Song.11 接続
前日に楽器を持ってくるよう言われて、押入れの奥深くで眠っていたベースを持って登校した恭弥は、放課後に物理室へ向かった。
決して行動が遅かったわけでもないのに、いつも恭弥は最後。同じクラスの鋼太郎も、恭弥がもたもたしている間に物理室に行っているのだ。
部屋に入れば先に来ていたメンバーが、ずらりと後方に並ぶ機材を見つめている。
「お疲れ様です。篠崎先生がメンテナンスの方を外部にお願いして、もう使えるようになったということで、今日から練習しましょう!」
「うす」
胸の高さほどの大きなアンプが2つ。
窓際には瑞樹がジッと見ているMarshallのアンプ。そしてもう1つ、廊下側にベース用のAMPEGのアンプ。大きなアンプを見るのも久しぶりで、そっと触れれば懐かしい記憶が脳裏をよぎる。
「コウちゃん、これ全部叩くの!? すっげぇ!」
「叩く、叩く。曲によっては」
「すっげぇ! すっげぇ!」
まだちゃんと並べられていないが、ベースアンプのすぐそばで蒼いドラムセットが光っている。アルバイトで見慣れている鋼太郎は何のことなくセットしようとするも、大輝にぐるぐるとまとわりつかれていた。
そんなドラムと対照的に、ギターアンプの傍には赤が目立つキーボード。その傍で、悠真がキーを叩く。まだ電源に繋いでいないので音は出ないが、ピアノとはまた違う感覚にしかめっ面をしている。
「篠崎先生は吹奏楽部の顧問なので、あまり参加できないそうですので練習は基本、私が担当しますね。各々準備できそうならしてもらって……菅原くんはわからないでしょうから、私が教えます。御堂くんも一緒に」
適当に扱い、壊してしまえば修理費が馬鹿にならない。楽器経験者たちにとっては準備はお手の物だが、未経験者には難しい。
それぞれを電源に繋ぐこと、そしてミキサーやマイクの接続はややこしい面がある。だから、一からそれを説明するのだろう。
立花が二人に説明している間に、恭也は慣れた手つきでアンプを電源に繋ぐと、持ってきたベースをケースから取り出す。
父に憧れ、買ってもらった初めての白いベース。
まだ幼かったから、父に勧められるままのプレシジョンベースにした。唯一選んだのは肩からかけるストラップ。何度か買い直したが、いつも黒を選んでいる。
ベースを肩からかければ、重みが伝わる。それに懐かしさを覚えるのと同時に、ズキズキと胸が痛んだ。
全ての機材が準備できたのを確認し、ベースをシールドでアンプに繋げる。
電源をつけ、つまみを回していつでも音が出せる状態にする。
弦を弾けば音が出る。
震えながらピックを弦に近づける。楽器店では難なく弾けたが、今日は違った。
(俺が弾いていていいのか……?)
ぬけぬけと音楽をやっていていいのか。その考えが頭から離れない。
「キョウちゃん」
アンプの前で音を出さず、動かない恭弥に、真っ黒のギターを持った瑞樹が静かに近寄り、声をかけた。
体をひねり、瑞樹の方を見れば「ほら」と、ニコリとほほ笑み、ギターを鳴らす。繋がれたアンプから出た大きなギター音が物理室の窓を震わせる。その音が恭弥に安心をもたらす。
「……悪い、チューナー、貸してくれ」
「うん!」
本当は持ってきている。ベースケースの中に入っている。だが、それを使わず、クリップ式のチューナーを借り、ベースのヘッドに取り付ける。
「ふぅ……」
息を吐いてから、弦を弾いた。
音はずれていたが、放たれる低音が、アンプの前に立つ恭弥の心を震わせる。恐怖ではない、前向きな気持ちが込み上げる。
全部で4本。全ての弦を確かに合わせる。それが終わったときには、全員の準備が整っているようだった。
大輝がマイクを片手にフラフラと歩き、瑞樹がギターを弾くため腕をまくり、ドラムセットの位置を鋼太郎が微調整し、キーボードを前に立ち位置を考える悠真。
これだけで見た目はバンドの形になっている。
「さあ、みなさん。準備はできたみたいですね。それではどれかの曲を……いくつかスコアを用意してみたので、各自練習になっちゃいますが」
全員の元へ立花がまわり手渡していったバンドスコア。
ぺらぺらと紙をめくり、曲名を確認すれば、やはりどれも過去に恭弥は練習として弾いたことのあるものだった。
「僕、そこまで練習に時間かからないと思います」
「これなら俺もすぐできるぞ」
「僕も」
瑞樹がサラリと言えば、それに続いて鋼太郎、悠真も同じ内容を続いた。
「俺も、これならすぐいける」
最後に恭弥も続けば、驚きの表情を隠せない立花。
「菅原くんは、唄えますか?」
「うーん? なんとなーく聞いたことある曲だから、ちょっと元の曲聞いたら大丈夫かなー? スマホみながらでもいい?」
「大丈夫かと思いますよ」
「わーい」
スマートフォンで動画アプリを起動させて今回渡された曲を聞きはじめる大輝をよそに、各々練習をし始めた。
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