Song.14 投影
あっちこっちに目を向けながら、狭い店内を巡り歩く。
他に客がいないので、人目を気にすることなく見定める。
「おう、いいもんあったか?」
最後に選ぼうとした、ベースケア用のアイテムが並ぶコーナーの一角で、鋼太郎がバインダー片手に仕事をしていた。
のらりくらりと同じ場所に来た恭也の顔を見て、「どう?」と聞く。それに対し、「まぁ」と短く答える。
「そうか」
互いに寡黙な性格であるため、言葉数は少ない。それが気になるというわけでもなく、むしろ互いに短文で言いたいことが通じ合う。
たったそれだけの会話をしたのち、恭也は品定め、鋼太郎は仕事へと戻っていった。
(金が足らない……今日は諦めとこう)
あれやこれやと手に取って値段を見たら、財布の中に入っているお金よりオーバーしてしまう金額になった。よくよく考えてみれば、一部用品は家にある。ならば今回、急いで買う必要はない。そう考え、多くの物は購入を控える。
「ピックだけでいいのか?」
「いい。また今度にする」
思っていたよりも購入数が少なかったのか、鋼太郎がレジを打ちながら聞いていた。恭弥の「今度」がいつになるかはわからないが、お金がない以上買うことはできない。必要となれば、祖母にお小遣いを頼むけど、迷惑はかけたくない。だから半ば買うことは諦めている面がある。
「また来いよ」
鋼太郎に見送られながら、ピックを無くさないよう、財布にしまい、両手を開けて店を出た。
☆
週に3日行う放課後の練習は充実していた。
何やかんや言いながらも、全員が集まる。はじめこそは立花に渡された楽曲をメインにしていたが、それではあまりにも簡単で、恭弥は物足りなさを感じていた。
譜面をもらったその日に、ほぼほぼ弾くことができているのだ。多少はエフェクターで音に変化をつけて見たりしたが、それでも飽きがくる。さらに、このまま同じ曲を続けていていいものかとモヤモヤした気持ちが生まれる。
(もっと違う曲やりたい……)
そう思っていても口にはしない。言ってしまったら、今の状態が悪くなるような感じがしたのだ。アンプの前に置いた椅子に座りながら、弦を弾く。かれこれベースを再開してから1か月。本番までも1か月。ガサガサになった左手の指先からはあまり痛みを感じなくなってきた。
うつむきながら弾く、恭弥の姿。それを鋼太郎が凝視し、何かをくみ取った。
「なあ。本番、何の曲をやるんだ? 新しいやつやんなら、そろそろ練習したい」
「えぇ? この曲やるんじゃねぇの!?」
大げさな反応をした大輝に隠れたが、恭弥もビクっと肩を動かしていた。
声を出した大輝へ向けて、鋼太郎は「違うのか?」と問う。
鋼太郎の言葉から、全員が音をやめ、今後についての検討会が始まった。
「流行っている曲でいいんじゃないの? それなら盛り上がるだろうし」
悠真が口を開く。
ステージを見る人の多くは生徒たち。その世代で流行っている曲を披露するのなら、それなりに盛り上がることは予測される。
しかし。
「流行りっていっても、バンドでできる流行ってる曲、思いつかなくね? ユーマが好きな曲が俺の好きな曲とはならないし」
「大輝にはあの良さがわからないだけだよ。大多数の人には人気だし」
大輝は音楽に疎いようである。
「ちなみに、悠真先輩の好きな曲って何なのです?」
「Map。しばらく新曲はでないだろうけど」
「あー……」
興味で聞いた瑞樹の目が泳いだのと同時に、恭弥がベースを置いて逃げるように立ち上がる。
それもそのはず。
悠真が好きだと言ったMapことMultiaction Programというバンドこそが、亡き父、
「あれ、キョウちゃん。どこいくの?」
物理室を出ようとする恭弥を大輝が呼び止める。
「……ちょっとトイレ行ってくる」
顔は見ずに、そそくさと恭弥は部屋を出た。
「キョウちゃん……」
恭弥の父についても知っている瑞樹は、うかつに聞いてしまったことを後悔した。自分の発言が、恭弥の心の傷をさらにえぐってしまったのだと。同時に、戻ってこなかったらどうしようと不安になる。
恭弥の父のことを知っているのは、ここでは瑞樹のみだ。他のメンバーは何も知らない。それゆえ、急に不機嫌になったかのように見えてしまった恭弥に対し不信感が募る。
「何あれ。意味わかんない」
「なんで? 便所じゃないの?」
「それにしては態度悪いでしょ」
「そう?」
大輝は恭弥の言葉をそのまま受け止め、疑うこともしないため、悠真の言うことがわからない。
一方、鋼太郎は、『恭弥に何かがあった』それだけを理解し、悠真に同調することも、瑞樹に深く聞こうともしなかった。
☆
やってしまった。
たかが当たり前の会話で、うまくいっていたバンドに恭弥の行動で亀裂を入れてしまった。
早く戻らないと。でも戻ったら嫌な顔をされるかもしれない。いや、すでに嫌な顔をされているかもしれない。
物理室から出た恭弥は、トイレに行かず、人のいない方向へと逃げる。
父の話は聞きたくない。父を、父のバンドを殺してしまったのは自分なのだから。
「くそ……」
弱い心が嫌になる。逃げてばかりの自分が嫌になる。
せっかくやろうと決意してベースを弾いていたのに、今になってまた、手が震えはじめた。
ひとまず一人になりたくて、誰も通らない階段の踊り場で立ち止まる。
何度も深呼吸をして震えを止めようとしたが、止まらない。それに対してまた苛立ってくる。
『お前、最悪だな』
「……黙れよ……」
『ほら、見て見ろよその顔。怖い顔してんだろ? 犯罪者の顔だ』
聞こえない声に苦しめられながら、ふと顔を上げたら、目の前には全身を写す大きな鏡。
そこにうつる顔色の悪い自分自身。
目の下にクマができ、こけた頬。伸びっぱなしの髪。前髪の隙間からでもそれが見えて、気持ち悪くなった。
「キョウちゃん……」
鏡の奥にうつる瑞樹と目があった。
物理室を出た恭弥の後を、時間を空けてから追ってきたのだ。
すぐに目を逸らしたが、瑞樹はじっと恭弥を見ていた。
「ごめんね」
「何が?」
「僕が、余計なことをしちゃったから……僕が何も言わなければよかったのに」
瑞樹が悪いわけじゃない。それはわかっているが、素直にそれを言うこともできなかった。
何も言わない恭弥へ、瑞樹は続ける。
「キョウちゃんがもっと楽しめる曲をやれたらって思ったんだ。でも、まさか悠真先輩の好きなバンドが……」
ハッキリとバンド名までは言わない。言えばまた、恭弥が傷つくと思ったのだ。
自分が全ての元凶なのだから、瑞樹のせいではない。それを言えるほどの勇気がなく、ただただ唇を噛んで、後悔する瑞樹に申し訳なさを感じるだけ。
自分が悪いだけなのに、周りの人が傷つく。それがまた恭弥を苦しめる。
「今回のライブね、本当は。本当は僕が伯父さんに相談したんだ。大切な人にまた、音楽を好きになってもらいたいんだって。でも、キョウちゃんがまた傷つくなら、やらない方がよかった、ね……ごめんね、ごめんねっ……」
言葉を詰まらせた声に、また鏡を見たら瑞樹が涙を流していた。
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