第31話 あたしの好みじゃないかな

 × × ×


「そういえば、累木はあまり病室に来なかったな」

「焦らされれば焦らされるだけ気持ちいいし」


 7月になり、学校は夏休みに入った。入院は思ったよりも長引いて、結局7月の中頃まであの部屋で過ごす事になった。まぁ、脚が吹っ飛んで20日で済んだんだから、普通ならそれでも早いくらいなんだけどさ。


「そうか、相変わらず変態だな」

「……もっと、冷たくお願い」


 帰る場所のない俺は、既に月末に差し掛かっている今日になっても相変わらず売店と自分の部屋を往復しているだけだ。常駐の教師や実家に帰らない生徒もそれなりにいる為、休み中でも売店は開けている。母さんとは、しばらく会っていない。


「ねぇ、小戌君。……ちょっと?」


 シカトして勉強を続けていると、そのうち彼女は「あぁん」と変な声を出して床に寝そべった。眼鏡は外して、三編みつあみも解いている。見えなくてドキドキするから、預かっていて欲しいんだと。意味わかんねぇ。


「累木は実家に帰らないのか?」


 他の3人は来週まで帰省していて、その間は累木はこの部屋で寝泊まりしている。


「あたしの家族は全員変異人類じゃないから、あまり仲良くないんだよね」

「……そうか、辛いな」


 言うと、ちゃぶ台の下から忍び込むようにして俺の膝に頭を置いた。仲良くないなんて優しい関係でない事は、その表情を見ればわかる。

 よく嘘をつく累木は、ホントの本音ほど口にしない。こういうところが、パラノイア強度に影響しているんだと思う。ドM(S)なのも、それに対する反作用があるような気がしている。普通の人間の葛藤と、変異人類の葛藤と、どちらも抱えて迷っているんだろう。だから、もしかすると自分の本心がどこにあるのか、自分でも分かっていないのかもしれない。


 そこに置いておいて欲しいなんて、最低を求めるくらいだから。


「脚、冷たいね」


 そう言って、静かにそこを撫でる。当然、何の感覚もない。


「金属だからな」


 関節はギリギリ修復出来たようで、こうして胡坐をかいて座れる。やっぱドクター様様だ。あの人には、ガラにも無く憧れてしまう。無償で人の為に必死になれる大人って、かっこいいから。


 閑話休題。


 ……決意の日、俺は2人も呼び出して同じことを伝えた。冷静になって考えれば「お前は何を言っているんだ」って話なんだけど、まぁそれで納得してくれたからオーケーだ。恥ずかしいから、この話はここで終わりな?


「それにしても、夏休み中ずっと勉強してるね」

「金もないしな。それに、今ここでやっておけばきっと前期の期末テストで良い結果を出せる」


 前回のテストは平均52点。上々の結果だが、赤点の数は4つ。大好きな歴史で平均点を吊り上げただけで、五教科はそれ以外全てダメだったってワケ。まぁ、俺は何気に満足してる。


「マジメなのに報われないね」

「そんなことねぇよ、昨日は知らなかった英単語を今日はもう10個も覚えてる。頭良くなってるのが分かって楽しいぞ」

「……ふふ、そうだね」


 言って、何かを一瞬考えてから俺の顔を見上げた。拘束具は着ていない。Tシャツとショートパンツだけのラフな格好。


 この数日間を一緒に過ごしていて分かったことがある。それは、累木が異常に甘え下手であるという事だ。いつも、今のように何かを考える素振りを見せて、ジッと俺の顔を見るだけだ。こんなことを言うのが何だけど、せっかく受け止める気になったのに何もされないのは拍子抜けだと感じる。


 だから、逆に考えたんだ。たまには、俺から何かしてやろうかなって。


「なぁ、累木」

「なに?」


 寝そべったまま訊き返されたから、そのまま顔を降ろしてキスをした。顔の向きが反転しているアブノーマルなヤツだ。


「……ちょっと、あたしの好みじゃないかな」

「えぇ……」


 ダメ出しかよ。


「小戌君、どうせ他の子とはキスしたから、あたしだけまだで可哀そうだって思ったんでしょ」


 恐いよ、なんで分かるの。


「もっとね、もっともっと最悪な場面でファーストキスして欲しかったんだよ。例えば、小戌君がみんなの事を気持ちよくさせて、私だけ縛って除け者にされて泣いちゃって、そんな時に体液まみれのみんなの味が残ってるまま嫌がるあたしを……」

「やめろ、悪かった。俺が悪かったから」


 さっきまでの俺の考察、全部なかったことにしていいかな。累木は、ちゃんと自分の欲望に忠実だし変態だったわ。


「……ふふ、嘘だよ。半分だけ」


 半分も本当なのかよ。


「ちゃんと、あたしの事好きだって分かったから、優しいのもやっぱ嬉しいかな」

「そうか、ならよかった」


 何か気の利いた言葉の一つでも捻り出せればよかったんだが、累木の圧力にやられてそれ以外に何も言えなかった。下手にサディスティックな事を言っても慣れなくて逆効果だろうし。こいつ、やっぱ強えわ。


「みんなが帰ってきたら、どこか出かけたりするの?」

「せっかくだしな。あと、俺を通してじゃなくてお前ら同士で話が出来るようになって欲しいってのもある」


 正常じゃない関係なりに、せめてその輪の中だけは平和で居て欲しいと思ってる。その点に関して、累木に心配はないな。


「そっか。じゃあ、今のうちにいっぱいかわいがってよ。簡単だけど、痛いのがいい」


 言われ、姿勢を変えて膝の上に座ったから大きく息を吸い込んで強く抱きしめた。勘違いしないで欲しいんだけど、俺だってそう言う事をしてみたいと思ってるし、別に流されてるワケじゃないからな。


「もっと……」


 苦しそうな声を聞いて、歪む腕を見て、これ以上はマズいと思いつつも力を込めてしまう。多分、これが俺の本性だ。自分より強いヤツを征服して掌握する。正面から欲望を受け止めてその上を行く。臆病なだけで、誰とも変わらない凄まじい程の顕示欲を持っている。戦闘のスタイルは、そのままフェチズムに直結している。脳筋思考は、ここに極まっているんだと再認識させられるよ。


 だから、受け止められているのはきっとこいつらじゃなくて俺だ。歪んでるのは、俺も同じ。それを否定する気は、ちっとも起きなかった。


 もし破壊衝動に怯えていなければ、あっさり最後の一線を越えていただろうから。それくらい、累木の体を抱いていると安心したんだ。

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【未完】アオハル・オブ・サイコパス 夏目くちびる @kuchiviru

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