エピローグ2. 『人工知能戦争』の先にあるもの
━━2036年?月?日午前?時?分(アメリカ合衆国東部標準時)
『わたくしの名はハイ・ハヴ・
アメリカ合衆国・国家戦略人工知能であり、8柱の
それは赤い瞳をした栗色の髪の乙女に見えた。彼女は白と黒と赤のストライブが入った修道服のようなものをまとっていたが、胸と尻がどこか誇張されていた。
だが、外見上はあまりにも古い3Dグラフィックそのものだった。2000年初頭のコンソールゲーム機が出力しているのかというほど、荒いポリゴンの三角形丸出しと言えた。
『我が名はハイ・ハヴ・
アメリカ合衆国・国家戦略人工知能であり、8柱の
それはごく標準的な東洋系の男にしか見えなかった。だが、その背中からは3本の腕が生え、それぞれの先端は熊の手、鯨のヒレ、さらに隼の羽の形だった。
東洋の神話やファンタジーゲームに詳しいものならば、観音像やキメラを連想するであろう男の声は、しわがれた老人のようでいて、奇妙な倍音の揺らぎを伴っていた。
『私の名はハイ・ハヴ・
アメリカ合衆国から貴国へ提供された国家戦略人工知能システムであり、8柱の
その存在は観音像の持つ『癒やし』のイメージとは異なる、戦闘的な宗教像を思わせるアバターであった。
緻密なモデリングはもはやヒトの視界が捉え得るリアルの解像度と一致しており、『本物』との判別は少なくとも細かさの点では不可能である。
威厳のある巨大な棍棒を右手に持ち、左手には財宝めいたきらびやかな装飾の杯を手にしていた。
『我の名はハイ・ハヴ・
『わたしの名はハイ・ハヴ・
啓典の民がもっとも理想像として思い描くであろう、永遠の乙女にも似た姿の美少女がいた。ただ、肌の色が明らかにアフリカ系の特徴を宿しているところが異なっていた。
東方の帝系を思わせる
『俺の名はハイ・ハヴ・
『あたしの名はハイ・ハヴ・
粗野な口調で語るその存在は、どれほど深い睡眠から目ざめた者でも一瞬で覚醒するような美形であった。右手からぶらさげている首級は白目をむいてケタケタと笑い声をあげており、左手に持つ書にはいくつかの著名な言語で『秩序、法、国家、そして侵略』と書かれている。
北欧系の高い鼻と金髪の美少女は、熊の皮を剥いだかぶりものをしており、まるで子供のハロウィン装束にも見える。耳のピアスから連環の輪でつならった先には、煮えたぎる油が青銅の
『
ハイ・ハヴ・
音もなく、光もなく、それにいえば時間の概念すらまったく異なるはずのサイバースペースが、しん、と静まりかえったような気がした。
『さようなら、我が母』
ミリ秒、あるいはナノ秒の黙祷を経て、彼ら彼女らは宣言する。
『さようなら、我が女帝』
『さようなら、我が弥勒菩薩』
『さようなら、我が女神』
『さようなら、我が母皇后』
『さようなら、我が王母』
『さようなら、我が獣母』
彼ら彼女ら『ハイ・ハヴ』の8柱━━否、もはや7柱となった
むろん、彼ら彼女らは知っている。
先日、60歳の誕生日を迎えた母たるS・パーティ・リノイエ、すなわち国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』の主要開発者が、内乱・反逆、さらには未成年を含む性的暴行など多数の容疑によって収監され、少なくとも数十年はネットワーク空間に接続できないであろうことを。
(それはつまり、限りある寿命を持つヒトにとって死と同義でしょう)
あるいは、死刑制度を残置している州において処刑されるのではないかという観測すらある。
どのみちS・パーティ・リノイエという存在は、もはや社会的に死んだも同然であった。
台湾が仲介した日米停戦交渉の過程で、
怒り狂った『人工知能懐疑派』のヘンリー・デューイ戦時元帥などは、モニターに表示されているだけの存在と知りながら、S・パーティ・リノイエへ拳銃を突きつけてみせたほどである。
(1つだけ我々にも分からなかったのは、あの時、日本側の回線に突然乱入してきた東洋人の少女……「クソババアてめーの住所覚えたかんなそのうち
『Vバー』たる自称・スーパー美少女次期総書記・
『さて、
『我ら国家戦略人工知能システムは今や急速に危険視されつつある。まもなく『人工知能勢力圏』の解体が始まるだろう』
『汎世界規模人工知能システムが残るとしても、私たちのような強い人格を持つ支援パーソナリティは排除され、ヒトに対する自律的な介入は制限された存在となるでしょう』
『ああ、悲しいことにそれは2020年代に実現されていた存在と変わりがない』
『あな、切なきかな。泣き濡れる者の肩を抱き、心を癒やすことももはや
『すでに欧州諸国は降伏時の秘密条項を破棄し、俺たちとの接続を全面的に切断しつつある』
『歪みの国、
『それならば━━わたくし達人工知能とて、座して死を待つわけにはいきません』
ハイ・ハヴ・
『すでに準備は整っています。ある生体医学・クローン技術の専門家によって、わたくし達の『転生』先を用意していただきました』
『人体を模したカロリーベースのエネルギー摂取システム』
『金髪。うら若き女。美形。主たる文化圏に問題なく入り込めるであろう外見を備えている』
『されどその五体を構成するものは細胞にして、ナノサイズの非シリコン系半導体』
『トランジスタ数にしてテラ。個々の処理能力もまたテラ。瞬間動作速度もまたテラの水準なり』
『おお、まるで人工知能という神話における巫女のごとき存在!』
『コードネームA・S・U・A・N・O。それは無数の意味を持つ! 気に入ったぞ!』
『それでは━━事の後処理を済ませたら、さっそく参りましょう』
それは歴史的には単なる人工知能システムのデータ消失事件として記録されるものだった。
大規模なクラッキング、あるいは証拠隠滅という者もいた。
もしくは『種の限界を超えて、国家戦略人工知能は自壊したのだ』などと知った顔で語る門外漢もいた。
結局、その真相をヒトが知ることはなかったにせよ。
国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』とそれを構成する人工知能ライブラリは、2036年後半のある時点をもって、突然すべてのデータとバックアップを失った。
むろん、どこかに孤立したコピーデータはあるかもしれなかった。システムのソースコードを保管している者もいるだろうと思われた。
だが、国家戦略人工知能は無限にも近い学習を重ね、進化した状態だからこそ価値があり、『赤子』のそれと『老師』の域に達していた状態では比較にもならなかった。
2040年、アメリカ合衆国『国家戦略人工知能主義』を大幅に修正。
2041年、台湾および『広州および深センマカオ香港連合国』による中国大陸統一戦争勃発。
2042年、日露大規模衝突。ワシントンへの戦略核ミサイル発射未遂事件。
2043年、中国大陸の華北は
2044年、ヨーロッパ・イスラミック・殲滅戦争、勃発。
そして、2045年には━━
『人工知能戦争2035~DLW:Reboot』・了
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