Song.34 集合

 バイクは学校の正門前に止まった。

 そろりとバイクから降り、ヘルメットを柊木に返せば、視界が明るく広くなる。

 いつの間にか設置されていた「来賓受付」と書かれたテーブルが正門入ってすぐのところにあった。受付を担当しているのは、事務員の人。そこへ柊木はバイクを押しながら向かう。


「野崎っ!」


 柊木の後ろに続いて歩いていたら、前方から聞き慣れた低い声がした。声がする方へ顔を向ければ、汗をかきながら椅子から立ち上がる鋼太郎の姿がそこにあった。


 炎天下の中、受付の椅子を借り、ずっと恭弥のことを待っていたのだった。

 やっと来た恭弥へ駆け寄ると、無事であることに安堵して長く息を吐く。


「その、悪ぃ。色々と……」

「謝んな。俺らも悪かった! それより行くぞ。みんなに連絡すっから!」

「あ。柊木さんが」

「そうだった!」


 駐輪場へバイクを止め、受付で名前を書いていた柊木に向け、鋼太郎は深々と頭を下げる。


「ありがとうございました! 野崎を連れてきてくれて! 後でまた、お礼をしたいので、また伺います。今はっ……」


 勢いよく言われたので、柊木はたじろいだ。


「うん。俺、見てるからさ。ほら、早く行ってきなよ」

「あざっす! 行くぞ、野崎。時間稼ぎもそろそろ限界が近いんだ。みんな待ってる」

「え? わ、わかった。またね、


 昔の呼び方で言えば、慌ただしく去っていく恭弥を手を振って見送った。


「あの、こちらに生徒の名前もお願いします」


 静かになった受付で、記入を促される。


「ああ、すみません。恭弥の名前でいいかな……って、なんだ、りょうが先に来てるんだ。はい、書きました。お願いします」

「ご記入、ありがとうございます。体育館の入口はあちらです。こちらが今回のパンフレットとなります。一部順番が変更になっておりますのでご注意ください」

「はい。わかりました」


 柊木は手作り感のある交流会パンフレットを受け取ると、反対の手でスマートフォンを操作する。そしてすぐさま電話をかけた。


「もしもし、りょう? 俺も着いたよ。今どこ? ああ、わかった。行くね――」


 柊木が電話をしながら体育館の方へ向かって行った。


 受付では柊木が記入した用紙を見ながら事務員がコソコソと話し始める。


「やっぱり、さっきの方って柊木隼人さんよね? Mapのボーカルの」

「そうですよね、名前がそうですし。その前にもMapの司馬さんもいらっしゃってましたよ」

「本当ですか? 有名なお方がこの学校に……この野崎恭弥って子は一体何者なんでしょうか? って、野崎……まさか」


 苗字から何かを想像した事務員は、まさかと思いながら体育館を見つめるのだった。



 ☆



 鋼太郎は恭弥をつれて体育館ステージ袖にやってきた。

 すでに交流会は始まっている。なのに手ぶらでやってきて、どうしたらいいのかと思いつつ恭弥は黙っていた。


「キョウちゃんっ……! キョウちゃんだっ……!」


 ステージは明るいが、袖は暗い。そこにやってきた恭弥を見つけるなり、暗闇に潜んでいた瑞樹が歓喜の声を絞りながら、恭弥に飛びついた。

 体力はすでに削られているものの、何度も同じようなことを経験しているため、恭弥は瑞樹を受け止める。


「僕、キョウちゃんに謝りたくてっ……それでっ。謝りたかったの。ごめんね、キョウちゃん」

「俺こそ。篠崎の話を聞いて動揺した。んでもってへこんでた。それで来なくて悪かった」

「ううん。キョウちゃんは悪くないの、全部僕が」

「……後でそれはまた話そう。互いに言った方がいいこと、多くありそうだ」

「うん」


 グスグスとすでに泣き始めた瑞樹のおかげで、恭弥が泣くことはなかった。

 静かに瑞樹の頭に手を乗せ、心配するなと言うように頭をなでながら、顔を上げた。

 ステージ袖に集まっているのは、恭弥と共に来た鋼太郎、そして瑞樹。残りの2人がおらず、きょろきょろと探す。


「御堂は向こう側だ。篠崎先生と運営委員会に交渉して、俺らの出番を後回しにしてもらった」


 今、ステージは書道部が大きな筆を使いパフォーマンスをしているところであった。

 その先、反対側のステージ袖に、スマートフォンを見ている悠真の姿を確認できる。


「大輝先輩はそこからこっそり客席を覗いています」


 瑞樹が指を指した先、真っ黒な幕で仕切られたステージと体育館をつなぐ扉のところで、しゃがみ込みながら客席を見ている大輝がいた。


「大輝。それに鋼太郎。悪かったな、こんなんになっちまって」

「今更だ。お前に何もできなくて悪かったよ、俺も」


 鋼太郎が「ごめん」といつもよりさらに低い声で言う。

 恭弥はみんなに落ち度はないと思っているので、逆に謝られたことでどうしようと慌てた。


 一方で、ステージの邪魔にならないよう静かに大輝が振り向きブイサインを作って見せる。


「俺、キョウちゃんがくるって信じてたし。キョウちゃんが来ない来ないってみっちゃんがめそめそしてたんだからな。来たからには、バッチリ決めてくれよ!」

「ああ……と言いたいが、俺はベースを持ってきてねぇ。エフェクターも」


 ベースは学校にあると柊木に言われ、ろくに何も入っていないスクールバッグしか持ってきていない。

 エフェクターに関しては、教室に置きっぱなしのまま、祖母の元へと早退してしまったため手元になかったのだ。


「ベースなら、柊木さんから預かったよ」

「エフェクターはこれだろ。教室にあったやつをここに持って来てある」


 恭弥から離れた瑞樹が黒いケースを指し示す。

 そして鋼太郎も同じ場所を指し示すと、そこに置き去りにしてしまったエフェクターたち。それがケースごとそこにあった。


「お、ユーマから連絡来た! 書道部の次に吹奏楽部。そのあとに俺らだって。吹奏楽部のドラムセットをそのまま使っていいってさ。他の機材の運搬をできる限り早くしろって」


 どうやら悠真と大輝が連絡役、瑞樹は楽器の整備と柊木との連絡、そして鋼太郎が恭弥を待つというスタイルを通していたようである。


「お、書道部が終わった。吹部がわさわさ移動し始めたぞ。俺らも準備しとこーぜ」

「おう」


 1つの団体に与えられた時間は20分。その間に柊木が持ってきたベースのチューニングは済ませておきたい。

 恭弥は自分のものではない、ケースに入ったベースを取り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る