Song.16 素人
集まったばかりの4人がライブを行う。それぞれ楽器の経験があっても、知名度ゼロの集まり。バンドとしては素人同然である。
何か工夫があれば別だが、見る側からしたら、素人が作った曲を演奏するのをじっと見ているのは苦痛。それを悠真が指摘した。
「素人じゃないです! キョウちゃんはずっと曲を作ってきましたので。一曲だけでも、お願いしますっ」
直角に腰を曲げる瑞樹から、本気度がうかがえる。
なぜそこまで言えるのか。恭弥はそれがわからず、黙ったままだ。
「いーんじゃねぇの? 俺、さんせーいっ! キョウちゃんがどんな曲を作るのかわかんないけど、みっちゃんがそこまで言うならきっといい曲なんでしょ?」
静かになってしまった空気を大輝の明るい声が変えた。ドラムセットを前にして座っていた鋼太郎にも大輝が「な?」と顔を向ける。
「俺はなんでも大丈夫だ。全員が納得するならば」
「だって! コウちゃんもオッケーだよ」
残りは悠真のみ。渋い顔をする彼を説得させるのは至難の業だ。手数の少ない大輝には、説得できそうにない。メンバーの賛同があってしても、眉間にしわを寄せている。
「後輩に言わせておいて、君はだんまりなの?」
「えっ……」
瑞樹の後ろで口を挟まない恭弥を、悠真の冷たい目が捕らえる。その目から今すぐにでも、ここから逃げ出したい。悠真の目が自分を責めているように感じ、思い出したくない過去を引きずり出される。勝手に出てきてしまう汗でべたつく手を、制服にこすりつける。
「キョウちゃん」
慣れた瑞樹の声にさえ、ビクっと反応する。
やりたいのか、やりたくないのか。自分の気持ちはどちらなのか。それを言っていいのか。自分がみんなを振り回してしまわないか。自分の曲が、存在が、聞いている人を、ここにいる人を苦しめてしまうのではないか。だったらやらない方がいいのではないか。しかしそうしたら、勇気を出して発現した瑞樹の行動を無駄にすることになってしまう。
「俺、は……」
言葉に詰まる。自分の気持ちがわからない。どうしたらいいのか。
ぐるぐると終わりのない自問自答が繰り返されているとき、ふと瑞樹の言葉が脳内で再生された。
『キョウちゃんの曲で僕は救われてきたんだ』
長い付き合いである瑞樹が、音楽に対して嘘をつかないことはわかっている。だからこの言葉が真実であることもわかっていた。
それゆえ、今まで恭弥がやってきた音楽は、決して無駄ではなかったのだ。少なくとも瑞樹に対しては。
瑞樹以外にはどうだろうか。
父に聞いてもらいたかった曲を全校生徒の前で自ら演奏する。生徒はどう受け止めるか。空の上の父はどう受け止めるか。
不安は山ほどある。
つまらない、退屈、うるさい。そんな感想をもらうのは怖い。
でも、それ以上に曲に込めた思いが大きいことを思い出した。
「ねえ、どっち? やりたいの、やりたくないの? 何なの?」
悠真の声に恭弥は顔を上げる。メガネのレンズ越しでもわかるほど、悠真の目は冷たいままだが、恭弥はその目をしっかりと見返して口を開く。
「俺は、やりたい。1曲でいい。やってみたい……」
吐き出した言葉にこもる思い。憧れの父に近づきたくて、何年もやってきた音楽。自ら作り出したそれをステージで弾くことができたなら、無理だと諦めてしまったその背中にぐっと近づけるかもしれない。
それにもし、父へ送ったあの曲を弾くことができたなら、1人になると付きまとう心の影を消せるかもしれない。
どうしてもステージの上でライブをやらなきゃいけないのだ。だったら、それを自分の糧にすることを許してほしい。決意を固め、力強く拳を作る。
「ふーん。なら、1曲は君の作ったものにしよう。後で譜面かサンプル聴かせて。それで、もう1曲は?」
恭弥の言葉を受け止めて、悠真は受け入れた。あまりにもあっさりとした流れだったので、恭弥は瞬きせずに唖然とする。
こんなにも早く受け入れるとは思ってもいない。もっと否定されるとさえ考えていた。
「大丈夫。キョウちゃんの曲はすごいんだから。自信もって」
下から覗く瑞樹による声に励まされ、こわばった顔がほんの少しだけ緩んだ。
「なあなあ! もう1つ、やる曲決めよーぜ! ほら、2人ともこっちに来いよ! 俺、あんまり歌わかんないからさ、教えてちょーだい」
声に誘われて物理室の中に戻れば、仲間たちに迎え入れられる。
そこでライブへ向けて、話し合う。
持ち時間的に2曲分はあるため、どの曲にするか時間をかけて話し合う。
「上級生、下級生がいるんだ。僕たちのことを知らない人の方が圧倒的に多い。それなら初めに全員が知っているような曲をやって注目を集めた方が、2曲目のオリジナルをしっかり聞いてもらえると思う」
「流行りの曲か? バイトの時に新しいスコア入ってきてたけど、そこまで人気っていうほどのものはなかったぞ」
悠真にすぐさま反応した鋼太郎。彼のアルバイト先である楽器店ではスコアも販売されている。人気が出てから作られているために、流行りから少しタイムラグが生まれるのであった。
「流行りより知名度が高いものの方がいいね。交流会にくる人は外部の人もいるから、その人達も知っている方がいいと思う」
「なるほどな。交流会には年寄りが多く来るし、その人らも知っているやつの方がいいか……」
つまりはどの曲か。「うーん」と唸りながら考える。必死に考えて浮かんだ曲を次々黒板に書いていく。
最近人気のバンド曲から、少し前のバンドの曲。それに海外アーティストの曲まで幅広くリストアップした。
「俺、英語できない」
大輝のその発言から曲が絞られていく。
「ここからどう絞りますか? 多数決とかでしょうか?」
「多数決で割れたら困る。ここに挙げた曲ならどれもかなり知られている曲だし、どれになってもいいと思うから、クジとかでもいいんじゃない?」
残った曲は5曲。中には気が引けるMapの曲も混じっている。そこからどれをチョイスするか、いくら話しても決まらずにいた。
そろそろ決めないと練習時間が取れなくなってしまう。だから悠真が挙げた方法で決める流れになった。
曲名の横に数字を書く。その横にあみだくじを作り、自由に横棒を足して一番下には曲数と同じ数字を書いた。
「キョウちゃん、どこがいい?」
「え、俺?」
「うん。キョウちゃんが曲担当だから」
「? よくわかんねぇけど、ここで」
大輝の言う理由はよくわからなかったが、なんとなく真ん中を選んだ。
「うらみっこなーしよ」
そこから大輝が線を辿り、右に左に進みながら下がっていく。そして選ばれた数字を確認し、ごくりと唾をのんだ。
完全に運で決まった曲。それこそがついさっき、恭弥が逃げ出した理由であるMapの曲だった。
「……大丈夫?」
手に汗が出る。心臓も大きく音を立てた。それほど避けたいと思ったものであったが、ここでやりたくないとも言えず。瑞樹の声に固い笑顔を返す。
(親父の曲をやるなんて……できるのか。やっていいのか? 親父を殺した俺が)
不安で小さくなる背中に瑞樹の手が触れる。
「一緒にやろう。僕たちで」
1人じゃないよと言葉を足し、瑞樹は優しい顔をする。
それで不安がぬぐえたわけではないが、やらねばならない状況であるため逃げることができず、唇をかんで練習を開始した。
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