第52話 パワードスーツ・ニンジャは漢のエンジンを背負う(2/2)

(けど、それはなんつーか……1つ1つの兵器単位だからな)


 せわしなく周囲を見張り、多機能センサーが判定しきれない脅威を逐次、目視で確認しつづけながら梨山曹長は思う。


(ところが米軍さんときたら、もはや軍隊すべてが結合された人工知能ネットワークみたいなもんだ)


 自衛隊があくまでミサイルシーカー内部で人工知能による判定を活用しているとき、米軍ならばリアルタイムで最新データを国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』へ問い合わせ、逐次のアップデートをかけるだろう。

 長距離ミサイルのレーダー反射のように対処時間があるならば、その場で最新の学習データを生成するかもしれない。


 航空自衛隊のレーダーサイトでノイズの除去に人工知能が活用されているとき、米軍はすべてのレーダーサイトと周辺を飛行する早期警戒機、さらに艦船、そして衛星までもリアルタイムでリンクしつつ、複数のデータソースから提供された重層的ソースデータをもって、『ハイ・ハヴ』が脅威の判別をするだろう。

 それはさながら、ポータブルレーダーと警戒衛星の反射データを突き合わせて、ステルス機の居場所を突き止めるような究極の電波探知だ。


 海上自衛隊がソナー感ありを受け、敵艦種を人工知能ライブラリで照合しているとき、米軍はソナー音、海底の固定聴音網、海域の温度・塩分濃度・海流データ、さらに遙か数百kmはなれた艦が受信した、深海サウンドチャンネル経由の音声まで統合して『ハイ・ハヴ』による判断を下すだろう。


「か~~~、おっそろしいもんだぜ!……やっべえやっべえ。まったくどえらい連中を相手にしてるよな、俺たちもよ」

『はァァァァァァァァァァーーーーーーーー!? 曹長、なんか言いましたかァァァァァァーーーー!?』

「考えずに済むバカは無敵だな、って言ったんだよ! 敵戦力、感! 警戒!!」


 加藤3曹が『35式外骨格用鎖鋸』でシャッター式リモート機銃ユニットを八つ裂きにする中、梨山曹長の多機能センサーは敵の脅威を警告する。


(いやがった!)


 艦上の構造物に隠れた海兵隊員の姿がサーモセンサーと可視映像で探知された。重厚な塔状の構造物━━それは艦が浮上後に展開されるレーダーユニットなのだが━━の影に隠れて、1人のアジア系海兵隊員が対物ライフルを構えようとしていた。


(なるほど、小銃じゃ効かないんで艦内から引っ張ってきたって感じだな……正しい判断をする奴もいるもんだ!)


 彼らが『マウンテン・デュー』の艦上へ飛び乗ってから、自動小銃で抵抗する海兵隊員を何名撃ち倒し、殴り倒し、張り倒し、そして眼下の牧草地帯へ突き落としたか分からない。


 所詮、5.56mm弾では『ニンジャ2035』の人工筋肉には無力である。

 人間をほどよく傷つけるには最適の5.56mmNATO弾も、実に96の積層型人工筋肉で構成される『34式多燃料対応筋細胞装置』は突破することができないのだ。


「よう! 12.7mm弾なら話は別ってか? 沈着冷静な海兵隊員さんよ」

『………………!』


 猿の一跳びならぬニンジャの一跳びでレーダーユニットの天頂部へ飛び乗ると、梨山曹長は対物ライフルを手にした海兵隊員を見下ろしながらそう言った。

 中国系とおぼしき青年海兵隊員が絶望的な表情で彼を見上げる。


(ここで人間なら横に走る……斜めに動く……遮蔽部に隠れる……それが最善の行動だ。

 だが、パワードスーツは『縦に飛ぶ』ができる。20秒あればタコツボも掘れる……機動の次元が違う)


 詰みである。

 直上へ持ちあげて急速射撃するには、対物ライフルはあまりに重すぎる。梨山曹長は人間には不可能な機動━━すなわち、対物ライフルを持った海兵隊員が想定していない対処で、反撃の可能性自体を封じてしまったのだ。


「悪いな」


 梨山曹長の放ったサブマシンガンの弾丸が海兵隊員の眉間を貫いた。

『35式外骨格用鎖鋸』を持つ加藤3曹と異なり、艦上脅威の排除を主目的としている梨山曹長が装備しているのは、ごく標準的な歩兵火器の数々である。


 だが、その数と種類が尋常ではない。

 大中小12種類、そして拳銃弾からライフルグレネードまで総量3000発の弾丸が、背部の超大型バックパックにまとめて収納されているのだ。


(好き勝手打ちまくっても弾切れの心配はなさそうだが、敵の増援もあり得るからな……)


 弾薬を節約しつつも、これまでに梨山曹長が排除した脅威は20を超えていた。

 すなわち、それだけの数の海兵隊員が怪物にしか見えないであろうパワードスーツに立ち向かい、そして死傷していった計算なのだ。


「南無阿弥陀仏……」


 多機能センサーから脅威アラームの表示がなくなったその一瞬。

 周囲への警戒もこの戦いに関する思考も、一切を忘却して梨山曹長は死者のために祈った。


(叔父さんはいつもこんな気持ちで念仏を唱えていたのかもな……)

『ヒャッハぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!』


 梨山曹長の叔父は標津の小さな寺で住職をやっている。

 だが、彼が祈る傍らでは今もなお加藤3曹が『35式外骨格用鎖鋸』で構造物の破壊にいそしんでいる。


「へっ……ここに仏はなし、ってか!」


 まさに地獄である。

 仏に祈る者がいたとしても、それは地獄の現出に他ならなかった。

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