第62話 イージス・システムの神髄
━━2036年4月28日午後2時45分(東京・日本標準時)
━━2036年4月28日午前0時45分(ワシントン・アメリカ東部標準時)
『敵重砲弾、多数が羊蹄山より飛来! 同時にハープーンと思われる亜音速ミサイルも接近中!』
『西より多数のミサイル迫る! 速力、マッハ3を超えてなおも増大中!』
『南からも高速のミサイル!! 数百を超えています!』
アーレイ・バーク級イージス駆逐艦『サム・ナン』のCICではレーダーディスプレイを埋め尽くすほどの敵脅威アイコンと共に、オペレーターたちの悲鳴にも似た叫び声が響き渡っていた。
「ほう……素晴らしいものじゃないか」
だが、そんな修羅場の中で異様なほど落ち着いた様子で足を組んでいる1人の男がいる。
DDG-133『サム・ナン』の
「副長、見たまえ。奴らの放ったミサイルと砲弾は実に2000を超えている……これこそ飽和攻撃というものだ。
自衛隊は実に優秀だ。我々、米海軍に対して臆することなく、これほどの打撃を浴びせてくるのは世界でも彼らくらいのものだよ」
『艦長は最初から言っておられましたな。「日本人が喉元に切り込まれて黙っているはずがない。必ず反撃を浴びせてくる」と』
「私の乗っていた艦はずっと横須賀にいたからな。
彼らの勇敢さと『ぶち切れた』時の怖さは心得ているつもりさ」
密閉され薄暗いCICの中にありながら、トッド艦長はフィリピン海の風を感じていた。
(そう……まるで15年前のあの日……今では南シナ海の魚礁となってしまった
2021年4月のように甲板上へ出ているわけではないにしても、凄まじい数の敵脅威マークはたまらないほどのスリルと高揚感を彼に届けてくれる。
「『あけぼの』はいるか」
『はっ?』
「西から飛んでくるのは、呉に集結した艦隊からのミサイルだろう? その中に護衛艦『あけぼの』はいるだろうか」
『はあ……残念ながら不明です。ひょっとして艦長が中国空母をいじめてやった時に一緒にいた日本艦のことでしょうか?』
「ああ、そうさ。
まったく不思議なものだな。ついこの間まで友人同士だった日本人と命がけで戦っているのに、私は神聖なるファイト・マッチに臨むボクサーのような気分だよ」
『敬意を払って戦うに値する敵であることは、自分も同感であります』
「その通り、敬意を持って彼らの挑戦を打ち砕いてやるとしよう。
イージス・システム、交戦モード切り替え! セミ・オートよりフルオートへ!」
敵の脅威が迫りつつあるというのにリラックスした様子でニヤニヤと笑っている艦長に対して、CICのオペレーター達が不審の念すら感じ始めた頃、トッド艦長は凜とした声で命令した。
『イージス・システム、防空戦闘フルオート! 敵脅威を自動で判別し、迎撃を行います!』
「人工知能システムの支援は不要だ! 先ほどから応答が鈍い。何より
諸君、最高の観戦タイムの始まりだ! ワイングラスを持ってこさせろ!
我が国が造り上げた防空システム、その神髄をたっぷりと目に焼き付けるがいい!」
イージス・システム。
アテナの盾たるアイギスの英語読みがイージスである。
だが、その根源はギリシア神話ではない。
(イージスというシステムの源泉はカミカゼ・アタックへの防御なのだ!)
今や遙かな昔と言ってもよい1945年。
第二次世界大戦における太平洋戦線━━すなわち、太平洋戦争においてフィリピン、沖縄へ迫られた日本軍がとった極限の戦法が有人航空機による体当たり攻撃、つまり神風特別攻撃であった。
(その意味。生と死。観念。個人と国家。それらはどうでもいい。
我々、アメリカ海軍にとってカミカゼ・アタックとは、ひとえに回避不能で迎撃困難な必中の攻撃だった!!)
未熟なパイロットが操るたった一機の零戦ですら、
しかもその命中率は100%に近い水準だ。
(あの時代……1945年の時代……たとえ
1940年代の電子機器はいかに米軍といえども信頼性が低く、護衛戦闘機はレーダーすら積んでいない。
人間が無線や肉声によって指示し、ひとつひとつ敵の脅威を排除していた時代である。
初期的な対空ミサイルですら実用化されていない時代に、数百キロで突っ込んで来る必中の脅威がどれほど恐ろしかったか。
それは攻撃する側ではなく、迎撃する側でなければ分からないだろう。
(確かにアメリカは日本に勝った。
だが、オキナワで陸軍が大変な損害を出したように、カミカゼの脅威にさらされた海軍もまたグロッキーになって倒れ込むほどの損害を受けた)
大型艦が沈没しなかったからよい。特攻機が命中しても持ちこたえたからよい。
そう判断するのは、所詮、後世を生きる者の傲慢に過ぎない。
特攻機が一機命中するたびに、そこでは海軍の若者が死ぬ。
艦は深刻なダメージを受け、戦闘能力が損なわれる。
(我々海軍にとって、カミカゼという『必中の超高速攻撃』はトラウマとなった)
それは24時間365日、1000kmの彼方から突っ込んで来る。
それは時に数十機、場合によっては100にも達する物量で突っ込んでくる。
それは乏しいながらも護衛戦闘機に守られ、チャフを撒き、超低空を飛行し、必死の迎撃を無にしようとする。
(我々は考えた……考え、努力し、そして技術を磨いていった。
冷戦時代のカミカゼ・アタック! すなわち、対艦ミサイルという脅威の大量飛来に対して、なんとか対抗手段を構築しようとした!)
3Tシステムのような艦対空ミサイルシステムは、結局のところ神風特別攻撃隊のように必中のミサイルが大量飛来した時に、なんとしても迎撃するための試行錯誤であった。
(初期の頃、それは情けないほどに制約を課せられたものだった……1艦あたり同時に誘導できるのは1発のミサイルだけ……つまり、2発同時に撃たれただけでおしまい……3発に増えても、5発に増えても大して変わりはしない……ソ連の爆撃機が一斉に対艦ミサイルを撃ち込んできたら、耐えきれるものではない……)
数百キロの射程を持つフェニックス・ミサイルを6発搭載したF-14トムキャット戦闘機ですら、ソ連軍がたたき込んでくるであろう数百発の対艦ミサイルの前では気休め程度にしかならないと思われた。
イージス・システム以前の艦対空戦闘。
それは基本的に艦の側が不利だったと言えるだろう。
(だが、イージス・システムは遂にその劣勢を跳ね返したのだ!)
初期のイージス・システムですら同時に数百の目標を追尾し、同時交戦能力は二桁だった。
しかもこれはワースト・ケースの数字である。
スタンダード長距離対空ミサイルの射程限界での話なのだ。
(近ければ近いほど、イージス・システムの同時交戦能力はいくらでも増える……)
最新型艦対空ミサイルシステムの誘導は、遠い時代のように火器管制システムが発射から命中まで占有されるわけではない。
コンピューターの通信が細かなパケットにわかれてバラバラに送信されているように、非同期・時間差で誘導することができる。
(90年代で言うところの『シングル・タスク』と『マルチ・タスク』と言ったところだな……)
すなわちシステムの処理能力が上がれば上がるほど、同時誘導できるミサイルの数も増えるといってよい。
アーレイ・バーク級フライトIII改修型『サム・ナン』のシステム処理能力は、イージス・システム誕生時に比べてプロセッサの演算速度だけでも数千倍に達しているのだ。
スペック上は全搭載ミサイルを同時に発射しても、完璧に誘導がこなせると言われているほどだ。
(そしてそれは今から現実となる。
敵脅威数2000……これならば我々の
トッド艦長の確信は基本的に正しかった。
しかし、誤算があった。
彼は船乗りである。
人間は誰もが何かの専門家であり、そしてそれ以外ほとんどの分野における素人である。
どんなに優れた軍事も。兵器システムも。
むろん、人工知能ですら全知全能の神ではないのだ。
『新たな敵脅威! 高速低進弾道! カノン砲もしくは戦車砲です! 数百を超えてなおも増大中!!』
「なんだとっ!?」
今まさにこの時、小樽天狗山の斜面から1個連隊もの最新型戦車が現れ、総計1000発弱にも達する多目的砲弾を連射しつつあるとは、考えもしなかったのだ。
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