Song.15 謝罪

 恭弥は幼い子供のように泣く瑞樹を、ただただ静観し放置できるほどの冷たい人間じゃなかった。慌てて移動し、瑞樹の前で視線を合わせるようにかがみこむ。ずっと小さい頃から、瑞樹が泣いていたときはこうやって目を合わせていたのた。その習慣がいまだに抜けなかった。


「キョ、ちゃ……ひっく……」

「俺こそ、悪い……その、色々と」


 うまく言葉にできなくて、短い言葉しか言えなかった。それでも瑞樹は、恭弥の謝罪のの言葉をきくと、嘘のようにぱあっと顔を明るくし、思いっきり恭弥に飛びつく。


 再会してから二度目の飛びつきに、今回はちゃんとその体を受け止めた。

 胸の中でわんわん泣きながら、何度も繰り返す「キョウちゃん」という声。小学生のころに、いじめられ泣いていた瑞樹を助けたときのようで、懐かしくなる。


 やっと泣き止んだときには、瑞樹の目元は真っ赤だった。恭弥から離れて、それを鏡で確認する瑞樹の背中を、恭弥は安堵したような目で見る。


「ねえ、キョウちゃん」

「何?」


 赤く腫れた目はしばらく治らないと悟り、瑞樹は鏡を見るのをやめて、恭弥の方に体を向ける。

 ここで一体何を言い出すのかと、瑞樹の声に耳を傾けた。


「交流会でやる曲なんだけど」


 この二人の独断で、やる曲を決めることはできないが、提案として出すのならば問題ない。

 曲のタイトルだけを言えばいいのだが、瑞樹はなかなかそれを言おうとはしない。


「やりたいものがあるのか?」

「うん」


 世の中全ての曲を把握しているわけではない。瑞樹がマイナーな曲をやりたいと言ったならば、全員が納得するような曲かどうか一度聞いておこう。

 スマートフォンを取り出して、瑞樹がやりたい曲の名前を入力する準備を整えた。


「僕、キョウちゃんが作った曲がやりたい」

「……へ?」


 恭也の手は止まったまま。スマートフォンを落とさなかっただけマシである。


「キョウちゃんが作る曲がいい」

「いやいやいやいや、聞こえてるから。2回言わなくても聞こえてるって」


 左手で顔を覆い、スマートフォンを持った手で瑞樹を静止させるよう前に突き出す。

 必死に思考を整理させるが、瑞樹の意図がつかめない。


 そもそも「キョウちゃんが作る曲」が示しているものはどれなのか。休止状態のNoKのことなのか、それともこれから作るものなのか。

 どうしてそんなことを言い始めたのか。

 瑞樹の丸い目に明らかに動揺を見せる恭弥がうつりこむ。


「僕はキョウちゃんの曲、好きだよ。だって、キョウちゃんの曲にはまるで僕たちの声を叫んでいるみたいで。落ち込んでも、キョウちゃんの曲で僕は救われてきたんだ。だから、それをやりたい」


 ここまで瑞樹が言うのは珍しい。

 そして、対面でここまでストレートに褒められたことがなかった。

 ここ最近は褒められることがなかったことから、素直に言葉を受け取れず、恭弥の顔に熱が集まる。


「流行っている曲なら、NoKでどうかな? この前テレビでもやっていたから、流行っているに入ると思うし。でも、出来れば完全新作の方が……」

「待て待て待て待て。NoKはっ、あれは練習として使ってた名義で、俺は嫌だっ」

「なら! NoKとして出してない曲にしよう!?」


 どんどんと一人で進めていく瑞樹を止める事なんて、パニックに陥っている恭弥にはできなかった。


「いいこと思いついたよ! お父さんに渡した曲をやろう! 体育館からお父さんに届けよう!?」

「えっ、ちょ、まっ……」


 恭弥の手をひき、瑞樹は物理室に向けて駆けだした。父のことについて、話に出すだけでも心臓がバクバク音を立てるほど心の傷があるわけだが、傷つくほどの心の余裕がない今、慌てふためくことしかできない。


 ほんの少し。NoKのことから、父の死直前に曲を渡した事までを事細かに瑞樹に話していたことを後悔した。




 バタバタと足音を立てながら物理室に戻り、開口一番、瑞樹が大きな声で放つ。


「先輩! 僕、キョウちゃんの作った曲がやりたいです!」


 目を腫らしているのに鼻息を荒くする瑞樹と、その後ろでぜぇぜぇと息を切らす恭弥。物理室で待っていた3人は、トイレに行くと言っていたはずなのに、一体何が起きたのかと状況をつかめずにいる。


「みず、き……待てって……」


 肩で息をしながら止めるが、時既に遅し。

 シンとした空気と、訳が分からないと言う目を向けられて恭弥の目が泳ぐ。


「僕はキョウちゃんの作った曲がやりたいです!」

「うん。聞こえてるよ。言っている意味がわかるんだけど、わからないから混乱してるんだってば。とりあえず冷静になって」

「っ! すみませんっ!」


 誰も反応してくれないからと同じことを言ったら、悠真に落ち着けとなだめられる。先輩へおかしな態度をとってしまったと、何度も頭を下げる瑞樹。やっと息を整えた恭弥が、その背中を押して物理室の奥へと入った。


 それぞれの楽器の前に置いた椅子に座ると、首をかしげて大輝が問う。


「二人はツレション長いのな」

「ああ……悪い、空気悪くした」

「まぁ、色々あって遅くなりました、すみません。それで、曲なんですが――」


 本当にトイレに行っていると思い込んでたようで、大輝は「お腹大丈夫?」と恭弥に聞いていた。

 瑞樹は瑞樹で、大輝の言葉に苦笑いを返して、本題へと入っていく。


「僕、キョウちゃんの作った曲をやりたいです」


 改めて言い直した。それを恭弥は顔を掻きながら耳をかたむける。


「やりたい曲があるっていうのはいいことだと思うけど、素人の曲をやるのは僕は反対だよ。ただでさえ、素人バンドを見るだけでも苦痛なのに」


 はぁ、とため息をつきながら言った悠真の言葉は、誰も口にはしてこなかったが頭の片隅には浮かんでいた内容であり、全員の胸に突き刺さった。

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