第6話 森で眠る紅い乙女

 「深い森で眠る、紅い乙女。君はなぜ、この境界を

越えてしまったんだい。さあ、歌ってごらん。」

 白くきれいな肌に髪は美しい金色のストレート。赤いずきんに赤い上着、白いシャツに赤いスカート白いエプロン。

彼女はいつでもこの姿。だれが呼び始めたが知らないがみんなは彼女の

姿から「赤ずきん」と呼んでいた。

「赤ずきん、赤ずきん!」

「はあい、お母様!」

「赤ずきん、森のおばあちゃんにパンを届けてほしいの。

森の奥だけど大丈夫?」

「おばあさまのおうちにいけるの!

ええ、おばあさまにあえるのなら森の奥だって平気よ!」

「そう、パンが焼きあがるまでまだ時間がかかるから、

お部屋でおめかししてらっしゃい」

「はい、お母様」

そういうと赤ずきんは部屋に走って行ってしまった。

「うふふ、あの子は本当におばあちゃんが好きなのね」

部屋へ行った赤ずきん、おめかしといってもまだ幼い彼女にはよそいきの服に着替えるくらいだが。ちなみに服装自体はいつもと同じである。

「はい、これがおばあちゃんに持っていくパンよ、籠が大きいから気をつけてね」

「はい、お母様。ではいってきます」

「あまり遅くまでおばあちゃんの家におじゃましてはいけないわよ。

暗くなるまでには帰るのよ」

「分かっているわ、お母様。おばあさまはあまり体が強くないんですもの、

パンを届けて少しお話したらかえるわ」

「分かっているならいいわ。じゃあ、いってらっしゃい。おばあちゃんによろしくね」

「はい、いってきます」

おばあさまのいえはこの村から少し離れた森の奥にある。

隠居したおばあさまは静かな森で静かに暮らしている。一緒に住んで

ほしいけどいつもやんわり断られている。体のことも心配だしいつかは一緒に住んでほしいな。

「おや赤ずきん。大きなかごを持ってどこへ行くんだい?」

「こんにちは、猟師のおじ様。森のおばあさまの家までパンを

届けにいくの」

この人は村に住んでいる猟師のおじ様。色黒でいつもベストを着ているの。私によくお菓子をくれるとっても優しい人。

「そうか、お菓子をもらったから赤ずきんと一緒にお茶でも飲もうと思っていたのだが…」

「ごめんなさいおじ様。お母様に暗くなる前に帰るって約束したから

寄り道はできないの」

「そういうことなら仕方ないな。森は危ないからきをつけてね。

もうじゅうが出るかもしれないからな。」

「ありがとうおじ様。お茶とお菓子はまた今度いただくわ。」

「楽しみにしているよ」

「いってきます、おじさま」

「いってらっしゃい」

本当にざんねんだわ、猟師のおじ様がくれるお菓子と淹れてくれるお茶はとってもおいしいのに…。おじ様、お茶を断って気を悪くされないといいのだけど。

できるだけ早くおじ様と一緒にお茶をしましょう。そのためにも早く

おばあさまの家に行かなければ。

そう思った赤ずきんは早足で森へすすんでいった。

 森の中は赤ずきんが思っていたよりも明るく、花が咲き、小鳥たちも

きれいな声で鳴いていた。赤ずきんは祖母の家に急がなくてはと

思いつつも、森の風景に心をうばわれていた。

「きれい…」

赤ずきんはこの森へきたことは何度かあるが、いつもよりきれいに見えた。

それは初めて一人できたからか気分が高揚していたからかもしれないし、

よい季節で実際に美しく見えたからかもしれない。

理由はどうあれ、赤ずきんにはお使いに行かなければいけない。

赤ずきんは木々と花々を眺めつつ森の奥へ急いだ。


そのころ、おばあさんは体調を崩して寝込んでいた。最近は体調をくずすことが多くなっていた。もしかしたらもう長くはないのかもしれない。

それでも赤ずきんたちと一緒にすまないのは二人に迷惑をかけたくないという思いからであった。

 今日は赤ずきんがパンを届けてくれる日だ。

自分が縫った赤いずきんを今でもつけていると思うと自然に顔がほころんできた。おばあさんも赤ずきんに合うのを楽しみにしていたのだ。

「赤ずきんはブリオッシュが好きだったね。たくさん作っておこうかね。

飲み物は紅茶がよかったはず」

赤ずきんの前では元気のない姿は見せたくない。その気持ちから赤ずきんと一緒に食べようと思ってお菓子とお茶の準備を始めた。

訪ねてくる赤ずきんのことを思うと、体の調子もよくなっていく気がした。

準備は万端に整った。後は赤ずきんが来るのを待つだけだ。

愛しい孫が訪ねてくる、それだけでおばあさんはどきどきしていた。

待ち遠しくて仕方なかった。

 そんな瞬間に玄関のベルがなった。

おばあさんは最近いうことをきかなくなってきた足で精一杯玄関へ歩いていった。

「赤ずきんかい?待っていたよ、今ドアを開けるからね」

かわいい孫に久しぶりにあうという喜びでおばあさんは用心を忘れていた。来訪者は一度も声を出しておらず、姿も見せてないことにおばあさんは気がついていなかった…


その男の服装はおかしかった。ほかの場所で見れば変ではなかったかもしれない。黒い上着に黒いシャツ、灰色のズボンに茶色い帽子を深くかぶっていた。どれも薄汚れていた。黒いくしゃくしゃの髪は手入れをほとんどしていないであろう。木漏れ日あふれるこの森では男の薄汚れた格好は

完全に浮いていた。しかし男はそんなことは微塵も気にしていなかった。表情はなくただもくもくと歩く男には確たる目的はなかった。

そんな男が森を進んでいくと森の奥に開けた場所があった。

そこには小さな家が建っており、人のいる証拠に煙突からは煙が上がっていた。今この瞬間に男に目的ができた。

男はそのまま歩を進め小さな家のベルを鳴らした。家の中からの返事を聞いて男は初めて大きな笑みを浮かべた。

 扉を開けたおばあさんは戸惑っていた。

おばあさんの胸中を言葉で表せば、

(この人は誰だろう。どこかであったかしら?)

おばあさんはまだこの男に対して警戒心を抱いてなかった。

「あの…、失礼ですがどちらさまですか?」

男は少しかすれてはいるが丁寧な口調で返事をした。

「すいません、旅のものですが東の村へ行こうとしたのですが、道に迷ってしまいました」

「あら、大変ね。東の村へ行くにはここから少し戻って最初の三叉路を左に行くのよ」

「ありがとうございます。かさねがさね申し訳ありませんが、ごはんを

分けていただけませんか。森野の中を歩き回っておなかがすいてしまって。

予定では今頃は東の村についているはずだったので食料を持っていなくて…」

「まぁ、それだったらもうすぐ孫が来るからお茶の準備をしていたの。

あなたもご一緒にいかが?」

「ありがとうございます。しかし…、ご迷惑ではありませんか?

お孫さんとのお茶のおじゃまになるのでは?」

「大丈夫よ。迷惑なんてことはないわ。さぁ入って」

「ありがとうございます」

このとき男の目が一瞬怪しく光った。

おばあさんは久しぶりのお客を相手に饒舌になっていた。

自分の若いころのこと、今は離れて暮らしている娘と今日訪ねてくる

愛しい孫のことなどなどさまざまなことを話した。男も笑顔で

おばあさんの話を聞いていた。男はおばあさんの話を聞きつつも悟られぬよう注意深く家の中を見回していた。

…「ごめんなさいね、私ばかり話してしまったわ」

「いえ、面白い話を聞けて楽しいです」

「そういってもらえるとうれしいわ。あら、あなたのカップがからね。

おかわりを…、あら、ティーポットも空だったわ。今淹れ直すわ。」

「そのくらいなら私がやります。みたところ足が悪いようですし。」

「いいのよ、歩かないのはかえって足に悪いから、それにお客様に

やらせることじゃないわ」

そういいながらおばあさんは席を立ちお茶を淹れにいった。

男はお茶を淹れにいったおばあさんの後をついていった。

「あら、本当に座ってていいのよ」

男の表情はまたなくなっていた。手には近くにあった食器を握っていた。

男はティーポッドにお茶を注ごうとしているおばあさんに向かって食器を持った腕を振り上げた。

 その時おばあさんは気配を感じて振り返って男は腕を振り下ろした。

振り下ろされた食器はおばあさんの額に命中した。

その一撃でおばあさんは床に倒れてしまった。

おばあさんが倒れても男は攻撃の手を緩めなかった。

おばあさんは逃げようとしたが足がうまく動かず逃げられなかった。

男は表情を変えないままおばあさんを殴り続けついに動かなくなるまで手を止めなかった。

男はおばあさんの生死を確認した後、家捜しを始めた。

まずはおばあさんと話をしながら目をつけていた場所から始めた。

男は流れるような手つきで家捜しを続け、金目のものをポケットにいれていった。

男の心には一切の躊躇や後悔といった言葉はなかった。

男は一通り家捜しを終えると、思い出したように争った痕跡を

消そうとした。まずは散らばったものを片付け、出ていた食器をしまった。

最後におばあさんの体を捨てに行こうとして、窓の外を見たとき、

こちらへ向かって赤いずきんをかぶった少女が来た。

男は向きを変えおばあさんの体を家の中に隠し、外の様子をうかがった。

赤いずきんの少女は間違いなくこの家に来ようとしている。

男はこの少女はおばあさんに用事があるのだろうとやまをはり、

寝室のベッドにもぐりこんだ。

寝室の入り口に背を向けるように男は寝たふりをして赤いずきんの少女を待った。


長い森を抜けて赤ずきんはようやくおばあさんの家までたどり着いた。

美しい森よりもおばあさんと久しぶりにあえるという期待感が勝った

赤ずきんは森の後半は走ってきた。それほどおばあさんと会えるのを

楽しみにしていたのだ。

赤ずきんはドアのベルの前で息を整え、ベルを鳴らした。

家の中から返事はなかった。赤ずきんは、変だなと思いつつもう一度

ベルを鳴らした。二度目のベルにも返事はなかった。

赤ずきんは家の中へ入り、おばあさんを探した。

台所、居間、最後に寝室。寝室の布団がもりあがっていた。

「おばあさま、ここにいたのね。パンをもってきたわ。」

「ありがとう。ごめんね、今日は体の具合が悪くてね。」

「おばあさま、辛いなら無理してしゃべらなくていいわ。

声がかすれているわ」

「大丈夫だよ。それよりもっとこっちにおいで。

少しの間一緒にいておくれ。一人でいると寂しいんだよ。」

「分かったわおばあさま。あら、おばあさま汗はかいてない?

ちょっとにおうわ」

「ごめんね、体がだるくて汗もふけないんだよ」

「なら私が拭いてあげるわ」

「いいんだよ、ただこうやってしゃべっているだけで私はうれしいよ」

「そんなわけにはいかないわ。今タオルを持ってくるからまってて」

そういうと赤ずきんはタオルをさがしに寝室を出ていった。

年老いたおばさんがかぜをひいている。赤ずきんはそのことで頭が

いっぱいになっており細かいことに気がついていなかった。

一つ、風邪をひいたにしてもおかしかった声、二つ、寝ている者の体に

あっていないベッド。

 赤ずきんはタオルをさがしていた。

「おばあさま、タオルをどこにしまったのかしら…」

しかしなかなか見つからなかった。

赤ずきんが次の部屋を探しているとその部屋の床にきれいにたたまれた

タオルがあった。

赤ずきんはそのタオルを取り、おばあさんのいる寝室に戻ろうとした。

そのとき、タオルの前にあった戸棚が少し開いているのに

赤ずきんは気づいた。

赤ずきんは戸を閉めようと戸棚に近づいた。

しかし、ぴったりと閉まらない。

赤ずきんが力をいれて押してみても閉まらない。

「何かはさまってるのかしら」

そうつぶやきながら戸を開けてみると、

そこにはおばあさんがいた。

「おばあさま!?」

そう叫んだ赤ずきんの後ろにいつの間にか男が立っていた。

「あなたはだれ?」

赤ずきんは警戒のこもった声で叫んだ。

男は赤ずきんの言葉に答えず、赤ずきんを殴り続けた。

赤ずきんは逃げ出そうとしたが、男が逃げ道をふさいでいるため

逃げられなかった。赤ずきんは殴られるままだった。

 男は赤ずきんが動かなくなるのを確かめると、

見つからないよう外に出た。男は家の裏の森の奥へ行き人が二人

入るくらい大きな穴を掘った。

家に戻るとまず赤ずきんの体を担いで穴へ埋めにいった。

次におばあさんの体も穴へ入れ、上から土をかぶせた。

男は何事もなかったようにその場所をはなれた。


 二人が埋められた場所にある人物が近づいてきた。

灰色の髪に黒いスーツの上下、白いシャツに赤いベスト。顔は病的に白い

肩には金髪の少女の人形が座っていた。その人物は二人が埋められた場所

のそばで膝をつき、語りかけた。

「なるほど、それで君たちはここで埋められてしまったんだね。

何も罪がないというのに。

しかし、君のずきんはほんとうに赤いね。ならば復讐はそれにしようか。

さあ、復讐劇を始めようか」


 トントン、真夜中に猟師の家のドアが叩かれる。

「誰だい、こんな時間に」

寝ていた猟師は不機嫌な声を出しながら玄関を開けた。

「こんばんは、おじさま」

「あかずきん!?いったいどこへ行っていたんだい。おばあさんの家から帰ってこなくてみんなで探しにいったんだよ。家にはおばあさんも

いなかったし何があったんだい」

「おじさまごめんなさい。今は何も言えないの」

「言えないなんて…、」

猟師は困惑していた。

何日も探した女の子が急に現れた、しかも深夜に。

さらに何があったか聞いても喋ろうとしない。

男は子供を持ったことがないのでどうすればいいのか分からなかった。

「おじさま、お願いがあるの」

「お願い?」

「ええ、動物を狩ってほしいの」

「?そんなことならお安い御用だが…」

「ありがとうおじさま!」

赤ずきんはとびっきりの笑顔を浮かべた。

猟師の疑問は一瞬で吹き飛んだ。

赤ずきんからの狩りの希望は以下のとおりだった。

おじさまは獲物を撃つだけでいい

獲物をおびき寄せるのは私がやる

合図をしたら撃ってほしい

これだけである。

だが、赤ずきんの笑顔を見てしまえば疑問など何もない。

「本当にこれだけでいいのかい?」

「ええ、おじ様はそれだけをしてくれたらいいの」

「…分かった。私はただ獲物を撃つよ」

「ありがとう。おじ様。それじゃあいってきます」

そういうと赤ずきんは森へ駆け出していった。

猟師も約束の場所へ出かけていった。


 男は何かに導かれるようにして森に来た。

数日前に老婆と少女を埋めた森にだ。

ただ気の向くままに男は奥へ奥へと進んでいった。

すると森に開けた場所に小さな家があった。

男は小さな家を見ても何も思ってはいなかった。

玄関の近くまでふらふらと歩を進めると、

玄関の前に赤いずきんの少女がいた。

表情をめったにあらわさない男も少女を見た瞬間、驚いた。

この少女がいるはずない。自分がこの手で動かなくしたのに。

そんなやつがいるはずない。

男は逃げようと思った。頭ではそう思いながらも体は

金縛りにあったように動かなかった。

すると少女は急に美しい笑みをうかべた。

その笑みはたしかに美しかったが同時に男にさらなる恐怖を与えた。

 突如男の金縛りは解けた。

解けるやいなや男は一目散に逃げ出した。

男は全力で走っていた。

「何なんだよあいつは」

男は逃げ出しながらも悪態をついた。

しかしふいに後ろを向くと少女は美しく恐怖を連想する笑顔をうかべたまま追いかけてきた。

男は体中の力が抜け、その場に座りこんでしまった。

少女は笑顔をうかべたまま男を見つめ続けた。

 すると男の胸に赤い一点のしみが広がった。

それは二つ、三つとどんどん増えていった。

猟師が猟銃を手に姿を現した。

「おまえが赤ずきんを襲ったおおかみだな」

猟師はそうつぶやくと引き金を何度も引いた。


「やれやれ、年上は敬おうと誰も教えなかったのかね。

あんな可愛い少女は大事にしまっておかないと」

「あら、それじゃあ私もしまっちゃうの?

ウフウフフウフフフ!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

よろず怪談 紫藤 楚妖 @masukarupo-ne

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ