな考えがほんの一瞬だけ頭を過るが、麻美はかぶりを強く振って、それを消し去った。


「なんなのよ……マジで本当に……」


 絶望感が重くのし掛かり、胸が苦しくなる。

 すぐ先の未来に待ち受けるものはなんなのか、子供ではないので、嫌でもある程度ならわかる。わかっているからこそ、絶望する現実をおとなしく認めたくはなかった。


「藤木さん……」


 麻美はつぶやきながら、顔を伏せて垂れた長い髪を両手でき上げる。

 そしてまた溜め息をつくと、天井を仰いでまぶたを閉じ、ふたたび眠りについた。




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