Song.20 写真
「やあやあ、みんな! 元気にやっているかーい? みんなの愛しの先生がやってきましたよっと!」
練習再開を前に、物理室にやってきたのは恭弥と鋼太郎のクラス担任である篠崎だった。
このメンバーを集めたとき、そしてそのあとの説明をしたとき以外に顔を出していなかった篠崎。もちろん練習の時にも一切顔を出さなかったというのに、彼がどういうわけか満面の笑みでやってきたのだ。
この訪問に、恭弥は「どうして?」というような顔で篠崎を見れば、自然と視線が交差する。
今までずっと音楽から逃げてきた恭弥が、しっかりと練習に参加していることを確認すると、篠崎は不気味な笑みを浮かべた。
「へぇ、あの野崎がなぁ~……」
小さな声だったがニヤニヤしながら言った。恭弥にはそれが聞こえており、途端に何だか恥ずかしくなる。恭弥自身でも、顔に熱が集まっていくことがわかる。そんな顔を篠崎からとっさに背ける。
「あー、せんせー! 久しぶりー! 何しに来たのー?」
篠崎を見て犬のように明るく大輝が手を挙げて聞けば、篠崎はすぐに応えた。
「うんー? 何しにって酷いじゃないかー。これでもお前たちの担当教師だぞ? それに交流会のタイムスケジュール考えたり大変なーの。ほい、これ見て」
そう言いつつ、それぞれに一枚の紙を手渡す。そこには当日の流れがより詳細に書かれていた。
「ええっ!? やばっ! 俺たち最初なの!? めっちゃ緊張するじゃん! せんせー、俺は真ん中らへんがいいですー。コネで真ん中にしてくださーい」
「コネでも真ん中になんてしねーぞー。お前たちは輝かしいトップバッターだ。なんせ、出番を最初か最後ににしないと、準備に時間がかかるだろ? 撤収より準備に時間かかるだろうからな。こうするしかなかったんだよ」
納得のいく理由だった。だから恭弥は「なるほど」というような顔で目を通していく。
与えられた時間は20分。事前に準備をしておき準備時間は0分と仮定、演奏する曲について、1曲当たり5分と考えれば、撤収に10分かけられる。これなら打倒な時間である。
続くスケジュールを確認する。
恭弥達のあとに続くのは、準備が少なそうな研究発表をメインとした技術研究部や、英語部の名前。そして大トリは盛大な演奏をする吹奏楽部である。
トップバッターで緊張するより、切羽詰まった準備をしなくていいことにホッとし、恭弥は安心した。
「言い出した俺が言うのもなんだけど、これだけの短期間で、2曲完成したのか? 本番はできそうか?」
交流会でバンドをやると言い始めた当の本人である篠島が、渋い顔で誰でもなく全員に聞く。
「何とかなりましたよ。自分的には満足いく出来栄えです。立花先生も褒めてくれるほどには。今から弾きましょうか?」
淡々と表情を変えることなく悠真が答えた。最初は嫌々だった彼がここまで言うようになったことに驚いたのもつかの間、篠崎はへなっと笑う。
「できたなら何よりだ。音漏れ程度には聞いてたけど、本番まで楽しみにしてるよ、副会長」
「その呼び方はやめてください」
「ははっ」
相変わらず軽いコミュニケーションをとる篠崎へ苛立ちを見せた悠真は、深いため息を吐いて、頭を抱える。
「交流会前日にリハがあるから、そこで全部セッティングも終わらせておこうかと思って、出番を一番最初にしておいたってことだからな。さっきも言ったけど、音漏れだったり、立花先生からの進捗を聞いているけど、お前たちの演奏レベルが高いらしいし、楽しみにしてるぞ。じゃ、俺は吹奏楽部にもいかなきゃだから」
言いたい事だけを言うと、篠崎は自ら顧問を請け負っている吹奏楽部の元へと向かって行った。
(トップバッターか……)
期待がのしかかる。でもそれが苦ではなく、むしろ背中を押しているように感じた。
☆
毎日が音楽に染まり、充実した日を一人の家に帰ってからは、いつものようにShabetterで報告する。
『残り一週間。それなりにできてきた。初ライブ、めちゃくちゃ緊張する……。しかもトップバッター。親父の曲もあるし、不安になってきた』
逃げてきた音楽。今はそれに向き合わなければならない。ただ、ひっかかるものがある。
(親父の曲、俺が人前でやっていいのか……)
その不安がぬぐいきれない。だから毎回練習の際には挙動不審にきょろきょろと目が泳いでしまっている。
難なく弾くことはできているが、その様子が不審極まりない。
一度考え始めてしまうと、自宅でも不安から嫌な汗をかく。
繰り返す負の思考ループ。
おかげで不眠になってきていた中、ブーッとスマートフォンが振動した。
確認してみれば、Shabetterからの通知であった。先ほどの投稿に対するリプライではなく、直接やりとりするダイレクトメッセージが来たようである。
滅多にダイレクトメッセージによるやり取りは行わない。NoKのアカウントでは一切メッセージを読むこともない。
いつもなら読まないのに対し、今の思考回路を変えることができるのではないかという思いから、気まぐれにメッセージを開いた。
『こんばんは。突然のダイレクトメッセージ、失礼します』
丁寧な文章から始まるメッセージ。それを送ってきたのは、Shabetter上で交友関係がある「木の葉」だった。
普段彼とのやりとりは、リプライのみ。それも互いに挨拶やイイネのボタンを送りあう程度。恭弥的には親しい関係に部類される人物からの突然のメッセージに、胸の中がざわついた。
『僕らは大切な仲間を失って、絶望の中にいました。でも、同じ絶望の中にいて立ち上がる君を見て僕らも前に進まなきゃいけないって思えました』
あくまでも木の葉はShabetter内での友人。実際は顔も知らない相手。そんな人物からのメッセージに、小首をかしげながら次々に送られてくる内容を読んでいく。
『グダグダと長くてごめんね。こんな内容じゃあ、何を言っているんだろうって思うよね』
まるで恭弥の今の状態を見透かして知るかのような内容であり、混乱へと導く。
『実は、僕、柊木隼人と言います。君のお父さん、野崎恵太と同じバンドでボーカルをしていました』
「んんっ!? げほっ、げほっ……」
柊木隼人という人物は確かに父のバンドMapのボーカルを務めていた人物である。アプリ内で仲良くしていた相手が知り合いであるという驚きから、変な声とともにむせ返った。
それに加え、いくら非公開アカウントでも「キョウ」という名前を使ってアカウントを運用しているので、身バレしているという驚きも混じっている。
(いや、まさか。成りすましだろう……でも、このアカウントが俺だってばれてるなんて……)
著名人を名乗る偽アカウントは多数存在する。いわゆるなりすましであり、うかつに信じるべきではないことを恭弥はわかっている。だが、「木の葉」が「柊木隼人」であることを裏付けるものが送られてきた。
「っ……本物、かよっ」
本人であるという証拠として送られてきたのは1つの画像だった。
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