Song.32 拒絶

 ベースを壁に立てかけて、柊木は暗い玄関の中で立ち尽くす。

 いくら亡き友人の家であっても、勝手に探索していいものか。そんな考えがよぎったときだった、


「あ、恭弥くん……」

「っ!」


 ミシッときしむ音が聞こえ、顔を上げたとき、階段上に、探していた恭弥を見つけた。

 自室にいたが、玄関が開く音を聞いたために、おそるおそる確認しにきたのだ。


 不審者だったらどうしようと思いつつ降りてみたら、柊木がいる。


 まさかいるとは思っておらず、柊木と一瞬だけ目が合うや否や、恭弥は慌てて2階へと戻っていく。


「待ってっ!」


 柊木も靴を脱ぎ、恭弥を追いかけた。

 だが、恭弥は自室に逃げ込み、勢いよく部屋の扉を閉めて閉じこもってしまう。

 中に入ることを拒むように、扉は閉ざされた。


「……んで、来てんだよ……」


 部屋に入った恭弥は、扉に背中を預け、ずるずると座り込んだ。


「恭弥くん。俺のこと、わかる? 恵太と一緒にバンドをやってた柊木隼人だ。勝手に家に来てごめんね」


 扉越しに柊木が話しかけた。防音になっているわけではないので、恭弥にもその声は聞こえている。しかし、話す気力もなく膝を抱えたままうつむく。


「恭弥くんのお友達に頼まれたんだ。探してほしいって。連絡をしても返事がこないからって」


 恭弥のスマートフォンは玄関に投げ捨てたバッグの中に入れたままであった。なので帰宅後一度も確認していない。

 普段もサイレントマナーモードにしているので、画面を付けなければメッセージに気づくこともない。


「今日が本番でしょ? 俺、楽しみにして来たんだ。ねぇ、行こうよ、学校に」


 柊木は無理やり扉を開けることはせず、優しい声で言う。しかし、恭弥からの返答はない。


「まだ間に合うよ。今から行けば大丈夫。だから――」


 学校に行こう。そう言いかけたとき、恭弥は扉をドンっと強くたたいた。


「うるっさい! 黙れ!」


 恭弥が叫んだ。

 その声で柊木は言葉を止める。

 恭弥の声がかすかに震えていたのに気づいていた。


「俺は、やれない。やっちゃいけない! 音楽に関わっちゃいけない! バンドをやっちゃいけないんだ!」

「恭弥くん……?」

「音楽は人を殺す……親父も死んだ。俺が曲を作ろうとしたから、俺があれこれしつこく聞いてたから……俺が音楽に関わったからだ。だから辞めてたのに、また始めたら今度はばあちゃんがっ……これ以上音楽に関わったらばあちゃんが死ぬ! そんなの絶対に嫌だ。俺が音楽をやらなければいいんだ。そうしたら誰も傷つかない。いや、それだったら……」


 だんだんと声が小さくなっていく恭弥。それを廊下から静かに聞く柊木が、込み上げてくるものを飲み込み、鼻をすすった。


「俺が死ねばよかったんだ……」


 考えに考え抜いた答えだった。

 父親が死んだのは自分のせい。

 そこで音楽を嫌いになり、やらないと決めたはずなのに再度音楽に関わってしまった。そして起きた祖母の事故。


 全てを自分のせいと抱え込み、ただでさえバンド仲間との関係に悩み限界が近くなっていた恭弥の心が、祖母の事故で完全に壊れた。


 誰にも相談できずに抱え込み、悩み、苦しみ。

 そうして至った答えが、先ほどの言葉だった。


 そこまでの心理をすぐに柊木が理解できるわけがない。

 だが、その言葉が出てしまうほどに恭弥が傷ついていることはわかる。

 そんな人に、ましてや歳の離れた相手になんと声をかけたらいいかと考えるより先に、柊木の口は語る。


「恭弥くん。俺もね、何回も死にたくなったよ」


 柊木も恭弥の部屋の扉を前に座り込んだ。

 ゆっくりと瞳を閉じ、過去を思い返すように記憶の糸を辿る。


「恵太と一緒にいたんだ、あの日。それで俺は恵太にかばってもらったおかげで、顔に怪我しただけで済んだ。でも恵太は……。悔しかった。悲しかった。苦しかった。でも、恵太、病院に運ばれる間に俺に言ったんだ」


 恭弥にとって父親の事故はトラウマだ。

 深く聞きたくもないし、思い返すだけでも辛い。それでも柊木の声を拒むことなく虚ろな目のまま聞いていた。


「恭弥を頼んだって。俺よりすごい才能を持っているからって。恵太、恭弥くんがNoKとして曲を作っていたのも知ってたんだ。ずっとそれをこっそり聞いて応援してたんだ。サブアカウントで、Shabetterからコメントとかダイレクトメッセージ送ったりしてたみたいだよ……ああ、これ言っちゃダメって言われてたんだった。ははっ」


 恭弥がこっそり行っていた活動を知られていることは、気づいていなかった。

 それゆえ、まさかと思いNoKのアカウントを確認しようと立ち上がる。

 しかし、スマートフォンは玄関に放置したままである。


 自室にパソコンがあるものの、パスワードを覚えていないためShabetterのアカウントにログインすることができない。ログインできなければ、ダイレクトメッセージを確認することもできない。


「っ……」


 ビクビクしながら、恭弥は意を決し、部屋の扉を開けた。


「恭弥くん」


 廊下で座り込んでいた柊木とまた目があった。

 よくよく顔を見れば、かき上げた髪の奥から大きな傷跡が覗いている。痛々しいそれが、父親の事故の際に一緒に負ったものだということはすぐにわかった。


 恭弥は傷跡を見るなり、眉間にしわを寄せ、下の階へと降りる。

 そして玄関に散らかしたままのバッグを漁り、自分のスマートフォンを探し出す。

 画面を付ければ、何十件もの着信歴と百件近く届いていたメッセージ通知が表示される。


 だが、それを見るよりも先に、Shabetterのアプリを起動させた。

 直後に表示されるNoKのアカウント画面。

 新しい通知がいくつもあり、リプライやダイレクトメッセージのマークの右上に数字が表示されている。


 どちらも新しいものが上に表示されてしまう。

 もし、父親からメッセージが送られているとするならばもう何年も前の話になる。

 それならアカウントごとにメッセージを確認できるダイレクトメッセージのアイコンに触れた。


 相手のアイコンと共に、ずらりと並ぶメッセージ。

 この中のどれが父親なのか、それを知る術はない。


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