挿話 ある地下室にて

【金子光司】

 自分が村人たちに捕まってから、どれほどの時間が過ぎたのだろう。

 目を閉じる金子の顔は激しく殴られ、見るも無惨に腫れ上がっていた。

 しかも、天井から伸びる鎖付きの手錠に吊るされた状態で、両手首はとうの昔に自重じじゅうで肉が裂けて出血している。だが、感覚が麻痺したのか、不思議と痛みはもう感じられはしなかった。

 ぶら下がったままの両腕のあいだでは、力無くこうべが垂れる。汗や血がひどく腫れ上がった顔を濡らしては、忙しなく床に落ちて血溜りをつくる。

 薄れゆく意識の中、かすかな靴音が背後で遠退く。そして、ドアが開く音を聞いた金子は、「もうおしまいか、このボケ」と小さな声でつぶやいた。

 挑発的なその言葉に、立ち去ろうとしていた靴音が止まる。

 ふたたび靴音が金子に近づき、誰かが大きく息を吸って金属バットを構えてみせる。やがて、バットがぶつかる鈍い音と連動して、拘束された身体が前後に揺れた。

 それでも金子は、なんの言葉も発しない。

 ただ、弱りきった彼の身体だけが、鈍い音に応えて前後に揺れ動いていた。


「おい……死ぬぞ、おまえ。救いがあるのなら、助かる望みがまだあれば、それだけの我慢も意味がある。だが無駄だ。無意味だ。おまえたちに待っているのは、ケツバット村での暮らし・・・だけだ」


 若い男の淡々とした口調に、目を閉じたままの金子は口角を上げる。やがてすぐに、くぐもった笑い声が洩れ聞こえてきた。


「何がおかしい?」

「へっへっへっ、はっはっはっは…………誰がこないなド田舎で暮らすかい、ボケカス。金渡されてもお断り──がはぁッ!?」


 よりいっそう大きく振るわれた金属のバットが臀部に食い込むのと同時に、金子の額からは汗が、口からは血液が混じった唾液が、飛沫となって天井に舞い上がってはコンクリートの床に散った。


「ゴホッ……がはっ、カハッ! あ……ぐああっ! ううっ…………んぐッ!」


 拘束された金子の尻が、何度も何度も激しく打ちつけられる。そのたびに仰け反っては前へ倒れ、仰け反っては前へ倒れの単純動作を繰り返す。

 そしてその行為は、果てしなく何度も続けられた。

 まさに拷問であった。

 いつ終わるとも知れない無限の責苦。

 それでも金子は耐え続ける。意地なのか、自尊心プライドからなのか、ただひたすら拷問に耐えていた。

 理由は実に単純だ。

 気に入らないヤツの言いなりにはなりたくない──ただそれだけだ。


「いくら……何度たれようが……お断りや……アホが……」


 その言葉を最後に、金子はとうとう意識を手離した。




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