第53話 『乳牛の上陸』中断(1/2)

 ━━2036年4月27日午前5時30分(北海道・日本標準時)


『すべての外部装備、ヘルスステータス・ロスト! M4戦車からの通報によると、パワードスーツ・ニンジャがレーダーやアンテナ、艦砲まで巨大なチェーンソーで破壊しているとのこと!』

『艦尾大型ハッチ維持しきれません! ラッチユニットがすべて破壊されました! 手動ロックをかけていますが、敵パイル・バンカーパイル・インパクターにより外部から激しく攻撃を受けています!』

『敵パワードスーツにより推進ファンとサイドスラスターに致命的なダメージを受けています! 本艦は移動不能!』

『最後の隠蔽式通信アンテナが発見されました! 敵パワードスーツ・ニンジャが攻撃します……ステータス・ロスト! 各個人用戦闘システム内蔵の携帯通信機ウォーキー・トーキー・コアによるリレー通信以外、本艦は外部通信不能!』

『機関の吸排気システムがクリティカル・ステータスを報告しています! 温度致命域! 緊急停止します! バッテリーユニットによる給電へ移行! 残存稼働時間は約45分!』

『敵の一隊が迫撃砲による射撃を開始しました! 目標は中標津空港━━いえ、『白鯨飛行場』モビー・ディック・フィールドです! 着弾集中! 滑走路と機体に被害が出ています!!』

『救援にむかっているM4戦車隊と榴弾砲からは、本艦の影になるため敵を射撃困難との連絡あり! 無人機群の判定も同様です!━━ああっ! 敵のパワードスーツ・ニンジャが来襲との報告! 次々と撃破されていきます!』

「バカな……なぜだ。どうしたこうなった……どうしてこんなことになった……!!」


 ありとあらゆる絶望的な報告が押し寄せるCICで、ホルターマン大佐は悪魔でも同情するであろう嘆きの叫びをあげていた。


 統合戦術ディスプレイは狂ったように赤と黄色のウィンドウを表示し、無数のアラームが報告される。

 だが、これは警告の暴走状態ではない。実際のアラームに対して、彼らが目にしているのはわずか10分の1ほどでしかないのだ。

 人工知能による支援はこんな状況ですら生きている。


(確かにすべての通信装備が破壊された現状では、国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』との衛星経由コネクションは使用できないが……!)


 それでもなお、2020年代であればスーパーコンピューター・クラスターに分類されたような艦内システムが、潜水強襲エアクッション揚陸艦SLAA『マウンテン・デュー』の中核ではフル稼働している。


 艦内システムは大量のヘルスステータス報告から重複する警告を絞り込む。

 そして、もっとも深刻なアラームのみCICのオペレーターたちに知らせているのである。

 すなわちスリーマイル島の原子炉制御室や幾多の産業事故の現場で発生した、警告で埋め尽くされるクリスマス・ツリー現象は人工知能時代において十分抑止可能なのだ。


『艦の前後ハッチ、完全解放! 敵パワードスーツ・ニンジャが侵入してきます!』

『敵は小銃弾や手榴弾が通用しません! 阻止部隊、沈黙! バリケードは敵の体当たりで崩壊しました!』

「耐圧シャッター下ろせ! 緊急安全処置を着底状態に準じて実施!」

『すでにB層第7通路で戦闘中です! 耐圧シャッターは敵のチェーンソで破壊されつつあり、とのこと!……あっ、報告訂正! E層まですでに侵入されました! エレベーターシャフトを飛び降りてきたもようです!』

『信じられない! 敵はもうすぐ目の前です! CIC最終防護ハッチの前にいます!!』

「バカな……バカな……まさかこの音がそうだというのか……!!」


 騒然とするCICに、突如としてごりごりと巨大な金属ローラーを回しているような低音が響き渡った。

 やがて静かになる。


(諦めたか……?)


 亡霊に追われて、隠れ家に逃げ込んだ子供のように誰もがそう思った。

 だが、相手はオカルトの類いではない。現実に存在する悪夢は消えなかった。


『ひっ……!!』

『神様……嘘だろ、こんなの……!!』


 厳重な電子・物理ロックがかかっているCICのドアにガツン! と激しい衝撃が加わる。

 2度、3度。決して諦めないという生きた人間の意志を示すように、インパクト音は連続する。


 そして、遂に10cmほどの隙間が空いた。


「ぐっ……!!」


 それはまるで誰もが知るホラー映画のクライマックス。

 破壊されたドアの穴から狂気の男が顔を出すように、わずかな隙間からパワードスーツ・ニンジャの頭部ユニットが見えた。

 無気味にカメラアイが光る。漆黒の人工筋肉はエイリアンの皮膚のように思えた。


『おっ……おおおお……あああああっ、ちくしょう! ちくしょう!』

『くそったれ、こんなのあり得るもんか!』


 そして次にドアの隙間から出てきたのは、人間の腕ほどもある人工筋肉の指だった。

 ギリギリメキメキと音がして、ドアがこじ開けられていく。銃弾に耐え、巨大なバールを使ってもびくともしないCICのドアが、むりやり開放されていくのだ。


「撃てっ! 撃てる者、全員撃て!!」


 CICに詰めている者の中でも艦長をはじめとした幹部や保安権限を持つ者、そして上陸部隊司令官たるホルターマン大佐には拳銃の携帯が許されていた。


 彼らは震える手でそれぞれに武器を手にする。

 数十の発砲音が密閉されたCICで強烈に反響した。


 多数の銃弾がドアに跳弾し、何名かの足を傷つけた。

 幸運な数発は人工筋肉の指に突き刺さる。


 だが、それだけだ。

 人間なら指ごと吹き飛ぶような拳銃弾を受けても痛みにたじろぐ様子もなく、パワードスーツ・ニンジャは遂にCICのドアをこじあけた。


「そちらの奥にいらっしゃる方は、上陸部隊司令官ホルターマン大佐殿でよろしいですか」

「……ああ、そうだ。

 自分がアメリカ合衆国海兵隊・第91独立強襲連隊『白鯨』モビー・ディックのホルターマン大佐だ」

「はじめまして。自分は陸上自衛隊・全列島即応打撃団第1大隊長、良然らぜん金時3佐であります」


 少佐3佐が大佐に敬意を払ったのだろうか。

 あるいは、自分たちがモンスターや宇宙人の類いでないことを知らせようとしたのだろうか。


 パワードスーツ・ニンジャの1名が窮屈そうに前へ進み出ると、頭部人工筋肉ユニットを跳ね上げた。

 ヘルメットが一緒に外れて、黒い肉襦袢のような人工筋肉に埋没した顔がむき出しになる。


(こんな近くで……この男……)


 オフィスルーム程度の狭いCICでは、彼我の距離はせいぜい5メートルほどしかない。

 誰かが眉間を狙い撃ちにすれば、一撃で絶命させることができる距離である。


(……そんなリスクを冒すだけの価値をこの対話に見いだしているということか?)


 ダイスの目1つで自分も含めたCIC要員すべての命が吹き飛ぶことを強く意識しつつ、ホルターマン大佐は相手の様子をうかがう。


「んっ……よ、ほ……っと。おーい中山2尉、すまんが手伝ってくれ。手を抜きたいんだ……うまく外れん、引っ張ってくれ」

「………………?」


 だが、不思議なことに敵のパワードスーツ・ニンジャ隊長は、頭部だけでなく右手の人工筋肉ユニットまで取り外した。

 実際は1人ではうまくいかず、仲間に引っ張ってもらうことでようやく成し遂げる。

 それは巨大な手袋を外すようなものであったが、時折硬質な音がするあたり、接合部には金属も併用しているようだった。


「いや、お待たせしました。こちらをご確認ください。

 良然らぜん金時、陸上自衛隊3佐であります」


 彼はむき出しの右手で自分の首元へ手を突っ込むと、ネックレス式になっている階級章を取り出してみせる。

 はっ、と気がついてよくよくパワードスーツ・ニンジャの全身を凝視してみれば、そこには部隊章も階級を示す意匠も存在していなかった。


「………………」

「………………」

「……ひょっとして暗くて見えにくいですか?」

「ぷっ……くくく……ははは……はははははははっ!!」


 奇妙な沈黙がCICに流れたあと、最初にホルターマン大佐が笑い始めた。

 にんまりと口元を緩めて、良然らぜん3佐も応じる。

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