第52話 パワードスーツ・ニンジャは漢のエンジンを背負う(1/2)

 ━━2036年4月27日午前4時37分(北海道・日本標準時)


 それは道東の大地を照らす日の出が、開陽台の雄大なる牧草地帯を白い光で染めつつあった頃。

 そして、M4ボーリガード戦車をはじめとした護衛戦力が撃破された頃。

 超大型ホバークラフト艦『マウンテン・デュー』の艦上では、新たな大惨事が生気していた。


『梨山曹長、こいつはどうします?』

「もちろんぶった切る! 派手に行け、加藤3曹!」

『あらよっ……とォォォォォォォォォーーーーーーーーー!』


 威勢の良い叫びが奇声になってしまったのは、第2中隊ノード20━━すなわち加藤3曹の身体に『ニンジャ2035』の人工筋肉を通していても、激しい震動が伝わってきたからに他ならなかった。


 M4戦車の後部装甲を熱したナイフでバターを切るように切断する『ニンジャ2035』専用装備『35式外骨格用鎖鋸』。

 第2中隊のうち4名が装備するその超巨大チェーンソは、森林で聞こえるような軽快な動作音はまったく異なる重々しい雄叫びを響かせて『マウンテン・デュー』の艦上に展開された15cm砲塔へ激しく食い込んでいく。


(これでいい……艦砲の危険性は戦車砲や榴弾砲の比じゃないからな。こいつがある限り、地上部隊はとても近づけたもんじゃない)


 加藤3曹とコンビを組んで艦上の脅威を排除している梨山曹長は思う。


 米軍は何もピクニックのために、この超大型ホバークラフト艦を開陽台へ移動させたわけではない。

 この開陽台こそは、中標津一帯を実に330度もの視界で広く見渡すことができる要地中の要地だった。確かに今や航空偵察と衛星偵察の時代であり、肉眼の偵察という意味では必ずしも高台を押さえる必要はない。


 だが砲を据え付け、敵を射撃するという意味ではこれ以上の適地は中標津周辺には存在しない。

 だからこそ坂道ありカーブありの道中を踏破して、潜水強襲エアクッション揚陸艦SLAA『マウンテン・デュー』は開陽台まで移動したのである。


『どりゃあ!! どーです、曹長。これでこの砲塔はまともに動きませんよ』

「おーし、念のためだ。砲身もざっくりやっとけ。1発射撃したら、間違いなく破裂する程度にな」

『了ォ、解ィィィィィィィ!!』


 通常チェーンソーというものは木材を切るものだが『35式外骨格用鎖鋸』は高張力鋼からチタン、さらに複合装甲の特殊セラミックまで切断可能である。


 だが言うは易く行うは難い。

 ホームセンターで買ってきた安物ドリルセットで、エンジンブロックの特殊ボルトへ穴を開けようとしてもカスリ傷程度しかつかないように、戦車の装甲や艦の砲身はあらゆる意味で耐久性の高い素材で構成されている。

 

(つまり、ただ削るなんて話じゃなく……想像を絶する高強度・高硬度・高耐久性の刃を凄まじいパワーで食いつかせなければ切れない……技術的な話は俺にはよくわからんが、こいつはチェーンソーにしてグラインダーでもあり、さらにドリルでもあるとか第3中隊の連中は言っていたな)


 化学技術の結晶たる極限的な特性を持った刃を、超振動・超回転させてあらゆる物体を切断する特性を実現しているというが、説明を聞いても梨山曹長にはちんぷんかんぷんだった。

 高専でいつも化学実験室にこもっていた彼をしてそうなのだから、中隊の誰も細かいところは理解できないだろう。


『はっはっはっはァーッ! 見たか、これがおとこカワサキ魂じゃあああああああ!!』

「カワサキはエンジンだけだろ、このスピード狂め」

『なーに言ってるんですか、こいつ! こいつがあってこその切断! 両断! ぶった切り! ですよ!』


 平時の休日とあれば、ヘッドカバーからオイルが滲むカワサキのオートバイでワインディングへ走り出していく加藤3曹が、自分の背中のあたりをばんばんと叩いてみせる。


 その場所は機関砲やミサイルユニットを装着した『ニンジャ2035』であれば、弾薬を満載したバックパックがある場所だった。

 だが、加藤3曹のような『35式外骨格用鎖鋸』組は違う。そこにあるのは巨大なラジエターと全開で回転し続ける冷却ファンである。


(つまり、人工筋肉ユニットに内蔵されたエンジンを冷やすのが第1ってことさ……)


 人工筋肉の怪物である『ニンジャ2035』はただのパワードスーツではない。

 もう1つの動力源として、標準装着された350馬力のスーパーチャージャー付き1000ccエンジンを備えている。


 排気量に比して目を疑うような高馬力は、それが絶対パワーを追求するメガスポーツ・オートバイ用のエンジンだからである。

 市販状態ですら耐久性を犠牲にできる高性能オートバイの世界では、自然吸気NAの1000ccエンジンで200馬力を叩き出すことも珍しくない。


 ましてスーパーチャージャーを搭載し排気ガス・騒音規制もなく、ギリギリまで性能を追求できるパワードスーツ装着のエンジンとなれば、カワサキ・モーターサイクルの技術陣にとって350馬力は控えめなほどである。


『城でも要塞でも原子力空母でもかかってこいやァァァァァァァァァァァァ!』


『35式外骨格用鎖鋸』を振り上げて、加藤3曹が周辺警戒もすっかり忘れたテンションで絶叫する。


(あいつめ……すっかりコーナー立ち上がりで全開にした気分になってやがるな……)


 もっとも、彼のペアであり上官たる梨山曹長は高揚する意識に支配されるわけにはいかなかった。

 人工筋肉に包まれた『ニンジャ2035』の内部で、彼はヘルメット・バイザー・ディスプレイHVDに多機能センサーの情報を映し出す。


(脅威判定……通信チェック……ヨシ。

 こうやって人間がいちいちやってる確認を国家レベルの人工知能に任せちまうのが米軍さんのやり方なんだろうが、俺たちはまだそこまで進歩しちゃいない……)


 もちろん、自衛隊も個々に独立したコンポーネント単位では人工知能を活用している。


 それはたとえばミサイルシーカーの脅威判定だ。赤外線画像をはじめたとしたイメージ判定に人工知能はうってつけである。

 レーダーノイズの除去。熟練のレーダー手に頼らなくても高精度のマッピングが可能となるならば、浮いたリソースを他の場所へ回せるだろう。

 ソナーサウンドの判定。かつては人間の練度と聞き分けだけがすべてだったが、ライブラリデータさえそろっていれば、人工知能は完璧に敵艦のスクリュー音や航行音を判定してくれる。何も潜水艦の中とは限らない。投下された魚雷にもソナーは搭載されているのだから。

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