Song.18 編曲
練習のない日の放課後、昇降口で初めて悠真と待ち合わせをした。
早めにホームルームが終わった恭弥が外を見ながら待つこと十分。続々と生徒たちが帰路に、そして部活に向かう姿を見送っていると、やたらにぎやかで甲高い声が聞こえてきた。
「ねえねえ、このあと一緒にカフェに行かない? 私、いいところ知ってるよ」
「それより図書館で勉強教えてほしいな。テストも近いもん」
「違うでしょ。御堂くんはこれから私と一緒に本屋に行くのよ。ね?」
数人の女子に囲まれながらやってきたのは紛れもない悠真だった。
女子たちがまるで「悠真は自分のもの」と言うように言い争っている中を、見事なまでに無視をして昇降口に姿を現した。
そして恭弥の姿を見つけるなり、やや急ぎ足で上履きから外靴に履き替える。それに慌てて女子たちもついてくるため、恭弥は挙動不審に女子たちが気になり、何度もチラ見をする。
「お待たせ。行こうか」
「いや、そんな待ってないけど……後ろの人らは?」
じっと恭弥を見る女子の目。
恭弥からしても、女子たちからしても、互いに「何者なのか」という顔をしている。
「ああ、知らない。勝手についてきただけ。僕は何も言ってないし、何もしてない。約束なんてしてないしね。ほら、行こう。こうしてる時間が惜しい」
早く行こうとせかされるも、女子の目が恭弥から逸れない。
『なんだこいつ。変なやつが近づくな』
攻め立てるようにそう女子から言われたように感じ、恭弥の額に気持ち悪い汗がにじむ。
(これだけ必要とされているのに、俺が悠真の貴重な時間をもらっていいのか……?)
これからやろうとしていることが正しいのか。他の人の時間をもらっていいのか。
一度ねじ曲がってしまった思考は、どんどん悪い方向へと進んで行き、恭弥は唇をぎゅっと結ぶ。
「何やってるの、ほら。君の家、わからないんだから」
動かない恭弥の手を悠真が引っ張る。そうしてやっと歩き出すことができた。
残された女子たちは、そんな悠真を追うようについて来ようとする。しかし、悠真は冷たい声を放つ。
「着いてこないでくれる? 僕は君たちに用はないよ」
そう言えば女子たちはその場で立ち止まる。恐怖を感じたのかと思いきや、彼女たちはこそこそと「かっこいい」と話していた。
確かに悠真の顔は整っている。それに加え、成績も優秀、生徒会副会長に就いていて、どんな仕事もそつなくこなし、教師からの信頼も高い模範生徒。最低限の人付き合いもしており、欠点らしき欠点がない人物である。
だが、それは表の話。
「ああいう人達、大嫌いなんだよね」
女子には聞こえないくらい離れてから、悠真が新底嫌そうな顔で言う。まさか悠真が人を嫌うなんてことがあるとは思ってもいなかったために、恭弥は驚いたものの、すぐに安心したように顔の緊張が取れた。
(この人もちゃんと人間なんだな)
多数の人に囲まれ、全てがうまくいっているように見えていた悠真も、自分と同じ人間であることがわかり、親近感を抱いた。
恭弥の家に来訪者――悠真がやってきた。
恭弥の自宅は自転車通学圏内であるため、学校から徒歩で向かうこともできる距離。電車通学している悠真が、その家を知るわけがない。
なので恭弥が自転車を押しながら前を歩き、その後ろに悠真が続く形で歩く。
まだ交流会でライブを行うということが公表されていないために、校門を出るときは、「どうしてこの2人が一緒に歩いているのか?」と疑問を抱く人達が多くいた。それもそのはず、恭弥と悠真にバンドという接点以外は何もない。互いの顔は知っていても、関係性までは予測できない。
悠真へ声をかける人は何人かいたが、全て「今忙しいから」の一言で対応。それでもしつこく付きまとう人には追い打ちをかけるように「二度は言わないよ」と冷たく突き放す。
人に求められ、自分を貫いているその姿が、恭弥にはとても眩しく、目をそらす。
そんな2人が、誰もいない恭弥の家の前まで来た。
ガチャガチャとバッグから鍵を取り出して扉を開ける様子を悠真はただただジッと見つめる。
「中、どうぞ」
瑞樹以外の人を恭弥が家の中へ上げたことはない。だから緊張しつつ悠真を自室へと案内する。
真っ暗な玄関、廊下、階段。悠真は恭弥に続いた。
殺風景な自分の部屋に、電気をつけて招き入れる。
部屋に入るなり、恭弥はパソコンの元へ向かう。
「ここで曲は作った。スコアはないけど、データならこっちのパソコンに。何か飲み物持ってくるから、適当に座っててもらえれば」
自室の角にあるパソコンを起動させ、悠真をその場に残して部屋を離れる。
さっさと出て行った恭弥を見送り、悠真は顎に手を当てて何かを考えているようだった。
冷えた麦茶とグラスを持って部屋に戻った恭弥は、座りもせずにいる悠真に一瞬だけ身を固くする。
「ああ、ごめん。わざわざ。僕はちょっと考えていただけだよ」
「なんか、汚い部屋で悪い」
「そういうことを考えてたわけじゃないよ。僕が想像していた以上に物がなくてびっくりしただけ。意外と綺麗好きなの?」
「そういうわけでもないけど、色々としまい込んだだけ、だな」
座らずにいたので、自分の部屋が汚くて座れなかったのではないかという考えがよぎったが、思い違いだった。
もともとは音楽に関する本が山ほどあったが、それを全て押入れの奥深くに封印している。なので部屋はスッキリとした印象だ。
わざわざそれを言う必要はないと判断し、学習デスクに持ってきた飲み物を置いて、恭弥はパソコンの前に移動する。
ホーム画面からAiSのアイコンをクリックすれば、真っ黒な背景に白字の懐かしいAiSの画面が恭弥を迎えた。
「これがあの曲。ここをいじれば音を変えられる」
ついこの前みんなに聞いてもらった曲を編集できる画面へと変えてみせる。それを悠真が覗き込んで確認すると、再度顎に手を当てながらニヤリと笑った。
「うん。じゃあ、始めようか。僕が加わる以上、聴いている人に刺さるようなものにしてみせるよ」
その声はまっすぐで、自信に満ちていた。
☆
恭弥と悠真、2人の共同編集作業は2週間かかった。
手を加えた箇所は決して多くない。しかし、毎日恭弥の家に集まるわけにもいかなかったためにこれだけかかってしまった。
1人より2人。持っているセンスを出し合ってできた曲は、初期版よりもぐんと磨かれている。
メリハリをつけ、広がりを持たせる。歌詞もより深いものにした。それをスコアにして、全員に配れる状態にまで持って行った。
「これを練習するよ。本番まで時間がないけど、完璧に仕上げる」
やり始めたらとことんこだわる性分である恭弥と、同じ面をもつ悠真が手を尽くして出来上がったこの曲。
それを全員が集まった物理室で、スマートフォンから再生させる。
手書きのスコアを見ながら耳を傾け、黙って聞く仲間の姿を恭弥と悠真の2人は体を固くし唾をのんで見守る。
時間にして4分半。
それを聞き終えたとき、大輝が目を丸くしていた。
「なあなあ、これってどういう意味なん?」
大輝が指さしたスコアの箇所は、ボーカルのソロになるところ。難しい言葉ではない日本語の歌詞が書かれているところである。
それのどこがわからなかったのか、大輝の質問の意図がつかめない恭弥は首を傾げた。
「さすがに俺、馬鹿だけど言葉の意味はわかるけど。何というか、ここでの気持ち? あと全体の気持ち? みたいなのがどんな感じなのかなーって」
「全体……テーマ的に言えば『憧れ』。なりたいものに近づこうとしても近づけないような感じ。だからここはちょっと暗め、みたいな感じでわかるか?」
「おう、わかった」
説明することは苦手でも、大輝には真意が伝わったようで納得の顔をしている。そんな彼を見て、恭弥は心配をかき消し、ベースの準備を始める。恭弥以外もそれぞれ楽器を手に各自練習を開始した。
この曲ができるまで猶予はあまりない。
それでも彼らはただまっすぐに向き合い、練習を繰り返す。
恭弥を含む楽器経験者の4人は、1週間である程度完成系に近づく。唄うことが専門の大輝は練習日に何度も唄って上達していくのだった。
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