Song.19 練習

「凄いですね! 素晴らしい!」


 放課後の物理室。遠くで吹奏楽部による楽器の音がかすかに聞こえるここで、恭弥達は楽器を手にした。

 第三者の視点から、今の仕上がりを客観的に見て評価をしてもらおうと立花を呼んで、曲を披露したのだ。改善点があればすぐさま直すつもりだった。それこそ今度は悠真だけでなく、全員で話し合って。


 相変わらずの白衣姿のまま、オリジナルの楽曲を生で聞いた立花は、目を丸くして大きく手を叩きながら感嘆の声を発した。

 決して偽りの行動とは見えないそれに、メンバー一同顔を見合わせて、声には出さないが喜びの表情を浮かべる。


「私はてっきり有名なバンドのカバー曲にするのかと思っていました。オリジナルの曲でこれほど素晴らしい曲になるとは……これならどこへ出しても恥ずかしくないですね。それどころか、みんなに聞いてもらいたいほど誇らしいですよ!」


 立花の言葉は胸を熱くし、恭弥は肩を引いた。これなら大丈夫かもしれないという考えと同時に別の考えも浮かぶ。


(もっと、もっと褒められたい……)


 好きなもので認められたい。

 何年も前に曲を作って公開すると、その動画サイトやShabetterなどのインターネット上では、様々なコメントをもらっている。初めはその一つ一つを見ては嬉しくなったり、傷ついたりしていた。しかし、今では全く見ていない。音楽から離れていた期間中、褒められることがなにもなかった。

 そのようなこともあって、面と向かって褒め言葉を聞いて心が弾んだ。


 体力や筋力も標準より低い恭弥は、一曲やっただけで肩からかけたベースの重みで痛んだ体にをぐっと伸ばす。何度も練習をしたことで皮がむけた指先に触り、口角が上がった。


「なあ! もう一回やろうぜ! 俺、歌い足りねぇし! もっと動いていい? 止まってろって言う方が無理なんだけどね!」


 回数を重ねれば重ねるほど磨かれる。

 大輝の提案に反対する者はおらず、何度も繰り返して演奏し続けるのだった。


 スタジオで練習するよりは広いが、動き回れるほどのスペースはないここ、物理室。

 機材をつなぐ配線が複雑に交差していることもあって、うかつに動き回れば転倒、切断しかねない。


 父に憧れていた恭弥は、父のステージを思い出す。ステージ上を移動し、ライブを盛り上げていた。

 それに倣ってライブを行いたいが、学校にある設備上難しい。楽器隊が動けないのなら、と大輝に向けて言う。


「動いてくれ。俺たちは動けないから」

「応っ! 全員分、俺が動くぜ! めちゃくちゃ動く!」


 任せとけと言わんばかりに、拳を前で作った大輝。


「先輩。くれぐれもマイクの線には気を付けてくださいね」


 そう瑞樹が言った直後、大輝は足元の配線につまずいて派手に転んだ。



 ☆



 練習の合間には、ステージの流れを確認する。

 今回交流会で披露するのは2曲。

 最初は広く知られているMapの曲を。次にオリジナルを。そうすることで1曲目で集めた注目をそのまま2曲目に持っていく。そういう計画である。


 その計画を果たすためにも、与えられた時間内で準備から撤収まで行わなければならない。ステージにアンプやドラムをセットし、楽器を接続。焦って繋いで、始めようとしたら音がでないなんてことにならないよう、練習の段階からテキパキとセッティングできるように動かなければならないだろう。だが、ドラムセットに加えて、アンプやスピーカーなど重い機材が多い。これらをメンバー五人だけで運び入れるとなればどうしても時間が足りなくなりそうである。


(順番によっては、1曲しかできないんじゃ? 時間が押すのは駄目だろうし)


 ペットボトルの水を口にしながら考える。

 学校の時間スケジュール通りにやらねばならないために、曲数を削ることになるかもしれないことを覚悟した。


 ならどの曲を削るか。

 今は恭弥と悠真が共に作った曲に力を入れており、Mapの曲はさほど練習していない。オリジナル曲が出来上がる前までにすでに完成系へと持っていけたからだ。それでも1日に2、3回は合わせている。

 完成度はどちらも問題ないので、どちらの曲も捨てがたい。


 2曲ともやるには、スムーズなセッティングができなければ。


 交流会まで時間がない中、楽曲だけでなく本番を予想した全体のリハーサルを行うことも必要であるため恭弥は焦っていた。


 焦りを見せたのは悠真も同じ。自身のスマートフォンをじっと見ては顔をしかめる。時折、指を折って何かを数えている様子を見せたが、言葉にすることはない。

 それ以外のメンバーの行動には、焦りが含まれていない。それよりも期待に胸をふくらましている。

 交流会を仕切る立花も不安など見せない。


(今の俺たちには練習しかできないけど、これでいいのだろうか?)


 誰よりも周りを見て抱いた不安。誰かに打ち明けることもないまま、再び練習に戻ろうとペットボトルの蓋を閉め、近くの机に置いたとき、勢いよく物理室の扉が開かれた。

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