第5話 怪物と幽霊と肝試し

「やっぱりやめようよこわいよ」

「ほんとSは怖がりね。男なんだからもっとしっかりしなさい」

少女は階段を勢いよく、少年はおっかなびっくり少女のあとを追いかけていく。

ある少年と少女が肝試しをしていた。舞台は二十数年前に開発が断念され、壁や床などは最低限のものしかないホテル。地元では通称幽霊ホテルと呼ばれている。

「あと少しで最上階なのよ。ここまできてやめられないわ」

「暗いし散らかってるから危ないよー」

Sの言うとおり廊下はガレキが散らばっているうえに懐中電灯だけでは一部しか照らせず不安にさせる。

「あーもう、うるさいわね。わかった。私がさっさと最上階まで行って帰ってくるからそこで待ってなさい」

言うがはやいかRはさっさと行ってしまう。困ったのはSだ。

「まってよRちゃん」

Sは慌てては家から持ってきたお守りを握りしめてRを追いかけて駆けていく。


「あれ、Rちゃんどこ行ったんだろう」

案の定SはRに置いていかれ、おまけにさして広くもなく、複雑でもないホテルで迷ってしまった。

「そういえば本で読んだことがあるぞ。遭難した時は歩き回ったりしてはいけないって」

そう思い出すとSはその場で腰をおろし、ポケットを探った。ポケットの中には休憩中にRと一緒に食べようと思っていたお菓子が入っている。一人で食べようかとしばらく迷ったがやっぱりRと一緒に食べることにしてポケットにしまった。

急に手持ち無沙汰になったSは何か面白いものはないかとあたりを見回してみた。周りには肝試しの先客が捨てていったらしいゴミが散らばっている。そのなかには古くぼろぼろの新聞が捨てられている。

Uくん行方不明。夜から姿がみえず

どうやら少年が行方不明になる事件が過去にあったようだ。行方不明の少年と自分の年齢が同じことにSは目を引かれた。


「まったくSたらほんとに臆病なんだから」

Sの愚痴を言いながらRは歩いている。そのときSとはちがう少年の声がした。

「もしもし」

「野球をやったらエラーと三振の山だし」

「あのー」

「なによ」

振り返ってみると自分と同年代の少年がいた。

「そんなに怒った声出さないでよ。君も肝試しにきたの」

「だったらなに」

「よかったら一緒に行こうよ」

「いやよ。でもどうしてもって言うのならいってあげるわ」

「うん。どうしても一緒に行きたいな」

「しょうがないわね。さっさと行きましょ」

Rは足早に歩きながら少年に問いかける。

「そういえばあなた名前は?年は見たところ同じくらいだけど」

「名前はUていうんだ。年は、うーん。25歳だよ」

「はぁ、何言ってんのあんた。冗談にしては面白くないわよ」

「ま、そこは秘密っことで」

「あっそう」

呆れた、という表情をして先に進む。

「あんたはSとは違う意味でイライラするわ」

「それはごめん。そのSって誰」

「私の幼馴染よ。今日も一緒に来たんだけど意気地なしだから途中で置いてきたわ」

「へーそうなんだ」

そのあとはSがいかに意気地がないかをRがまくしたてながら2人は進んだ。

「ここが最上階ね。別に下の階と変わらないわね」

それからRは近くの部屋へ入っていった。

「部屋なんかに入ってどうしたんだい」

「最上階まで来た証拠を探してるの。最上階なんだからこの部屋スイートルームでしょ。なにかないかしら」

その時、部屋の隅で何かが動いた。二人が目をやるとそこには周りの闇よりも暗い不定形の黒い怪物が無数の昆虫のような複眼をせわしなくあたりを見回していた。怪物が無数の目が標的を見つけると体から八本の触手を出して二人に近づいてくる。

「なによあれ」

生物かも分からない異様な物体と目が合ってしまい二人は動けなくなってしまう。何もできないまま怪物はゆっくりと近づいき、触手の一本をふりあげる。

触手が身動きのできないRの額に触れる。

「だめ、やめて」

触手がふれた途端、Rの顔色は真っ青になり息も荒くなった。

足もガクガクと震え立っているのもやっとのようだ。

そんなRの手をUが掴み、Rと一緒に怪物から逃げ出す。

怪物の動きは鈍く、少年とRは無事部屋から逃げることができ、一階を目指した。

逃げながらRはうわごとをこぼす。

「S、Sもいるの。一緒に逃げなきゃ」


Sは手持ち無沙汰だった。見つけた新聞も行方不明の事件以外は特に興味も惹かれず退屈していた。さりとてこの暗闇の中を歩いてRを探しにいく勇気もわかず、座って待っていることしかSにはできない。

すると突然突然遠くで物音がする。その物音はだんだんとSに近づいてくる。ついにはすぐそこの曲がり角まできた。

「うわー」

Sは思わず懐中電灯を音の方へ向ける。

「きゃあ」

懐中電灯の灯りの向こうには怪物の攻撃から幾分か回復したRの姿があった。

「あ、Rちゃんだ」

「ちょっとS、眩しいじゃないの」

「ごめん。でも一人だとすごく怖くて」

「悪いけどケンカはあとでいいかな」

少年がSとRの言い合いを制す。

「きみだれ」

「僕はU。君たちと同じように肝試しにきたんだ」

「そうなんだ」

「呑気に話してる場合じゃないでしょ。すぐにあいつが来るわよ」

そのときSの背後の闇がうごめいた。闇は瞬く間に触手へと形を変え、Sを後ろから貫いてから消えた。

「え」

その声はSとRどちらのものだったのか。触手が引き抜かれるのに合わせてSは崩れ落ちる。反応のない体をRが背に担ぐ。

「その子をどうするつもりだい」

「この間テレビでやってたの。死んですぐなら病院でなんとかなるって」

Uは驚いてから強くうなずく。

「わかった。出口はもうすぐだ。急ごう」

二人は怪物が出てこないかと気を付けながら出口へ急いだ。幸運なことに怪物に出会うことなく二人は出口の前へたどり着いた。

「あとちょっとよS。ここから出たらすぐに病院で何とかしてもらうから」

Rは出入り口の扉を開けようとするが、扉はみじんも動くことはなかった。

「なんで開かないのよ」

RはSを下ろしてから扉を開けようかと考える。しかし一時でもこの状態のSから目を離すことを躊躇してしまう。

「ダメだよ。死人は現世に出ちゃいけない」

「こんな時まで冗談はやめてよ。それよりも扉を開けてよ。Sを背負ってるから開けられないの」

UはRの言葉には応えず1人でしゃべり続ける。

「そもそも不思議に思わなかったのかい。君は怪物に襲われて立てないくらい弱ってたんだよ。それがすぐに1人で歩いて、おまけに男の子を背負えるなんて。

「どういうことよU」

「まだわからないのかい。いいよ、わかりやすく教えてあげる。君たちは死んだんだよ。怪物に殺されたんだ。もちろん僕も」

Uの言葉と同時にUの足元から怪物がその姿を現す。

「あんたがその怪物のご主人様ってわけ」

「ちがうちがう。みんな揃ったことだし、僕のことも全部教えてあげる。前に僕は肝試しに来たって言ったよね。あれは本当だよ。ただし何年も前だけどね。その時にこの怪物に殺されたんだ。でもいざ食われるって時に取引したんだ。代わりのエサを持ってくるから見逃してくれって。いやあ長かったよ。今日来なかったら待ちくたびれた怪物に食われるところだった。君たちには感謝してるよ。おまけに二人も。これでしばらくは怪物の腹も持つだろう」

「でも最上階で最上階で私を助けてくれたじゃない。あれは何だったの」

「あのときはそのまま食わせようと思ったんだけどね。君のほかにもここにもう一人来ているって言ってたからね。連れてきてもらうためだよ」

Uは悪意など感じさせない笑顔で言葉を続ける。

「さあおしゃべりはおしまいだ。さっさと食べられてしまえ」

怪物はゆっくりと二人に迫ってくる。

「あれSちゃんここどこ」

どうやらUとRが話しているうちにSは意識を取り戻したらしい。

「あたし達は死んじゃってみたいよ。それで目の前の怪物にたべられそう」

「え、何があったの」

Sが驚いた拍子にポケットからお菓子が転がり落ちる。

「お菓子なんて持ってきてたのか。腐って変な臭いがしたら迷惑だ。怪物に食べられる前に食べてしまえ」

Uは自分で言ったジョークに自分で笑う。

2人は言われるまま、Sがお菓子を拾い、Rと半分にして食べる。飲み込んだその時、目の前まで来た怪物の触手が2人を貫く。しかし2人はなんの痛痒も感じず、倒れることもなかった。

「なんで食われないんだ。どうなってるんだ」

この場にいる者たちは知る由もないことだが、日本神話には『よもつべぐい』というものがある。

それは死者が黄泉の国のかまどで煮炊きしたものを食べると完全に黄泉の国の者となることを意味し、現世にはもどれなくなるというものである。

ならば逆もまた然り。死者が現世のものを食べれば現世に戻れることを意味するのではないか。

「まあいい。成功するまで何度でもいいだけだ」

Uの言葉に合わせて怪物は触手を持ち上げる。

しかしその触手はSと Rに向かうことはなく、Uに巻きついた。

「ちがうだろ。おい。食べるのはあっちの2人だ」

Uの言葉も巻きつく触手の数が多くなるほど小さくなっていく。そして声が完全に途絶えると怪物の体はドロドロと床に溶けて消えていく。残ったのは何が起こったのか分からず、呆然としているSとRだけであった。

「えっと、何が起こったの」

「分からないわ」

「なんで怪物はあいつを襲ったのかな」

「さぁ。もしかしたらおなかが減ったから近くにいた食べられるものを食べたのかも」

「そうかもしれないね」

「そういえば。なんであなたは怪物に襲われたのに平気だったのかしら」

「分かんない。家から持ってきたお守りのおかげかも。でも襲われた時に滑って頭打ったからまだ痛いや」

「そのくらい我慢しなさい。男の子でしょ」

「はーい」

その後2人の間に何とも言えない沈黙が流れた。

「帰りましょ。明日は私たちが日朝よ」

「そうだった。帰って早く寝なきゃ」

夏の深夜に2人はそれぞれの家へと帰っていった。

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