【黒鉄孝之、藤木和馬、田中麻美】

 連なる松明の灯りがブナ林の闇の内側で妖しく揺らめき、赤い光を放っている。村人たちがとうとうそこまで追いついて来たのだ。

 このまま車の前にいては見つかってしまう。いまだ戻らない真綾が気になるが、ひとまず、孝之たちは駐車場を離れて近くの茂みの中から様子をうかがうことにした。

 3人が息をひそめていると、ブナ林の出入口からは松明と木製のバットを手にした村人たちが次々と吐き出されて現れた。その光景は、まるで軍隊の行進さながらで、なんらかの命令に従って動いているとしか思えなかった。

 村人たちの行方を目で追えば、隊列の先頭は旅館には見向きもせず、大通りのほうへと進んで行くようだ。


(頼む……このまま通り過ぎてくれ!)


 孝之は強く念じてみるが、隊列から数名の村人が離れ、駐車場に停めてある2台の車を取り囲んでしまった。


「そんな……」


 麻美の落胆の声が聞こえる。

 藤木はなんの言葉も発してはいないが、彼女と同じく絶望的な心境だろう。


「クソッ、やめろ……やめてくれ……」


 孝之の願いも虚しく、村人たちは奇声を発しながら、2台の車に渾身の力でバットを何度も叩きつける。

 身をひそめているこの距離からでも、車体の形が変わっていく様子がよくわかった。村人たちの笑い声と奇声が月夜に響き渡り、車の窓ガラスはすべて叩き割られ、ボンネットやドアもボコボコにゆがんでいく。さらには、小便をかけるやからまでもがいた。

 駐車場の車を人力で大破させると、村人たちは最後に松明をいくつか車内に投げ入れて燃やした。

 巻き上がる火の粉と黒煙が、まるで断末魔のように星空へ吸い込まれて消えてゆく。

 車両が炎に包まれると満足したのか、村人たちは隊列へと戻っていった。

 しかし、それとは別に、1人の男が旅館へ入っていくのが炎越しでもしっかりと見えた。


「真綾が危ない!」


 思わず藤木を背負っているのを忘れて飛び出そうとする孝之。麻美が冷静にそれを制する。


「待って、孝之君。真綾ちゃんは、あたしが必ず連れてく戻ってくるから、孝之君は……藤木さんをお願い」

「えっ、何を言ってるんですか!? 麻美さんを行かせるわけにはいきませんよ!」


 少なくとも、旅館の中には今しがた入って行った男がいる。女性1人で行かせるなんて、もってのほかだ。


「あたしじゃ藤木さんをおぶって逃げれないし、それに、足の速さには自信があるのよ」


 そう言い終えてから少女のように愛らしくほほむと、麻美は孝之が持ってきていたバットを手に取り旅館へと走っていった。


「麻美さん!」「麻美ッ!」


 孝之と藤木の声に振り返ることなく、麻美はバットを片手に炎をよけて風のように走り抜けた。


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