第64話 ビッグ・ゲーム、パワー・ゲーム、スーパー・ゲーム
━━2036年5月5日午後11時00分(モスクワ・ロシア第2標準時)
━━2036年5月6日午前5時00分(東京・日本標準時)
「ほう……やはり日本とアメリカの艦艇が待ち構えている、と……しかも
『は、大いなるプーチンにおかれては最終命令をいただきたく』
「ふふん。イズコリエフ、お前はどう思う?」
ウラジオストクから発進したロシア東方艦隊司令官からの通信をミュート状態にすると、『雷帝』プーチンは不満そうな顔1つも見せず、ニヤリと笑ってみせた。
(私を試しているのだろうか……)
日本人軍事評論家の父とロシア人の母を持つプーチンの近侍、ユーリ・イズコリエフの背中に緊張の冷たい電撃が走り抜ける。
アメリカと日本を相討たせ、戦闘力が低下した隙に北海道を奪う。
かつてのソ連時代、そして第2次世界大戦以来の宿願を果たす計画の大障害が立ち塞がったというのに、この老指導者はむしろ楽しそうに笑っているのだ。
「イズコリエフ。歴史の境目には時に論理ではなく、直感が正しいこともある。
君の父、日本人の血に問うてみろ。このまま我々は進むべきか、否か」
「……恐れながら申し上げます、大いなるプーチン。
日本も確かにほとんどの弾薬━━特にミサイルを撃ち尽くした状態であり……アメリカもまた然りでしょう。
彼らは我が艦隊を攻撃する能力はおろか、ろくに迎撃する手段もないはずです」
「ふむん……」
「ですが━━先の『小樽沖着上陸迎撃戦』よりすでに10日近く経っています。
「つまり、このまま我々ロシア艦隊が力押しすれば、日本のみならずアメリカ━━そして、彼らに補給を提供した『第三国』の餌食になると」
くくく、とプーチンは声を上げて笑う。
その響きを遠い日に肩を並べてファシズムと戦った戦友のように懐かしむ。
「はっ、大いなるプーチン。
仮に我が戦力が石狩湾へ上陸したとしても、日本の陸軍は死を賭して戦うでしょう。
多数の部隊を失ったとはいえ、彼らの主力戦車をはじめ、精強な陸上戦力はまだ健在であり、近接陸上戦闘であれば弾薬も十分と思われます」
「よろしい、92点だ。私もそう考えるよ、イズコリエフ。
我が軍の損害は耐えられないほどになるだろうな。
……結局、あの時につづいて
『雷帝』はイズコリエフが無言でうなずいたのを確認すると、艦隊司令官への通信ミュートを解除した。
そして、淡々と告げる。
「艦隊は撤退せよ。通信終わり。
……ふふふ」
ロシア東方艦隊司令官からの返答も待たずに通信を切ると、プーチンは声を上げて笑い始めた。
「ふふっ。くふ。くふふふ。
はははははははははっ……ははははは……」
大量のリソースを注ぎ込んで準備した計略が土壇場で失敗したというのに、その笑い声はあまりにも楽しそうであった。
この様子をビデオに録画してロシア国内へ流布するだけで、彼の人気は地に落ちるか━━あるいは天まで昇るかと思われた。
「楽しいものだ。まったく楽しいものだ。
国と国の運命を賭けて遊ぶゲームはまったく楽しい……冷戦時代はもっと凄かったのだ。
一国の政権が他国の小さな都合で簡単に滅ぼされたものだよ。
まさに究極のゲームだった……これはその残り香だ……」
「大いなるプーチン……あなたは……」
「あの時代の生き残りは今や私ひとりになってしまったが……もう1ゲーム……あるいは2ゲームくらい仕掛けたいものだな、イズコリエフ?」
ほんの僅かに寂しそうな顔で『雷帝』はそう言った。
まだ若く、未熟なイズコリエフは返す言葉を持たない。
結局、ロシア東方艦隊は石狩湾まで80kmの地点で反転した。
彼らが進む先に待ち構えていたのは、弾薬庫を半ば空にした海上自衛隊の護衛艦数隻とアメリカ海軍のズムウォルト級駆逐艦。
そして、もう1隻。
まるで立会人のように随伴していた
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