【金子敦士】

 植木鉢の陰にしゃがんで隠れる敦士は、仲居に尻をバットで何度も殴打される真綾をただ震えながら見ていた。

 真綾は気を失っているのか、ピクリとも動かない。

 仲居がさすがに息を切らして手を休めていると、正面玄関から丸眼鏡をかけた小太りの男がのそのそと歩いてやって来た。やはり手には、木製のバットがしっかりと握られている。


(なんてこった、仲間が増えやがった!)


 敦士は見つからないよう、さらに息をひそめて様子をうかがう。


「へっへっへ、こいつは良い尻をした娘っ子でねぇーかぁ!」


 うつ伏せに倒れる真綾の尻を着衣越しに堪能した男は、眼鏡の位置を中指で直しながら、ゆっくりと歩みを進める。何かよからぬことを考えているのであろう、男の股間は真綾との距離を縮めるにつれ、みるみると隆起していった。

 さらに近づき、鼻息を荒くして自らファスナーを下ろし始めた男が、にやつきながら真綾の下半身へ手を伸ばす。


「ああん? おめえ、何しに来た? さっさと村長の屋敷に行かねぇーかっ!」


 不機嫌そうに怒鳴った仲居は、持っていたバットを仰々しく構えてみせ、小刻みに先端を回してから男の足先を遠慮なく叩き潰した。


「ぐっ、ぎっ?! ぎひゃゃゃあああああああぁぁぁあああん!!」


 その衝撃と痛みで眼鏡とバットを落とした男は、足先を押さえながら大きく飛び上がったかと思えば、見事に尻餅をついてそれから無様に絨毯の上をのたうちまわる。仲居はそれに見向きもせず、倒れる真綾にきびすを返した。


(なんだ? 仲間割れか? いいぞ、もっとやれ! 同士討ちして自滅しろっ!)


 ことの成り行きを見守る敦士の視界の隅に、1人の人影が入り込んでくる。

 床に転がって泣き叫んでいた男も、自分の眼鏡が踏み潰される音で、ようやくその気配に気がついた。

 涙目の男は、足先を押さえたまま音のしたほうへ顔を向ける。

 真っ先に両足が見えた。

 そのままゆっくり視線を上げれば、バットを両手で大きく振りかざす麻美と目が合う。

 冷淡な表情ではあるけれど、美しく整った顔だちの若い女性に見つめられて、小太りの男がいやらしい笑みをつくる。

 それをよそに、麻美はなんの躊躇ためらいもなく、渾身の力でその笑顔をバットで叩き割った。

 ロビー全体に響き渡る大きな炸裂音。

 うつ伏せの真綾をひっくり返して両足を引きずろうとしていた仲居は、その音に反応して手を止めた。


「──おめえなぁ、いい加減に村長の所へ行けって!」


 怒気に満ちた大声を張り上げながら、鬼のような形相で振り返る。

 と、麻美の渾身のフルスイングが左脇腹に直撃し、仲居は飛沫しぶききながら、くの字に曲がったそのままの向きで倒れた。

 絨毯の床の上で動かない仲居を一瞥した麻美は、バットを惜し気もなく手放してから真綾の元へと駆け寄る。


「真綾ちゃん! 真綾ちゃん! しっかりして、起きて! 真綾ちゃん!」


 いくら身体を揺さぶってみても、真綾は目を閉じたまま動かない。死んでしまったのではないかと麻美は不安になるが、呼吸はしているので、とりあえず安心することができた。


(な、なんだ、あのねえちゃん……メチャメチャ強いぞ! かっけぇぇぇ!)


 敦士は思いもよらない救世主の登場に歓喜の声を上げそうになったが、慌てて両手で口を塞いだ。

 なぜなら、麻美からは死角になっている大浴場への通路側に、自分の父親をバットで殴り倒した男が立っていたからだ。

 その男のブロンズ色に焼けた手には金属バットが握られていて、先端部分の鈍い光が、怯える少年に血に飢えた猛獣の眼光を連想させた。


(嘘だろ……戻ってきたのかよ、アイツ!)


 男がゆっくりと麻美に近づく。

 ロビーに敷き詰められている上等な天然繊維の絨毯が、先ほどの麻美の奇襲攻撃と同様に男の足音も消していた。


「真綾ちゃん! 真綾ちゃん!」


(危ない、ねえちゃん! うしろだよ、うしろっ!)


 実際に叫べば自分が見つかってしまうため、敦士は心のなかで、迫り来る危険を必死に麻美に伝え続ける。

 もちろんそれは届くはずもなく、背中を向ける無防備な麻美は、金属バットの間合いまで容易く近づかれてしまう。


(何やってんだよ、もう! 早く逃げろってば!)


 四つん這いの姿勢で真綾の身体を揺さぶる麻美の尻は、狙ってくれと言わんばかりに男に向かって艶かしく突き出されていた。

 当然ながら、男はゆっくりと金属バットを握り締めて身構える。


 そして、次の瞬間──


 全身で溜めをつくってからの強烈なフルスイングが、女性的な丸みを帯びた臀部を容赦なく大きくゆがませた。


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