Song.21 過去
「親父っ……」
送られてきたものは、わずかな読み込み時間を置いて表示された。
それをみて、恭弥は思わず息をのむ。なぜならそれは恭弥が幼い頃、Mapのライブ開始前にステージ上で撮った、父とそしてMapの集合写真だった。
いくら幼いころの写真だからといっても、恭弥の記憶にははっきりと残っていた。
この写真を撮る半年前に、病弱だった母を亡くし、恭弥は何度も泣いた。父はそんな恭弥を無理やりライブへと誘いだしたのがこの写真である。
行きたくないと叫び、暴れたが、子供の力は大人に叶わない。
祖父母の制止を振り切って、Mapのメンバーにお菓子やおもちゃで釣られて恭弥は真っ赤な目をしてライブ会場へやってきた。
広い会場。慌ただしく動き回るスタッフ。
もちろん父も準備で忙しく、恭弥に構っていられる時間はない。
ここで待っていろと言われた客席の最前列で、買ってもらったキャラクターもののぬいぐるみを抱きしめてステージ上で最終確認する父たちをじっと見ていた。
何度も聞いたことのある曲を演奏する姿が幼い恭弥には新鮮で、目を輝かせた。今朝まで泣き叫んでいたことも忘れるほどに。
「上がってきな、恭弥。みんなで写真を撮ろう」
ステージに上がるなんて経験は、この時の恭弥にはまだなかった。
身長よりも高いステージ。おどおどしていれば、父が降りてきて恭弥をステージに上らせる。
「みんな集まってくれ。あ、スタッフさん。1枚……いや、たくさん撮ってくれ。やっと、恭弥が笑ったんだ。その記念にしたいんだ」
そう言った父は、恭弥をステージの中央に立たせて隣にしゃがむ。Mapのメンバーもぞろぞろと集まって、恭弥を囲うように並んだ。
「では、撮りますよー。はい、チーズ」
そうして撮られたこの写真。この日が父のようになりたいと思った思い出深いライブである。
写真のセンターにうつる幼き頃の自分と、よく見ればうっすら泣いているようにも見える父。そしてそんな2人を囲うMapのメンバー。
世には出回っていない、Mapのメンバーしか所持していない写真だ。
(確かに本物、だろう。でも、どこでバレたんだ? 特定されるようなことはつぶやいてないし……)
何万人というフォロワーを抱えるNoKのアカウントを持っている以上、個人情報を出さないように細心の注意を払ってShabetterを使っている。
非公開でフォロワー数4しかないサブアカウントでさえも、個人情報には気を付けていた。それなのにどこで自分が特定されたのか。思い返しても全くわからない。
困惑している恭弥をよそに、メッセージはとめどなく送られてくる。
『僕も君と一緒で、前に進みたいんです。それが恵太のためにもなると思って……。今は散り散りになっているけど、君のライブを見たら、前を向けるんじゃないかって。変な理由だけども、君のライブを見に行ってもいいかな?』
自分たちのライブがMapを動かすかもしれない。今までになかったプレッシャーがのしかかる。
「別に駄目じゃないけど……」
全ての人に解放された交流会であるため断ることはできない。。ライブが誰かのためになるなら、余計に断る理由もない。
ただ、プロの人に、父の仲間に見せることに対して恥ずかしさと緊張も大きく膨らんでくる。
「返事……」
また、どのようにメッセージを返せばいいのかと戸惑い、スマートフォンを持つ手は止まったまま。
送られてくるメッセージもそこで止まり、恭弥が何かを返さねば進まない状況。あまり人とやり取りをすることが得意でないこともあって、恭弥はしばらく考え込んだ。
「あ、紙……」
およそ10分考えて、思いついたのはシンプルなやり方。
学校へ持っていっているバッグの中からガサガサと何かを探し、しわくちゃになった紙を取り出した。
それを手でできるだけ広げ、スマートフォンで写真に収めると、先ほどまでのメッセージに無言で送る。
「……よし」
送ったのは、交流会のスケジュール表。自分の影が映っているが、皺を何とか伸ばしたおかげで、文字を読むことができる。
それが送られてきたのなら、ライブを見に行ってもいいという答えであることがわかると踏んだのだった。
『ありがとう。絶対に行くから。みんなで』
「みんなっ!? 全員かよ……目立つだろ、それ……」
有名人であるMapのメンバーが全員やって来るなど予想していなかった。
そしてさらにここで一つ、悩みが生まれる。
(これってみんなに言ったほうがいいのかな……でも言ったら余計に緊張させるんじゃ? そもそも俺がMapの息子とは知らない訳だし……ただお客さんが増えるだけだから言わなくても?)
ベッドから机へと移動して、頭をスマートフォンとにらめっこする。
(確か悠真がMap好きなんだよな。言わなかったら、何で言わないのとか言われないか? 有名人来るなら先に言っとけとかってならないか……?)
人の目が気になってしまう恭弥が、一度考え出すと不安が不安を呼び、収拾が付かなくなっていた。
言おうか言わないか。とりあえず瑞樹やバンドメンバーがつながるトークアプリを開いた。
「んんーっ……」
言ったなら、仲間に更なるプレッシャーをかけることになるだろう。それに、ずっと秘匿にしてきた家族関係を明らかにすることは、父が積み重ねてきた秘密を守るという約束を破る事に繋がる。
言わなかったら、プレッシャーをかけずに済むし、約束も守れる。直接Mapと会って話すことをしなければ、関係も知られることはない。
だったら言わない方がいいだろう。
そういう結論に達し、結局何も書き込むことはせず、そのままアプリを閉じるのだった。
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