第6話 僕と同じ

 結局、僕の実習中にはYくんは現れなかった。

 その後、実習生の他のみんなも見なかったみたいだし、とりあえず無事みなさん実習を終了した。


 最後に研究授業という 校長、教頭、その他の教員が見ている前で、本当の授業をして、その後講評してもらう時間があるのだけれど、なんとかこなした。

緊張で大変だったけれどね。

 なんか授業中ざわついたときに、一人の生徒がこんなことを言ってくれたっけ。

「みんな静かにしろよ、先生、生活かかってんだから」


 いや、あの、そこまでマジではなかったし、その後採用試験うけたけれどね。でも、助かったよ、先生達みんな笑ってたけれど。

「松原さん、生徒に好かれていたみたいだね」

 教頭先生に言われたよ。

「ありがとうございます」

 恥ずかしかった。


「最後に松原とかに会えてよかったよ…」

 中村先生、実習の終わりに言ってくれた。

 先生は椅子に座りお茶を傍らに置いている。僕は直立してお話しをうかがった。

「俺もうすぐ定年だからな…」

 そんなお年だったんですね。

「間に合ってよかったです…、さらに浪人したり留年したらだめだったんですね」

 お互い笑った。

「私は結局Yくんには会えなかったし、見ませんでしたね」

「そうか…」

「先生もあのボールの時以外は見ませんでしたか」

「ああ、Yにはな…」

 やっぱりね…。

「野球部に一度顔を出したら、ボール寄付してくれたお母さんがいたって聞きました」

 僕を見る中村先生。

「中村先生とお話しされていたそうで…、かわいいマネージャーさんが教えてくれましたよ」

「ああ、あの子な…よくやっているよな」

 お茶を一口飲まれる先生。ちょっと考えている。


「なあ、こんだけ長くやっていると、生徒も何人かは亡くなる」

 そうなんだろうか…、でも三十年以上教師をやると、何百人と卒業生に関わるとそうなのかな。

「あってほしくないことだけど、一人、二人は…。病気、事故、その他、わかるよな、青春って不安定だ…」

「ええ…」

「お前の代には言ったかな…、一番の親不孝の話し…」

「はい、覚えてますし、聞きました」

「そうか…、話したか…」

 担任ではなかったが中村先生は卒業前の最後の授業にこんなことを言われた。


「一番の親不孝は親より先に死ぬことだ。これだけはやっちゃだめだぞ、絶対だめだぞ」


 聞いたときはね、よくわからなかったけれど、そんなもんなんだろうな‥と感じた記憶がある。

「若いまま亡くなるってさ…、親不孝だし、俺達教員にとっても、これはつらいことなんだぜ。教師より先に死ぬことだってのも言っておくべきだったよ…」

 さびしく僕を見上げる先生。


「まだ本当のところはわかってないかもしれませんが、つらいのはよく…」

 僕と人生で関わった人数はおそらく二けたは違うだろう。中村先生の言葉は重かった。


「悪い子なんていないんだよ、月並みな表現だけど、いくら勉強できなくても、いくらツッパてても、悪い子なんていないんだよ…。みんなかわいい子なんだよ。まあ、松原は勉強もできて悪い事しないいい子だったけれど、いい子も悪い子もさ…、教師にとってはみんな“かわいい子”なんだけれどな…」

 まだ、松原には難しいよな…、そんな感じだった。


「本当の親御さんには悪いけれど、自分の子供、身内くらいに心配してるんだ」

「はい…」

 冷めたお茶を飲む先生。


「Yのお母さんさ、俺なんかに感謝してて‥」

 やっぱりYくんのお母さんだったんだね‥。

「何もできないけれどって言いながら、ボールをね、寄付してくれるんだ‥それも毎年‥」

「金子先生には話しているが、部員にはYの件は内緒だ‥」

 お前も話すなよ‥、そんな表情で僕を見つめる。

「俺も定年だし、今年で寄付は最後ということで…この前話したよ」

 定年だしな…、ともう一度先生はつぶやいた。

 先生、立ち上がり小柄な僕の手を握った。

「実はな、松原。こうやって実習に中学選んでくれるのって、うれしいんだぜ。高校のほうが行きやすい子もいるからな」

 どうなんだろう、僕は中学を選んだ。高校は男子校だし、あいつらでかいし、とか考えたのかな。自然と中学を選んだ。

「松原は高校時代は知らないが、中学の時もきっと学校楽しかったんだろう…」

 ええ、まあ。

「教育実習でも大学合格や就職の報告でも、どんな形でもここに来るってさ、楽しかったところだからだろ…」

 確かに…。いい報告をしたいし、実習にいくなら楽しかったところだね。


「楽しかったんだろうな…、Y…」

 え‥、先生は何を言いたいんだろう。

「そう思わねえか…、Yさ…中学楽しかったから見に来たんじゃないか…、戻ってきたんじゃないかな…。お前みたいに…」

 僕と同じ…。

「どんな形でもまた行く、来るってのは楽しかったからだろう…、“どんな形”でもな」


 大学に戻り、前期の成績表には、確か実習は「優」が付いていたと思う。どうゆう成績表の形だったかは、三十年ほど前だから忘れたが「優」が付いていた。

 実習生の仲間たちとはその後いい友人となり、教員の苦労やサラリーマン、OLの悲喜や、結婚、子育ての話しなどをしている。

 

 Yくんがあいかわらず中学にいるかどうかは定かではないけれど、学校はJR線の脇にあるので、何かの時に実家に行くさいなど、電車の車窓から中学を見ることができる。

 真新しい新校舎があるし、昔の面影はね、だんだんなくなってきている。

 今でもYくんは野球部の練習にでているのかな…、体育館の倉庫で遊んでいるのかな。

うわさは聞かないけれど、

どうなんだろうな…。

                                      了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Yくん @J2130

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ