第57話 1500と3000の洗礼(1/3)

 ━━2036年4月28日午前8時30分(東京・日本標準時)


『神威岬沖、敵上陸艦隊より大量の巡航ミサイル発射!!』


 市ヶ谷・防衛省地下の作戦指揮センターに悲鳴のような叫び声が響きわたる。同時に統合戦術スクリーンへ大量のミサイルアイコンが出現した。

 第35統合任務部隊に随伴する防空艦━━かつてイージス艦と呼ばれたカテゴリの艦艇から、無数の巡航ミサイルが発射されたのだ。


 その数はあっという間に50を超え、200、さらには400まで膨れ上がる。

 ミサイルアイコンの数が増えていくごとに、作戦指揮センターは恐慌にも似た空気に満たされていく。


『すさまじい数です! 少なくとも450!』

『敵ミサイルはステルスタイプのトマホーク2030を主としていますが、在来型のトマホークも多数混じっています!』

『精密解析によると水中からの発射も確認されています! 敵潜水艦も攻撃に参加していると思われる!』

『神威岬緊急展開レーダー部隊へ! 直ちに人員は退避せよ!』

『太平洋、および日本海の全方角から大量の巡航ミサイルが接近中!』


 だが、上陸艦隊からのミサイル攻撃は全体の一部に過ぎなかった。

 まるで日本列島全土を覆い尽くすかのようにミサイルのアイコンが現れ、東西南北360度あらゆる方角から殺到してくる。

 それは荒泉1佐をはじめとして、作戦指揮センターに詰める者たちが開戦当日に見た光景とよく似ていた。


 しかし、数が違う。そもそも桁が違う。

 開戦当日の『ジャブ』にあたる攻撃はおよそ400発の巡航ミサイルだったが、今回は4倍近い1500発超である。

 米上陸艦隊のみならず、1000km以上離れた海域に展開する大量の航空機まで攻撃に参加しているようだ。


『ミサイルの総数が出ました! 1512発! 米上陸艦隊から発射されたミサイルはまもなく北海道へ到達します!』

『関東、中部、近畿へ向かうミサイルは少なくとも400! 各基地、および交通機関へ警報! まだ時間がある! 空中退避可能な機体は直ちに発進せよ!』

『朝鮮半島第2ソウル市からもミサイルの飛来を確認……あっ、このパターンは旧韓国軍の保持していた玄武4です! 対馬へ向かうコースです!』

『中国地方へ向かうミサイルは少数です。呉は連合艦隊統合リンクにて目標を自動選定し、ミサイルの迎撃へ参加します』

「さて……耐えられるかな」


 オブザーバー席に座る荒泉1佐は、すっかり伸びた無精ヒゲと数日分の体臭を感じながら緊張に体を硬くしていた。


(この戦いは短期決戦だ……我が日本には莫大な死者を出し、国土を焦土にしてでも戦い抜く理由はない)


 冷戦期のソ連や絶頂期の統一中国、あるいは反日感情が極まった時代の大韓民国が攻めてきたのなら徹底的に戦い抜いたであろうが、今回の相手はアメリカである。

 世界最強の軍隊を持つのみならず、自由という基本的な価値観を共有する相手だ。


(もはや勝てぬと分かったときは……さっさと白旗を揚げるよう勧めることも自衛隊の仕事のうちだ)


 国家と民族の特性はそう簡単には変わらないが、かつての日本軍のように講和派を次々と激戦地へ飛ばし葬り去るような狂信的精神は90年前に捨て去っている。

 その意味では間違いなく日本人は進歩しているのだろうと、荒泉1佐は思う。


『おっ、ターゲットロックが……どうやら通常型トマホークの迎撃は諦めたようです』

「いや、それでいいんだ」


 副官の漏らした言葉に、荒泉1佐は覚悟を決めた表情でつぶやいた。


 大型スクリーンのミサイルアイコンには、次々と迎撃目標として選定されたことを表す矢印がついていく。

 だが、そのすべてが最新型のトマホーク2030だ。

 長大な航続距離と高いステルス性を持ち、時速900kmで飛行しつつも音速突破が必要な場合は緩降下ダイヴによってマッハ1.5まで加速するという、高い柔軟性を備えた最新式のミサイルである。


(そして、その内部には……最大で12基ものドローン・スマート・ボムDSBが内蔵されている!)


 むろん自衛隊にとっては、アメリカ軍のすべてが脅威である。

 だがもっとも深刻な要素があるとすれば、このドローン・スマート・ボムDSBに他ならなかった。


 数日前の第1波攻撃において、僅か数発のドローン・スマート・ボムDSBが札幌近郊の鉄道交通を麻痺させ、本州各地点で送電や重要インフラに被害を与えた記憶は、あまりにも生々しく全自衛隊員の記憶に刻まれている。

 爆弾として見るならば、それはせいぜい大型手榴弾程度の存在である。

 しかし、たとえ片手で握れるほどの手榴弾でも装填済みの砲身へ突っ込めば50トンの戦車を葬れるように、破壊力とは結局のところ使い方なのだ。


(たとえば、戦艦大和の91式徹甲弾に詰められている炸薬は全重量のたった2%でしかない……)


 それは設計ミスでも何でもない。徹甲弾の目的は敵戦艦の持つ何百ミリもの装甲を貫いてから、内部で爆発を起こすことなのだから。

 戦車のAPFSDS弾がタングステンや劣化ウランの矢でしかないのも同じ理由である。複合装甲を貫き、内部で暴れ回ることを目的としているのだから。


 ドローン・スマート・ボムDSBの恐るべきはこうした破壊力の使い方が極限に達していることである。

 攻撃目標を熟知した専門家のように、多機能センサーによって捉えられた情報を人工知能ライブラリが判断し、手榴弾程度の破壊力で機能不全に追い込めるように炸裂するのだ。


 鉄道施設を狙うなら、車両ではなくまずポイントを。

 ポイントがなければ、次に信号を。

 それでも目標がなければ、架線設備をなるべく復旧しにくいように破壊する。


 そうした高付加価値目標を破壊し尽くした後、はじめてドローン・スマート・ボムDSBは鉄道車両を狙う。

 しかも、分かりやすい窓や天井ではない。

 操縦席まで飛び込んでマスコンを破壊する。成形炸薬型HEATタイプが車軸にとりついて、致命的な損傷を与える。


(見た目の損害はわずかでも、数日や1週間ではそうそう復旧できるもんじゃない……そんな部位をピンポイントで狙ってくる!)


 これはいかなる誘導爆弾やミサイルでも出せない攻撃精度であった。

 技術者が目の前に立ち、ゆっくりと観察したあと専門知識で判断するようなプロセスを一瞬で実行するのだ。


 すなわち、サイバー戦の次元においてNSAが機密脆弱性を突いてファームウェアや暗号キーをするかのごとく、物理攻撃において究極の精度に到達したのがドローン・スマート・ボムDSBなのである。


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