Song.29 前日
7月6日、金曜日。地域文化交流会前日。
いつも通りに登校し、教室で朝のホームルームを待つ鋼太郎。続々とクラスメイトたちが登校してきて、騒がしくなる教室。しかしいくら時間が過ぎても、鋼太郎の前の席は埋まることがなかった。
心配になって連絡するも、返事はない。
クラス担任でもあり、交流会担当でもある篠崎に恭弥のことを聞いてみたが、「連絡は来ていない。今日ぐらい、休ませてやってくれ」と言われる。
家族が事故に遭って大変なのだろう。だからせめて今日だけはゆっくり休み、明日は来るはず。そう考えることしかできなかった。
放課後の練習にも来ないため、仲間たちからどうしたのかと声が上がる。
それを鋼太郎は、何とか「体調不良」と言い通すことで、事なきを得た。
交流会前日なので、機材を翌日に向けて体育館へと大方運んでおこうと4人で動き出す。
物理室と体育館を何往復もして、運ぶ姿を他の生徒たちにジロジロとみられていた。
「御堂くーん。御堂くんも、もしかして何か出るの?」
「うん。まあね。その準備で忙しいんだ」
「へぇー! 私達も手伝おうか! コレを運べばいいんだよね、うんしょっ……」
「あ、ちょっと!」
さっそく女子生徒に囲まれる悠真が、慌てふためく。
なぜなら、声をかけてきた女子生徒が勝手に機材に手をかけたのだ。
配線のためのシールドならまだしも、スピーカーやアンプ、ドラムセットなど数が多い上に、重いものが多い。
細身の悠真が何食わぬ顔で持っていた姿をみて、女子生徒自身も持てるだろうと思い込んでスピーカーを持ち上げようとしたので、悠真は焦った。
「きゃあ!」
想像以上の重さがあったためか、女子生徒はよろめいた。
そのまま手を離されては、スピーカーを落として壊れてしまう可能性がある。替えの機材がないことから、今までにないほど焦った顔で悠真が手を伸ばした。
「あっぶねぇ……悪い、結構重いから、運ぶのは俺たちだけでやるから。気持ちだけ受け取っておくんじゃ駄目か?」
悠真じゃ届かなかった手。代わりに鋼太郎が女子生徒が持つスピーカーを支え、どうにか破損を防いだ。
「あ、っ……ご、ごめ、なさいっ……!」
普段から見た目で怖がられる鋼太郎。今回もとっさに鋼太郎が現れたことで女子生徒はとぎれとぎれに言葉を発し、静かに手を離しては深く頭を下げた。
「……助かったよ。壊されたらたまったもんじゃない。それこそ明日、できなくなるところだった。まあ、そういうことだから、君たちは早く帰った方がいいんじゃない? 僕は君たちに何もできないし、する気もないし」
「おい、御堂。いくら何でもその言い方は……」
「いつものことだよ。頼んでいないし、勝手に動かれて……ほんと、今日は計画が丸崩れだ」
鋼太郎の制止もむなしく悠真に冷たく言われ、女子生徒は逃げるように帰っていく。
それを見送ってから、悠真は頭を押さえながらため息をついた。
「彼は来ないし、変なのは来るし……頭が痛くなるばかりだよ」
言い方は冷たいものの、恭弥のことを心配しているのだろうとわかり、鋼太郎はどこかホッとしていた。
「そうだな。やっぱり野崎がいねぇと、ややこしいことが起こりやすい」
「かもね。いい意味で彼は厄除けになってくれるから」
「だな」
皮肉を込めた言葉は、場の空気を和ませた。
鋼太郎と悠真が打ち解けていた同時刻、物理室にて。
大輝と瑞樹が機材を運ぼうとしていた。
「みっちゃん?」
「はい?」
背中を丸めながら、シールドをまとめていた瑞樹に大輝が声をかける。
ゆっくりと顔を大輝の方へ向けたが、その目元にはクマができていて、顔色が悪い。明らかに体調がよくない瑞樹を心配していた。
「ちゃんと寝た?」
「いえ……なかなか眠れなくて。僕のせいでキョウちゃんが苦しんでいると考えたら、寝てもいられなくて……」
瑞樹はまだ、恭弥に一線引かれたことを気にしていた。
それが心理的ストレスになり、ろくに眠れていない。フワフワの髪が乱れ、丸い目に光がない。また、声にも元気のなさが現れている。
「みっちゃん……」
「あ、大丈夫ですよ。僕は。僕なんかより、キョウちゃんの方が……」
手を振って心配ないとアピールする瑞樹の行動が、むしろ無茶しているようにしか見えず、大輝は瑞樹の頭に手を乗せた。
「みっちゃんのせいじゃないよ。キョウちゃんだって、頭を整理したかっただけだって。明日、学校来たら一緒に話そうな。キョウちゃんがみっちゃんのことを嫌いになることなんてねぇって。だって、みっちゃんと話しているときは、ちゃんと目を見て素直に話してんだもん。俺、嫉妬しちゃうよ」
大輝は人をよく見ていた。
コミュニケーションスキルが高いということもあるが、目と目を合わせて積極的に話す。そうすれば、自然と仲良くなり、多くのことを話してくれるからだ。しかし、恭弥とはまだどこか壁があるように感じていた。
それゆえ、恭弥のことを詳しく知らない。
もっと何か奥深くに抱えているものがあるのだとわかっていても、心と心の距離が遠く、果てしない感じがしたのだ。
それを言えば、瑞樹は驚いたような顔をしたのち、すぐにふんわりと優しい顔になった。
「ありがとうございます、大輝先輩。僕、キョウちゃんに連絡してみます。それで、明日、ちゃんと話しますっ……!」
「おう!」
涙ぐんだ目で言えば、大輝は白い歯を見せて笑った。
それぞれが思い、行動していた前日。
恭弥を抜いた4人で機材を全て運び終えてから、帰路についたのだった。
☆
7月7日、土曜日。地域文化交流会当日。
普段の登校時刻よりも早めに登校して、本番へ向けた最終準備に取り掛かることになっていた。
時刻はすでに7時30分。
篠崎の許可を得て、体育館のステージにアンプやスピーカーなどをセットし始めていた。
「あー、ドラムはもうちょっと左……ああ、そこそこ」
ステージ下から篠崎が細かくセット位置を指示をしていた。
「ここか! にしても、おっそいなぁ、キョウちゃん。寝坊かな?」
大輝がスピーカーを運びながら誰に向けたわけでもなく言った。
もともと集合時間は7時15分と、あらかじめグループチャット内で連絡してある。それに合わせて登校していたのは、恭弥を除く4人だけだった。
「まさか来ない、なんてこと、言わないよね?」
「まっさかぁ~。だってキョウちゃんが作った曲だぜ? キョウちゃんがいなきゃ駄目でしょ。本人がやりたいって言ったんだし」
悠真が疑う。それを大輝が根拠なく否定したが、鋼太郎の顔が曇ったままだった。
「コウちゃん?」
「……あ? なんだ?」
「いんや。なんかくらーい顔してたからさ。大丈夫かなーって」
「あ、ああ……大丈夫、ではねぇかも」
「ほへ? だいじょばない? やばいの? 体調不良じゃないの?」
「うーん……そうだけどそうじゃないと言うか……」
言っていいものかと渋る鋼太郎。他のメンバーはなにも知らないので、首をかしげるばかりだ。
鋼太郎が悩んでいる間、何やら外から騒がしい声が聞こえた。
「なんだろ? 俺、見てくる!」
我先にと大輝は篠崎の隣を駆け抜け、すぐさま体育館を飛び出した。
そしてほんの数十秒後、息を切らすことなく戻ってきて、体育館の扉から大きな声で叫ぶ。
「大変だよ! なんか正門にゆーめー人が来てる! しかもキョウちゃんの知り合いだって言ってる!」
大輝の声に、全員が頭上にクエスチョンマークを浮かべるのだった。
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