第61話 隧道潜伏最新型戦車土砂崩れ行き(3/3)

『14……15……16! 予定砲撃終了!』

『警報! 多数のドローン・スマート・ボムDSBと無人機がこちらへ向かっています!』

「各車予定どおり、散開してずらかれ! あわせて全力対空射撃!」


 車内の全周モニターには、支援のために展開していた普通科部隊が空へむけてショットガンを乱射している光景が映っている。

 高速・軽量なドローン・スマート・ボムDSBには、精密な対空機銃の射撃よりもむしろ猟銃の散弾が有効なのだ。

 ロータープロペラや翼の一部を破損させるだけで、たちまちバランスを崩させることができる。


『中隊長、体を外に出したら危険ですよ!』

「んなこと言っても対空砲弾の搭載は間に合ってねえんだから仕方ないだろうが!」


 ショットガンの迎撃を突破したドローン・スマート・ボムDSBが31式の履帯や砲身に取り付き、次々と爆発する中、茂与田もよだ3佐は砲塔ハッチを開け放つと年代物の91式携帯地対空誘導弾スティンガーを構える。


 東千歳駐屯地の倉庫に転がっていた用途廃止品を片っ端から持ち込んだのだ。

 辺りを乱舞するドローン・スマート・ボムDSBには目もくれない。もとより、赤外線誘導にしても画像誘導にしても、反応が小さすぎてとても誘導できない。


(狙いは奴らの無人機だ……いた!!)


 小樽市街地上空からこちらへ向けて旋回しようとしているプロペラ駆動の無人機に、茂与田もよだ3佐は照準をロックした。


「車内各員、ブラスト吹き込み注意! くたばれや、オラァ!」


 陸上自衛隊内で「スティンガー」のあだ名で長らく親しまれた91式携帯地対空誘導弾は、製造から40年近い時を経てもなお正常に動作する。

 ロケット噴射の尾を引いて、たちまちミサイルは音速以上に加速する。


「っしゃ! ドンピシャだぜ! 撃墜1だ!」

『だから隊長、危ないってんでしょ!』

「うお、なにしやがる!?」

『警報! こちらへむけて敵ミサイルが飛翔中!』


 笹山副車長が茂与田もよだ3佐を砲塔内へ引きずり下ろすと、急いでハッチを閉鎖した。

 吉原操縦士が多機能ディスプレイに表示されたパッシブ・アラームを読みあげると、31式戦車の砲塔内に緊張が走る。


 茂与田もよだ3佐が狙い撃った無人機は、91式携帯地対空誘導弾が命中する直前に、搭載しているミサイルを全弾発射したのだ。

 その場にいる自衛隊員の誰もが知らなかったが、それは『まもなく確実に撃墜される』と判断した無人機が、ミサイルの照準を合わせることなく自律的に行動した結果であった。


 しかし、人間の操る兵器なら一か八かの乱れうちに過ぎないこの攻撃も、アメリカ軍の場合は意味が違ってくる。


(くそったれめ、あのミサイル、結構でかかったな! 対船艇用だったら、いくら31式でも車体ごと吹き飛ぶぞ……!)


 恐るべきは国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』を頂点として構築されたアメリカ軍の情報リンクシステムである。

 対地ミサイルは母機が撃墜されても、ほんの十秒にも満たない飛翔中に『ハイ・ハヴ』からのリンクを通して、照準情報を受け取ることを前提に発射されたのだ。


 人間で言うならば「俺はもうだめだ。後は頼むぞ」というところである。

 しかし、これをミリ数秒どころかマイクロ秒、ナノ秒の単位で判断し、即座に決断するところに人工知能の強みがある。


 最期の瞬間、茂与田もよだ3佐に狙われた無人機は回避行動すら取りやめ、ミサイル発射を安定させる機動をとっていたほどだ。

 これらの事実はおよそ数ヶ月後、交戦記録の詳細な解析を行った陸上自衛隊を愕然とさせることになる。


『ミサイルなおも接近……推定マッハ2……質量大きい! 多目的大型ミサイルです!』

「!!……ちくしょう、これまでか」

『ま、やるべきことはやりましたね。中隊長、お世話になりました』

「バカヤロウ! お前ら! 俺たちはまだなあ!━━まだ、俺たちは━━!!」


 茂与田もよだ3佐の言葉はそれ以上続かなかった。

 たちまち、凄まじい衝撃と轟音が辺りを揺らす。無人機から放たれた多目的大型対地ミサイル4発は、31式戦車が車列を敷く北海道新幹線軌道に次々と着弾した。


『……ッ……ッ……ご、は……いて、いてて……』

『なんだ……ありゃ……生きてる……』

「へっ、どうやら思いっきりひっくり返ってるようだがなあ……」


 天地が逆さまになり、転げ落ちるような感覚をぐるぐる繰り返している間、茂与田もよだ3佐たちは「地獄へ落ちていくのか」と考えていた。

 だが、現実は違う。

 北海道新幹線の軌道に着弾した多目的大型対地ミサイルは、もともと緩くなっていた地盤を激しく揺さぶり、さらに巨大な土砂崩れを巻き起こしたのである。


 十数輌の31式戦車を始め、車両と人員が盛大に巻き込まれたものの、奇跡的に死者はいなかった。

 そう、戦車や支援車両、そして人員に直撃したミサイルは一発もなかったのである。


「せぇーの……おりゃ! ふいー、こりゃ重整備行きかな」

『よく誘爆しませんでしたねー。ああ、といっても弾は使い切ってましたっけ……』

『徹甲弾は全部、石狩湾の連隊に回しましたからね。運が良かったですよ』

「あー、でもどこがやられてるかもしれん。全固体電池ボックスは触るなよ。札樽道さっそんどうで事故ってるプリウスみたいに感電しちまうぞ」


 こんもり積もった土砂を押し出すように底面ハッチを開くと、足下には腹を見せてひっくり返っている31式戦車がいた。

 周囲には半身を土砂に埋めてもがいている隊員もいる。


 不思議なほど静かだった。ドローン・スマート・ボムDSBや無人機は攻撃の機会を逃さず、すでに行動を終えているらしい。

 小樽市街地から響いてくるサイレンの音が、まるで風のささやきのように心地よかった。


「さて……俺らの撃った弾は当たったかなあ……」

『敵の対空ミサイルを浪費させれば十分、ってところでは? 仰角20で撃った弾なんて、20km先じゃあ情けないほどヘロヘロですよ』

『ここの高さならギリギリ見えそうなもんですが、ちょっと煙ってて無理ですね』

「へっ! まあ、いいや。

 やることはやった。しかも生き残った! 戦果は十分! とりあえず撤収! 戦車の回収は専門家に任すぞ!」


 崩れたばかりの土砂を駆け上がり、足をずぼすぼと埋めながら彼らは北海道新幹線のトンネルへ向かう。全長18kmの反対側出口から撤収し、第2次行動へ移るのだ。


 彼らはまだ知ることはなかった。考える余力もなかった。

 なぜ敵の対地ミサイルに『ハイ・ハヴ』からの照準情報がアップデートされず、何ら目標価値のない土砂へ着弾したのか。


 言うまでもない。

 この時、国家戦略人工知能システムはコンピューター・ウイルスに対する防疫で処理能力を使い切っており、リアルタイムリンクの支援が深刻に遅れていたのだ。


 長距離ミサイルならともかく、短距離を高速で飛翔する場合は致命的だった。

 結果として、無人機の放った対地ミサイルはただの無誘導ロケット弾と化していたのである。


『しかし今回でだいぶ戦車を失いましたね。散開した他の中隊も結構やられたのでは』

「人員さえ生きてればなんとかなる。なんなら駐屯地入り口の74式レストアして戦うから問題なし!」

『マジかあ……やっぱうちの中隊長は無茶苦茶だあ……』


 そして彼らはまだ知ることはなかった。

 戦後、さしせまったロシアからの脅威により、本当に博物館級の74式戦車まで引っ張り出して、装甲戦力の増備に全力を注ぐことになる未来を。

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