Song.31 荒廃
「連れてこれるなら、連れてくるけど……俺たちも恭弥くんを見に来てるし。でも、どこにいるかわかんないんでしょ? そうなるとさすがに見つけられないよ」
柊木の言葉に誰もが苦虫を噛み潰したような顔をする。
音信不通の恭弥がどこにいるかわかるものはいない。だが、行きそうな場所ならば存在している。
「俺が野崎を見たのは、バイト先の楽器屋の前だった」
「僕は彼の家かと思う」
「学校っていうのもあんじゃね?」
「でもキョウちゃん、病院に行くこともあるかもしれないです」
次々に挙げられていく。それを聞きながら悩んだ柊木だったが、パッと何かをひらめいたかのように表情を変える。
「よし、わかった。みんなに連絡して手伝ってもらえば、そこら辺全部探せると思う。恭弥くんは俺たちに任せて、君たちは学校にいてよ。準備もあるんでしょ?」
開始時刻にはまだ時間がある。全員が恭弥を探しに行ってしまうと、すれ違う可能性があった。
それゆえの柊木の提案を断ることはない。
皆がコクリと頷いたのを確認し、柊木は自らのスマートフォンを取り出す。
「んー、瑞樹くんの連絡先、これであってる? ずっと前のだけど。恭弥くんを見つけ次第、連絡するよ。学校に来たときにも連絡してくれる?」
「はい!」
連絡先が変わっていないかを瑞樹に確認し、よしと意気込んだ。
「そうだ、これ。恭弥くんに返そうと持ってきたんだ。ずっと持っていると重いし、君たちなら預かってくれそう。持っててくれる?」
そう言って瑞樹に黒いケースを手渡した。
いつも背負っているギターケースよりも大きく、重いそれに何が入っているのか容易に想像がついたようである。
「じゃ、よろしく。探してくるね」
「お願いします」
慣れた手つきでヘルメットをつけ、ブンブンと大きな音を鳴らし、柊木はバイクで走り去った。
嵐がさった正門前。
瑞樹たちは気づいていなかったが、柊木の周りにできていた野次馬の生徒たちは、話に置いてけぼりになっていた教員によって半ば強引に解散されていた。
「まったく……話は一通り聞いてわかったから、君たちも早く教室に行きなさい。準備もあるのだから」
すでに朝のホームルームが間もなく始まる時刻。多くの生徒が登校している。
ステージ上の準備も終えていない。これ以上ここで足止めしていても、何も変わらない。それがわかっている彼らは、残されたわずかな可能性にかけるしかなかった。
☆
「もしもし、たつ? 俺だけど」
柊木は昔の記憶を頼りにバイクを走らせた。
柊木自身も恭弥たちが通う羽宮高校に通っていたこともあり、駅から学校までの道のりは覚えていた。
しかし、恭弥の自宅となるとなかなかたどり着けない。時折迷子になりつつ、親しい仲であった恭弥の父を思い出し、何とか恭弥の家の前にたどり着いた。
そこでヘルメットを取り、電話を掛ける。
相手は同じバンドメンバー。確かに今日は恭弥のステージを見に、こちらへ向かっているはず。また、有名人でもあるため電車ではない交通手段で来るだろうと踏んでいた。
『はいはーい。愛しのたつくんだよ。もしもーし』
2コールもしないうちに電話に出たのは、柊木が『たつ』と呼ぶ園島達馬……ではなく、同じバンドメンバーである神谷晴彦だった。
「ハルも一緒なんだね。だとしたら、たつは運転中かなにか?」
『そうそう。今、羽宮に向かってる。学校行く前に墓参りしようと思って合流したとこ』
神谷の声は軽い。
かすかに園島の声も聞こえたが、何を言っているかはわからなかった。
「2人で来ているならちょうどいいや。先に病院の方に行ってくれないか?」
『は? なんで?』
「恵太のおじさんとおばさんが入院しているみたいでさ。恭弥くんがそっちに行ってるかもしれないし、行ってないかもしれない」
『はあ!?』
話が見えず、聞き返される。だが、詳しく説明している時間が惜しい。
「恭弥くんを探しているんだ。俺は恵太んちに来て、家確認するところ。できれば、おばさんたちに恭弥くんの演奏を見せてあげたくて。たつならどうにかしてくれると思ったんだけど」
『……俺にはわからなすぎるんだけど。でも、たつがわかんないけど、わかったてさ。ちなみに、りょうにも言ってあんの? ハブられると怒るじゃんあいつ』
「ううん。まだ。りょうにも連絡しておいてくれない? よろしく」
『え、ちょっと!』
りょう、と呼ぶ仲間への連絡を任せ、柊木は一方的に電話を切った。
「恵太んちはもう何年振りだろ」
スマートフォンをポケットにしまい、恭弥を探し、家の扉に手をかけた。
恭弥がいてもいなくても、鍵がかかっていると思っていた柊木の手は力がこもっていた。しかし、実際は鍵はかかっておらず、軽い力で扉が開かれる。
「おじゃまするよー……恭弥くん」
名前を呼びながら玄関に入った。
籠っていた空気が柊木を迎える。久しぶりの友人宅であったが、玄関の光景は記憶にないほど荒れていた。
恭弥が帰宅してからそのままにされた荷物が散らばっていたのだ。
脱ぎ捨てた靴。
投げ捨てたスクールバッグ。
そして何より、ベースが入っているケースが床に倒れこんでいる。倒れた衝撃からか、丁寧に玄関にそろえられていた客用スリッパや、壁に掛けられていた家族写真までもが床に散らばっていた。
そんな光景を見て、悲しそうな顔でベースを拾い上げる。
「恭弥くん……」
荒れた玄関が、恭弥の心を写しているかのようだった。
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