第56話 思う。迷う。聞く。決断する
━━2036年4月28日午前8時00分(東京・日本標準時)
北海道・札幌の西に存在する積丹半島。その先端である神威岬沖180kmの地点。
「まさか……本当に実行するとはな」
核融合
「ははは、司令。ずいぶん深刻そうな顔じゃないですか。昨夜のチリソースが辛すぎましたかね?」
「軽口を言う。ロジャース大佐、我々がこれから攻撃するのは日本だぞ?
長らく軍事同盟を結び━━いや、それは形式上今でも有効だが━━数え切れないほどの将兵が駐留していた国なんだ」
「そりゃあもう……自分はヨコスカにいたことがありますからね。
ええ、
明け方から航空隊の発艦準備に走り回っていたせいだろうか、遅い朝飯のホットドッグを口に運びながら空母航空団指揮官のロジャース大佐は笑う。
もっとも航空隊といっても実にその7割が無人機である。有人機は早期警戒機や救難・輸送機が中心だ。
対して無人機部隊はQF-35シリーズを中核とし、200機にも達する小型機がいつでも発艦を始められる状態にあった。
(この『ジェファーソン・デイヴィス』に通常サイズのF-35なら150機ほど……だが、小型無人機なら300機以上積めるってんだからな)
人間という最大の脆弱性を排除した無人機は、キャノピーもいらなければ操縦装置を多重化する必要もない。もちろん装甲もいらない。
その恩恵は搭載量に、あるいは航続距離に、何よりも人命を含んだトータルコストにあらわれる。
極端な話、海へ落ちるだけならば事故率が有人機の数倍だったとしても無人機は問題ない。
現に厳しい信頼性基準を設けている航空用エンジンも、無人機に関しては多少の故障を想定してコストを下げてもよいのではないか、という議論があるほどだった。
「司令。何も日本人と日本国に対して悪意を向けるわけではないのです。
なに、戦いを速やかに終わらせれば、日本人も分かってくれますよ。我々はすでに1度彼らと戦い、そして永い友情を築いた仲なのですから」
達観に近い表情のロジャース大佐に対して、艦長のクロージャー大佐は至極淡々とした声だった。
もっともそれは無関心にはほど遠い。眼前にある動乱のあと構築されるであろう、強固な信頼関係に自信を持っているかのようであった。
「2人とも割り切りが良くて羨ましいことだな。老人にはこの現実は重すぎるよ」
「ははは。突然、中将へ昇進したのはそんな司令の心をすこしでも癒やすためですかね。
俺らも一発、ランクアップしてみたいもんだが……なあ、15年も大佐ってのはどうなのよ、クロージャー艦長殿よう」
「そうは言っても我々は5年以上、民間に出ていた身だからな。
まあ、2020年代の無人化・合理化が響いた……新型艦の初期運用に駆り出されたところで、そうそうすぐに昇進というわけにはいかないさ」
「対して司令は年齢的にもキャリアをそろそろ終える身だ。
しかも今回は空母打撃群どころか、上陸部隊も含めた統合任務部隊。中将でもなきゃ、格が足らんってわけですな」
「司令。あなたは輝かしい軍歴のフィナーレを成功裏に飾ろうとしているのです。
どうか自信を持ち、迷いは海に捨ててください」
「……2人とも、ありがとう」
━━オペレーション『
それは国防総省のいわゆる『人工知能懐疑派』によって立てられた作戦であることは、ストールマン中将もロジャース、クロージャーの両大佐も知っていた。
(だが、そんなことは我々最前線の将兵にとっては関係ないことだ)
いかなる時代のいかなる軍事組織であろうとも、思想党派対立から無縁ではいられない。
むしろ人類史上もっとも色濃く思想党派の対立に影響されてきたのが、軍という暴力機構であろう。
(……かつての大戦では、ベルリンを目指して連合軍とソ連軍が突き進んだ。どちらがドイツを支配するか、そしてどちらが『正しい』かを決定づけるためだった)
その競争は歴史の示す通りソ連軍の勝利に終わった。
だがそんなソ連の内部でも元帥、大将らが指揮する各軍組織単位での競争があった。
特定の将帥に栄光を授けるために、目標の手前で停止させられた軍団もあったくらいだ。
(太平洋の戦いも然りだ……中国戦線における戦い……太平洋における海軍の戦い……そして、マッカーサーが提唱した
どちらがより正しい戦い方であるか、という思想党派対立の結果だ)
むろん、それら全てが日本の降伏という大目的に集約されるものであったにせよ、歴史の彼方から振り返ったならば無用な作戦はあった。
特定の戦略に固執するがゆえに死んでいった将兵たちがいた。
米国をはじめとした連合軍が勝利したからといって、それは例外ではない。
ミニマムな領域へ視点をズームするならば、M4シャーマン戦車に固執せずノルマンディー後に大量の重戦車を送り込んでいたならば、どれだけ戦車兵が死なずに済んだだろうか。
ベトナム戦争で最初からM16アサルトライフルを使っていたなら、何人の歩兵が助かっただろうか。
(……そんなことは言い出せばきりがない)
ならばせめて。最前線の将兵として。そして彼らを束ねる立場にある指揮官として。
ストールマン中将が考えることは1つだけだ。
「ロジャース航空団指揮官、君は今回の作戦をどう思うか?」
「はっ、司令。保守的なやり方ではありますが、自分の好みではありますな。
大量の巡航ミサイルによるレーダー・通信網への重点打撃にあわせて、各基地を攻撃する。道路網のチョークポイントを狙い撃ち、敵陸上部隊の移動を阻止する。
まったく伝統的な戦い方です。そして、堂々と上陸部隊を北海道の喉元である石狩湾へ突っ込ませる。
十分勝てるでしょう」
「クロージャー艦長、艦艇の専門家として君の意見を聞かせてくれ」
「ええ、司令。この核融合
計算上、我々は1500の同時攻撃に完全に対処することができるでしょう。
唯一の懸念は潜水艦でしたが、増勢された攻撃型原子力潜水艦は実に12です。我が艦隊の周囲に鉄壁の護りを敷いています。
日本海軍の潜水艦はかなり優秀ですが……それでも近づくことは不可能でしょうな」
「つまり、結論はこうだ。
我々はペンタゴンやワシントンのいざこざとは無関係に、最小損失で最大の戦果を挙げ、戦略目的を完璧に達成することができる。
そうだな?」
「はっ!」
「その通りです!」
「では、全艦隊へ通達する」
レーザーと超短距離無線による通信が上陸艦隊の全艦艇へ接続された。
直衛の原子力潜水艦に対しては、簡略したパターンド
「現時刻をもって、オペレーション『
目標! 日本国北海道をはじめとした全域!
目的! 石狩湾への戦力上陸と札幌占領による日本政府の継戦意志喪失!
諸君、我々合衆国の正規戦闘能力を見せつけてやれ!」
それはあくまでも国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』を介すことなくヒトがヒトの意志によって発した命令であり。
そして現場指揮官の権限によって下された決断であった。
(『人工知能懐疑派』の望む通りというわけだろうが……これこそが戦争というものだ)
人類史上最強の正規戦闘能力を持つアメリカ合衆国軍。
その正面兵力が今、日本へ襲いかかろうとしていた。
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