Song.12 運動
手先の準備運動として軽く弾く。弾いていない期間が長かったせいで、すっかり柔らかくなってしまった指先で押さえる弦。左手は弦で擦れて時々痛む。また、肩にかかる重みで背中が丸まっている。
それでも弾くことたった15分。訛ってしまった体を起こすにはちょうどいい練習時間を終えるかのように、立花が手を叩いた。するとすぐに全ての楽器の音がピタリと鳴りやむ。
「みなさんできそうです?」
立花の問いにうなずいて返す。
「では、どうぞ」
それだけ言われ、すぐにドンと始められるわけがない。誰がどうやってスタートを切りだせばいいのか。
いっせーので始めるか、カウントを誰かとるのか。
ろくに話したこともない顔ぶれ。恭弥にとっては経験のないバンドという形。どうするべきか、黙っている間に先に手を挙げるのはまたしても瑞樹だった。
「こっちの曲からやりましょう。キーボードのソロから入るので、他の楽器も加わりやすいかと……どうでしょうか? って、出しゃばってすみませんっ」
言ってから何度も頭を下げた瑞樹。その肩に大輝が手をまわして、瑞樹の顔を強引にその手で笑顔にさせる。
「さすがみっちゃん! キーボードってことは、ユーマからだな。任せた、ユーマ!」
「わかった。ちゃんと入ってきてよね」
悠真がキーボードに手を乗せる。
そして鍵盤をたたいた。
寸分の狂いのない音。原曲そのままである。
キーボードのソロは4小節。その後に他の楽器が加わっていく。
恭弥も流れに乗り、弦を弾く。
「おっ……」
教卓の前で全体を見ていた立花が声を漏らした。
しかしそれを誰かが気に留めることはない。そのまま継続して演奏し続ける。
その音にのって大輝がマイクを口元へ寄せた。
もともとはしっとりとした恋愛ソングであるというのに、大輝の声はそのイメージを変える勢いでハツラツと唄う。
(こいつは何を考えてるんだよ)
曲を根本から間違えたような大輝の歌声に、恭弥は引いた。それでも手は止めず、あっという間に最後まで弾きとおした時には、体が熱を持っていた。
(俺、人と合わせられた……)
今までやったことのない、人と一緒に演奏することに対し、恐怖があった。
先走ってしまわないか、本当にできるのか、こんな自分が弾いていいのかと。それを抱えたままの演奏であったが、やり遂げた達成感も生まれる。
曲の最後。瑞樹のギターで締められてスンと終わったときには、立花が拍手を送る。
「すごいですね! 初めての演奏とは思えませんね……いやあ、私達の世代とは全く違う。これが現代っ子ですか。末恐ろしい」
立花自身の過去と比べた感想を聞きつつ、手をグーパーと広げる
「次いこ、次ー!」
大輝が次の曲を選び、それを演奏した。そうして物理室から漏れる音に、耳を傾ける人はまだいない。
今はただ、楽しい。そんな思いを持って過ぎていく時間はあっという間だった。
「そろそろ終わりにしましょうか。他の部活も終わりに近づいていますしね。今回お渡しした曲、ほとんど出来上がっちゃってますし、何かやりたい曲があればやってください。本番は1、2曲やれるほどの時間があると思いますので。ああ、機材はそこの部室棟1階の部屋にしまってください。では」
情報過多で頭の処理が追いつかないままに、笑顔よ立花は部屋を出て行った。
☆
誰もいない家の自室でスマートフォンをいじる。
まずはshabetter。『キョウ』のアカウントで文字を打ち込む。
『今まで一人で曲を作ったことはあったけど、今日初めて他の人と一緒にバンドをやった。すげえ楽しい』
1日の感想。他の人には言っていない言葉。
それをインターネット上につぶやいたら、すぐに反応をくれたのは『木の葉』。リプライを送るのではなく、すぐさまいいねのボタンを押したのだった。そして次々と他のフォロワーが同じようにいいねを押した。総計4。キョウのフォロワー全員である。
「珍し。今日は全員休みなんか?」
滅多にない反応にきょとんとしたまま、アプリを閉じた。
そして次に立ち上げるのは動画アプリ、iTube。音楽からドラマ、映画など。音楽以外にもバラエティに富んだ動画が多数アップロードされている。
会員登録せずとも利用できるが、すでにiTubeでは『NoK』のアカウントにログインされたままになっている。
それを気に留めず、恭弥はトップ画面に表示されたおすすめ動画を流す。
流れるのは流行りの曲。
性別、ジャンルを問わず、様々な曲が再生されていく。
高い声。低い声。
テンポの早い曲。遅い曲。
シンプルな曲。複雑な曲。
日本語、英語。
歌詞の意味があるもの、ないもの。
(しばらく音楽から離れている間に色々出てんだな)
あれだけ嫌っていたのに、今はすんなりと聞いていることができた。何ならコメントまで目を通すほどの余裕がある。
一つ一つを聞きながら、聞いた人にどんな印象を抱かせたのかを見ていく。
熱烈なファンからの応援コメントもあれば、批判コメントも。それを背負いながらまた新しい曲を生み出すアーティストを素直に尊敬する。
一時間ほど動画を見続けたとき、iTubeのアカウントに対する新しい通知があることを知らせるように、アイコンが点滅する。
音楽から逃げていたときであれば、絶対に見ようとしなかった。が、心が満たされつつある今の恭弥は、その通知内容を確認してみる。
『アカウントフォロワー数が400万人を突破しました』
「え?」
しばらく動画を見るだけになっているアカウントだというのに、増え続けているNoKのフォロワー。なぜ今増えているのか、それがわからない。むしろ増えていることに対し、恐怖さえ抱いた。
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