Song.33 秘匿

「恵太のサブアカのアイコンは、ピックだよ。確か、5枚のピックが並んでいるやつ」


 恭弥が何をしているのかを知っていたかのように、柊木も恭弥の元へやってきた。

 恭弥はその言葉を聞いて、画面をスクロールさせる。

 今までに読んでいなかったメッセージの数々に埋もれてしまっている、父親のアカウントを探した。


「った……」


 柊木の言う通り、ピックが5枚うつった写真をアイコンにしているアカウントからのメッセージを見つけた。

 送られていた内容を見ようと画面に触れれば、何回もメッセージが送られてきていた。


『NoKさんの曲、かっこいいです。特に低音がいい味だしてますよね。もしかして、ベース奏者だったりします? 俺もベースやってるもんで。すごくいい音になってて好きです』


『新曲聞きました。アクティブな曲で、踊りたくなりました。スラップで弾くにもかなり技術必要ですよね。音入れするときって、どうしてるんでしょう? 自分で弾いてます? だとしたらすごい上手いじゃないですか!』


 始めは丁寧な言葉で敬語を使ったメッセージだった。

 初めて送られてきた日付は、恭弥が曲を初めて公開した頃の日付。どうやら恭弥の曲を初期から聞いて、応援しているようである。


 新曲を公開するたびにメッセージは送られてきている。

 メッセージを確認していないということを知ったからなのか、次第に言葉がラフになり、父親であることも隠す気がないような文章である。


『相変わらずすげぇ曲作るよな。俺じゃ考えつかないものばっかりで。毎日練習しているだけあるよ』


『やっぱりNoKはハイテンポな曲が合ってるな。スローテンポが苦手なのは親子そろって同じか』


 そして最後のメッセージ。それは、恭弥がずっと待っていた言葉だった。


『USBの曲、聞いたぞ。NoKとしてじゃなくて、野崎恭弥としての初めての曲だな。NoKで磨いた技術が生きてる。生き生きとして、緩急つけたリズム。各パートのソロ。聴いていて心地いいリズムだし、思わず口ずさみたくなる歌詞のセンス。今の流行に乗ってて、俺の作るものとはまた違くて新鮮だった』


 Shabetterで本名をさらすなんてことはしていない。だから、メッセージ内で恭弥のフルネームを印したこと、そしてUSBについて触れていることから、このアカウントが父親であることを裏付けている。


『褒めてばかりじゃ、うるさそうだから、改善点も必要だろうな。敢えて言うならば、ギターがもっとひずませてもいいだろう。ベースはアタック強めの方が俺は好き。少しキーボードが控えめになっているから、表に出させてもいいだろう。ドラムが代わりに少し控えてもいいな。そこら辺は全体のバランス調整が必要だ』


 褒めることに加え、アドバイスもする。

 それがプロでありながら父親でもある恵太だった。


 ひと通りコメントをし終え、最後に1文、時間を空けずに送られている。


『恭弥のその才能。音楽が好きだと伝わってくる曲。これを活かしていけ。誰がどんなにお前を否定しようと、俺が太鼓判を押してやる。俺の息子はすごいんだぞって言いふらしてやる。なんて言ったって、俺はNoK、そして野崎恭弥の1番のファンだからな。頑張れよ。これからも続けろよ。何があっても応援するから』


 恭弥の目から涙が零れ落ちた。

 顔の見えないNoKのファンよりも、ずっとそばにいた血のつながったファンがいたこと。そして聞きたかった感想も聞けたこと。さらに、ひそかに父親に憧れて始めた音楽を応援されていること。それが嬉しくて、ボロボロと涙が流れ落ちる。


「親父っ……」


 スマートフォンを抱きしめて泣く恭弥。

 今まで弱音を吐いても、ずっと堪えてきた感情があふれだして止まらない。


「俺っ、音楽っ……やっていたいっ……」

「ああ。いいんだよ、やって。恵太だけじゃない。俺も応援してる」

「うっ、うわあん。やりたいっ、やっていたい。続けたいっ……」


 体を震わせている恭弥に、柊木は黙ってそっと胸を貸した。



 涙が止まるまで、時間がかかった。

 すっかり泣き疲れ、目を腫らしたまま柊木から離れる。


「さて。学校、行こうか」


 そう言われると、恭弥が一歩引き、きょろきょろと視線を逸らす。


「でも、俺、今からは……それにベースも……」


 すでに時刻は10時半になるところである。

 恭弥たちの出番は交流会の1番最初。とっくに出番は終わっている時間だ。

 さらに、ベースの状態が最悪である。

 ケースに入れたまま倒れたことで、衝撃は少し抑えられたが今まで通りに使えるかどうか不安が残る。


 時間的にも、物的にも無理。


 加えて、今更仲間に顔を会わせることができない。そう考えた。


「大丈夫だよ。瑞樹くんから連絡が来てるから。それにベースも学校にあるんだ」

「え?」


 心配するなと、頭を撫でられるが不安はぬぐいきれない。

 でも、大人で父親の仲間である柊木なら、本当にどうにかしてくれるんじゃないかという思いもあった。


「さ、行こう! とりあえず制服着てれば大丈夫でしょ!」


 落ちていたスクールバッグを手に取った柊木に手を引っ張られ、恭弥は外へ連れ出された。

 戸締りもしっかりしないとね、と恭弥が家に鍵をかけるのを確認すると、家の前に止めていたバイクの元へ向かう。


「はい、ヘルメットつけて。バッグはリュックみたいに背負ってて。で、後ろ乗って」


 言われるがままに、渡されたヘルメットをつけ、スクールバッグを背負い、バイクにまたがる柊木の後ろに乗る。


「俺の腰のあたり掴んどいて。よし! 飛ばすぜぇ! Go!」


 ブンっと音を立てると、バイクは走り出す。

 初めてバイクに乗ったということもあって、その風に思わず恭弥は目をつぶった。

 風を切って進むことが気持ちいい。

 自転車では時間がかかる学校までの距離も、バイクならあっという間だった。

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