Track3 ステージに立つ日
Song.30 有名
「大変だよっ! なんか、めっちゃゆーめー人! めーちゃ有名らしいよ! 俺、知らねぇけど! みんなが言ってた! んで、先生が取り囲んでる! よくわかんないけど、早く来てって!」
訳がわからないまま、次々と大輝の声に引き寄せられ、準備していた手を止めて体育館の外へ向かう。
シールドを持ったままの瑞樹。
呆れた表情を浮かべている悠真。
そしてみんなが見に行くならとついて行く鋼太郎。
最後に篠崎がどれどれ、と興味深そうに続いた。
大輝が指さす方向を見れば、教師と何かを言い合っている大人が1人。それを足を止めて見ている生徒の集団が、正門のところにできている。
体育館の位置からでは、誰が言い合っているのか、どんな内容なのかをうかがい知ることはできない。
「誰だ?」
「ゆーめー人だって。さっき友達に聞いた」
「いやいや、だから誰だよそれ」
あまりにも薄い情報に鋼太郎は苦い顔をした。動揺に悠真も大輝に対し、深いため息をつく。
だが、瑞樹だけが目を細め、耳を澄まし、五感を全て使って正門を見続ける。
なぜなら登校してきたばかりの生徒たちが、正門での出来事について話していたのだ。加えて、かすかに見えた正門にいる人物が、どこかで見知った人なのではないかという疑惑が浮かんだので、頭の中の引き出しを片っ端から開けていた。
「さっきのってさ、やっぱりあの人じゃない?」
「だよね。最近テレビで見てなかったけど、イケメンが隠しきれてないもん。顔に傷ができてたけど、絶対に柊木さんだよ――」
正門を通ってきた女子生徒たちの会話を聞いた途端、瑞樹の肩が跳ね上がった。
「あの人だったら……キョウちゃんを連れてきてくれるかもしれないっ!」
悠真も女子生徒の話が聞こえており、瑞樹に続いてぴくっと反応し、顎に手を当てる。
「まさか。いや、でも彼がそうなら可能性は無きにしも非ず……」
ぶつぶつと言い始めた悠真。その隣を瑞樹が正門へ向けて駆け抜けていった。
「ちょ、みっちゃんっ!?」
大輝の制止を振り切って、ざわつく人込みの中へ進む。
普段温厚で俊敏な行動すらしない瑞樹が、急に走るなんてことなかったので、残った3人も驚きを示す。
「え、悠真も!? 俺も行く! な、コウちゃんも来てよ!」
「ぬあ!?」
瑞樹の異変、そして自らの中で情報を整理し達した結論を信じ、悠真までもが正門へ向かった。
2人が行くならばと、フットワークの軽い大輝が準備に戻ろうとする鋼太郎を引っ張って後に続いた。
「おーい、準備は終わってねーぞー……って聞こえてねぇか?」
人混みに消えていった生徒たちに投げた篠崎の声は、本人たちには聞こえていない。
☆
結局人混みに足止めを喰らっていた瑞樹に、遅れて駆けだしたメンバーが追い付いた。
小柄な瑞樹は人の間をぬって進むこともできなかったので、大輝と鋼太郎で道を作ると、4人が揃って正門でできている人込みの中心にたどり着く。
そこにはスーツを着ている教員2人と、青色が目立つバイクを止め、黒い大きなケースを背負い、ヘルメットを持った人物がそこにいた。
「ですから、ちょっと早めに来すぎちゃってー……先にこいつだけ置かせてくださいよー……」
「いえ、貴重なものをお預かりすることはできませんと何度も……」
どうやら内容は荷物を預かっていてほしい、というようなものだった。頑なに拒否する教員に駄々をこねている大人――恭弥の父、恵太と共にバンドを組んでいた
しばらくメディアに姿を現さなかったが、人気のあったバンドであったため人々の記憶の中にその顔は残っていた。なので、なぜこんな学校に有名人が来ているのかという疑問を持ちつつ、有名人に出会えたことに喜んだ生徒の集団ができていたのだ。
柊木のことを写真や動画に収めたり、興味でなんとなく足を止めている生徒。
話の内容は大したことではないにも関わらず、野次馬が野次馬を呼び、大事のようになっている。
そんな場所で柊木の顔を見るなり、瑞樹が確信をもって声を荒げる。
「柊木さんっ!」
「ん? えっとー、君はー……」
自らの名前を強い声で呼ばれ、柊木は瑞樹を見た。
しかし、すぐに誰なのかわからなかったようである。
「僕、キョウちゃんの――」
「ああ! 恭弥くんの相棒くん! そうだ、瑞樹くんだよね! 久しぶりだなぁ、ずいぶん大きくなったからわからなかったよ! そうそう、今日はみんな呼んだから君の先生もくるよ。って、そうじゃなかった。恭弥くんいる? これ、先に返しておきたくて」
饒舌に話し、誰もその話を止めることはなかった。また、周りからは「有名人と知り合いってどういうこと?」、「恭弥って誰だ?」そんな声があがり、瑞樹に注目が集められる。
その目に瑞樹は耐え、柊木から「これ」と言って黒いケースを差し出された。
それを素直に受け取ることはせず、「そのことで……」とさっきまでの勢いを弱めながら話す。
「その、キョウちゃんがっ……僕のせいで、来てないんです。だから、渡せない……僕が、キョウちゃんを……」
目を潤ませ、声を震わせる瑞樹の頭を大輝がなでる。
ただ事ではないことが起きていることを察した柊木は、再びケースを肩にかけて瑞樹の後ろに立っていたメンバーを見た。
「僕たちが、彼と一緒にライブをする予定なんです。だけど、彼はおととい早退してから昨日も学校に来ていない。練習もできなければ打ち合わせもできていません。連絡しても返事もないし。家に行こうとも考えましたが、時間が……それで今、困っていたところ、貴方がいらっしゃった……という感じなんです」
眼鏡をくいっと正しながら、悠真は今の状況を簡単に伝えた。
「うーん、恭弥くんが来てないのかぁ。なんで来てないの?」
「それは自分にもわかりません」
場が静まった。
理由がわからないまま、連絡すら取れない。柊木はどうしようかと悩み始める。
もともと恭弥のステージを見に来ていたのだ。恭弥がいなければ、演奏を見ても仕方がない。諦めて帰ることも視野に入れる。
「俺、知ってます。あいつが来てない理由。多分、それが原因で来てないんじゃないかって勝手に思ってるだけなんですけど」
鋼太郎が意を決して発した声に、悠真が振り返る。
ごくりと唾をのんで、メンバーには言わなかった内容を話した。
「……あいつの家族が救急車で運ばれたって。それをあいつが知ったとき、見るからに血の気が引いた顔してたんすよ。んでそのあと、俺のじいちゃんが、野崎っぽいやつを病室で見たって言うし、うちと野崎んちのじいちゃん同士が仲いいみたいで。じいちゃんとばあちゃんが入院してるって。家のこともあらかた聞きました」
鋼太郎が隠してきたことを知り、悠真は頭を抱えた。
「そっか……」
柊木は静かに納得を示す。
鋼太郎はお見舞いに行かない代わりに、入院している祖父と電話で度々話していた。
そこで先日入院してきた恭弥の祖母のことを知り、恭弥の祖父母共に入院していることも知っていた。
ただ、恭弥からはそれを話してもらっていない。裏で自らの家庭のことを知られているとなれば、嫌悪感を抱かれることもある。なので鋼太郎は深く聞かず、話さずにいた。
深く話してこなかったからこそ、恭弥を助けることも支えることもできなくなってしまっている今に悔しさを感じたのはつい最近のこと。
力強く拳を握り、高い位置にある頭を勢いよく下げた。
「お願いします! あいつを助けてやってください。俺じゃ、駄目でしたっ……」
再び周りの目が、教員の目が集まる。
見た目で判断され、人との距離が出来ていた鋼太郎がここまでハッキリとした声で頼み込む姿など誰1人見たことがなかった。
「僕からもお願いします。彼がいなければ、僕らは演奏することもできない。時間をかけてきたステージなんて意味がなくなる。どうか、彼を再びステージに立たせてくれないでしょうか?」
悠真が丁寧に頭を下げる。
「俺、キョウちゃんの曲好きなんだ。ノリノリで弾いてるキョウちゃんも好きだし。初めてステージに立つんだけど、キョウちゃんとやりたい! だから、おねしゃす! キョウちゃんを連れてきてもらえないでしょうか!」
大輝らしい言い方で頭を下げる。
「柊木さん、僕っ……やっとキョウちゃんが音楽に向き合えたのが嬉しかった。でも、僕がキョウちゃんちの事を人に話しちゃって、それで怒っちゃって……キョウちゃんと一緒に音楽やりたいっ。今日もステージに立ちたい。お願いします、キョウちゃんを探して下さい……」
泣きながら瑞樹も頭を下げる。
高校生たちにお願いをされ、断るなんてことは柊木にはできそうにない。
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