第63話 史上最強の盾と史上最大の飽和攻撃の戦い(1/2)

 ━━2036年4月28日午後2時50分(東京・日本標準時)

 ━━2036年4月28日午前0時50分(ワシントン・アメリカ東部標準時)


「3000……敵推定脅威数、3000だと!? おいっ、なにかの誤検出や妨害の影響ではないのか!」

『い、いえ、間違いありません!

 超高速ミサイルに重砲弾……亜音速巡航ミサイル……さらに先ほど近距離から発射された戦車砲弾と思われる脅威を含め、総数は3000に達すると思われます!』

「くそっ! してやられたぞ……!!」


 小樽沖、第35統合任務部隊の一艦であるCVN-80『エンタープライズ』の空母戦闘指揮所CDCでは、国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』が数十秒のタイムラグで報告してきた敵脅威の緊急アラームに対して、艦長のトール・ランチロッタ大佐が愕然とした表情で拳を肘掛けに叩きつけていた。


 原子力空母。

 それは先代CVN-65『エンタープライズ』の誕生から常にシー・パワーの究極であり、攻防一体・航続力無限の海軍力を象徴する存在として君臨し続けてきた。


(そして冷戦時代から80年……ついに我が空母部隊に正面から挑んでくる者は現れなかった……だが、遙かな時を超えて再び我らの前に立ちはだかろうというのか! 日本軍よ!)


 原子力空母としては最終世代である『ジェラルド・R・フォード』級の『エンタープライズ』、『ジョン・F・ケネディ』に加えて、核融合極超空母『ジェファーソン・デイヴィス』を擁する第35統合任務部隊はまさに世界最強の艦隊である。


 石狩湾へ向けてリアルタイムで突っ込みつつある上陸部隊から数十キロ離れた海域で、広域支援にあたる空母3隻の搭載機だけでも有人・無人機をあわせて実に700機以上。

 空母部隊・上陸部隊の護衛イージス艦12隻とフリゲート8隻、さらに強襲揚陸艦3隻を加えた攻撃力は一国どころか複数の国を灰燼に帰してなお余りあるほどであり、防御力は水爆を搭載したICBMを雨あられと打ち込まれても、完璧に迎撃することが期待できるほどだった。


(そのような我々に正面から挑んでくる……それもこの一撃にすべてを賭けて!!)


 1人の海軍人として。そして愛国者として。

 トール艦長は強く心を揺さぶられずにはいられなかった。


『護衛のイージス艦は広域艦隊防御にくわえて、近距離防御システムも稼働を開始しました!』


 すでに12隻のイージス艦は長射程のスタンダード対空ミサイルをほとんど撃ち尽くしていた。その数はほぼ1000に達する。

 もちろんイージス艦の絶大な防御力はこれで終わりではない。VLSの1セルあたり4発も詰め込める近距離用ESSM対空ミサイルが次々と発射されていく。

 さらに目視できる距離まで敵の脅威が迫れば、最終防御兵器であるファランクスバルカン砲とSeaRAM短距離ミサイルの出番だ。


(だが、3000……敵の脅威は3000だ!)


 20mmバルカン砲あるいは11連装のミサイルで構成される近接防御兵器システムCIWSは戦闘艦艇にとって最後の盾であり、イージス艦のみならず各空母、そして強襲揚陸艦にまで搭載されている。


(これが突破されれば、いかに我々といえども……!)


 トール艦長の背筋にアラスカの風よりも冷たいものが流れ落ちる。


『敵亜音速巡航ミサイルの排除完了! 全弾撃墜しました!』

『スタンダード対空ミサイルによって、西より飛来する敵超高速ミサイル75%が撃墜!』

『警報! 上陸部隊へ高速ボート部隊迫る! 武装を認めず! 体当たりボートと思われる!』

『艦隊周辺の航空機部隊、残弾なし! 対空兵装撃ち尽くしました!』

『上陸艦隊の『トリポリ』が被弾しました!』


 悲鳴のような報告に、空母戦闘指揮所CDCへいた者すべてが一斉に振り向いた。

 上陸部隊の主力であるアメリカ級強襲揚陸艦の一艦である『トリポリ』が、小樽天狗山近郊から発射された31式戦車の多目的成形炸薬誘導弾SMPHEを大量に被弾したのである。


(くそっ!!)


 揚陸艦といっても現代の強襲揚陸艦は絶大な搭載量に加えて広大な飛行甲板を持ち、攻撃機を数十機も搭載することができる護衛空母のような存在だ。

 もちろん、上陸作戦における戦力価値も計り知れない。

 それを守り切れなかったということ自体が、護衛にあたる艦隊としては大失点だった。


「『トリポリ』の損害状況は!?」

『ちょっと待ってください……『ハイ・ハヴ』のリンクが……ん! 直接入電あり!

 我、飛行甲板およびドッグ使用不能なるも致命的なダメージなし。とのこと! 反転して退避するようです!』

「強襲揚陸艦が飛行甲板とドッグを使えなかったら、沈んだようなものではないか! ええい、なんということだ!」

『さらに上陸艦隊に被害拡大! 護衛の『ウィチタ』、『オークランド』、『サバンナ』が多数の砲弾を被弾!

『チャールストン』より、上陸作戦の続行可否について判断を求めています!』

『警報! 本艦にも飛来するミサイルあり! 数、およそ20!』

「イージスは何をしている!? 我々は護衛輪形陣のど真ん中にいるんだぞ!」

『敵ミサイルを次々と撃ち落としていますが……数が多すぎます!』


 米艦隊のうち空母部隊は3隻の空母をトライアングル状の中核として、周辺を円形にイージス艦が固めるという配置だった。

 遙かな歴史を持つ輪形陣であり、敵の脅威を寄せ付けない重厚な盾。それが次々と突破されつつあるのだ。


(これは……日本軍のミサイルは!!)


 レーダーディスプレイの表示を見て、トール艦長は事態を悟った。

 まるで狭い回廊を大軍が突破するように、敵のミサイルは一直線に彼ら空母を目指していた。


 時計の針で言うならば、西から接近するマッハ4の超高速ミサイルが9時の位置。

 南から迫るやはり超音速の地対艦ミサイルは6時の位置に切り込んでくる。


(……分かったぞ、奴らの狙いが!

 敵の砲弾や速度の遅いミサイルは石狩湾に近い上陸部隊を狙っている! あえて迎撃の容易な『誘い』で我々の防空能力を削り取る!

 そしてこの超音速ミサイルで本命を叩く!

 奴らめ……本気で沈めるつもりなのだ! 我がアメリカが誇る原子力空母スーパー・キャリアー核融合極超空母ハイパー・キャリアーを!)


 トール艦長には日本軍の意図がありありと理解できた。

 たとえ誘導砲弾であろうと、高速で海を機動する艦船へ向けて撃ったのではそうそう当たるものではない。

 なぜなら着弾時に敵はキロ単位で離れているし、レーダーシーカーや中間リンクを搭載しても砲弾というものは小さいものだ。その誘導性能には限界がある。


(だからもともと足が遅く、距離的にも近い上陸艦隊を狙い撃ちにしたのだ……!)


 そして、その迎撃戦闘に貴重なイージス艦の長距離対空ミサイルを浪費させる。


 砲弾をミサイルが迎撃できなかったのは過去の話だ。

 2030年代の軍事システムにとっては、所詮、砲弾など『やたらとレーダーをよく反射する超音速の飛行物体』に過ぎない。

 命中直前ならばともかく、弾道飛行中の砲弾にミサイルが直撃すればあっさりと予定軌道から逸れる。


(砲弾の対処など、ただそれだけで良いのだ!)


 地球衝突確実な小惑星があったとしても、木星近くでほんのわずかに軌道をそらせば、月より遠くを通過するのと同じ原理である。


 もっとも、実際のところを言えば。

 陸上自衛隊重砲部隊と戦車部隊の発射した砲弾は精密誘導にはほど遠い、腰だめの乱射に近いものだった。


 精密に狙い撃ちたくても、照準情報が足りなかったのだ。

 それが逆に特定ポイントへの集中砲撃となり、不運な強襲揚陸艦やフリゲート艦が数百もの砲弾に集中砲撃されたのである。


(しかしあくまで本命はこちらだ!)


 だが、真の狙いは違う。

 トール艦長にとっては恐るべきことに、日本軍の狙いは90年前カミカゼの時代から変わっていなかった。

 特攻機のパイロットが夢見、そして果たせず散っていた願望を、ただ一点にぶつけてきたのだ。


 すなわち━━空母を沈めたい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る