第50話 ヒグマの巣からの贈り物は巨鯨に通じるや否や

 ━━2036年4月27日午前4時30分(北海道・日本標準時)


「おーおー、派手に撃たれているな。

 さすが米軍だ。こっちがぶっ放してからあっという間に反撃してきやがった」


 それは全列島即応打撃団第1大隊の第1中隊と第2中隊……すなわち、25ノードの35式個人用外骨格人工筋肉ユニット『ニンジャ2035』が開陽台への突入を成功させる直前のこと。


『ミサイル発射器のヘルスステータス・オールロスト。全滅したようです。

 多少は生き残りもあるでしょうが、これで我々の火力投射能力は綺麗さっぱりなくなったわけですな』

「なーに。かまわんまかわん。

 所詮、俺たちはこの1回こっきりのために存在していた戦力だったのさ」


 開陽台から北東およそ60kmの地点にある知床国立公園の奥地では、第3中隊長の山上1尉が数キロ先から噴き上がる閃光と爆炎をのんびりと眺めていた。


(そう……俺たちはこのためだけに存在した。今、俺たちの任務は終わったんだ)


 トラック5両と指揮通信車両だけで展開する彼ら第3中隊がいるのは、知床半島の中部にあるカムイワッカ川を渡った場所の駐車スペースだった。

 半島中部といっても、世界遺産の森深くである。ヒグマがウロウロし道なき道の知床半島では、人間が観光気分で入り込める最奥地点といえた。


「おーし、通信ケーブル撤収準備。あ、完全に回収する必要はないぞ。

 ここから引っ張れるだけ引張れ。途中で切れたらそのまま捨てていく」

『回収作業に移ります。リール巻き上げ開始』


 電動モーターがゆっくりと回転すると、南西の山中へ向かって伸びていた数本のケーブルが巻き上げられる。

 小型ドローンを使用して、道路ではなく山中を緊急敷設した光ケーブルだった。それは数キロ離れた場所にある知床五湖観光センターへとつながっていたのだ。


「へっへっへっ……それにしても国を守るためだとはいえ、こんなところでドンパチやらかして観光協会から賠償請求が来たらどうするのかねえ」

『知床五湖に着弾していなければ大丈夫でしょう。あそこを汚してしまったら大騒ぎになりそうですが』

「高架になってる遊歩道も忘れちゃいけねえぜ。

 あれは去年、地元産の立派な木材を使って作り直したんだとさ。10式架橋戦車でも抵当に差し出す準備をしておかないとな」


 知床五湖の高架木道は、地面を踏み荒らすことなく美しい自然を目の当たりにできる名所だった。

 さらに広大な駐車場を備えた観光センターがあり、休日は空車待ちの大渋滞が発生するほどである。

 それだけに彼ら第3中隊の保有していたミサイル発射器が展開するには好都合だった。


(さすがの米軍も知床の森にがっつり偽装したミサイル発射器まで見つけられるもんじゃない……そして、いざ発射という時は自動運転ですぐに展開できるわけだ)


 その展開先こそが知床五湖観光センターの駐車場だったのである。

 ミサイル発射指令も当然遠隔操作だった。

 この間、わずか5分である。


 だが、米軍の目を欺けるのはそこまでだ。

 開陽台へ向けたコンテナミサイルを撃った瞬間に察知され━━否、ミサイル発射器が空へ向けて高々と起立するタイミングで、大型物体の反応を捉えた米軍の哨戒網は実に数十秒で反応する。


(通常なら上官の判断を仰ぎ、攻撃指令を下すところが……敵さんの国家戦略人工知能システムはコンピューターのスピードで識別と決断をかましやがる)


 レーダーの反応パターンを細かく解析し、周囲に滞空する無人機からスタンドオフミサイルが直ちに発射される。

 音速で飛来するその攻撃を避ける方法などありはしない。


 かくしてミサイル発射器はあっという間に全滅。

 だが、12両のミサイル発射器に装填された60発のコンテナミサイルは、間一髪のタイミングですべて発射が完了した後だったのだ。


「俺たちは敵ミサイルの着弾までにぶっ放せりゃそれでよかったのさ。

 どうせ道路をのろのろ逃げても全滅するに決まってるんなら、最初から機材を捨てるつもりで運用すれば人員の損害は皆無。

 まあ、あれだ! 俺ら第3中隊最大の脅威は、もはや米軍じゃなくてこの森にうようよしているヒグマどもだな!」

『戦争が終わるまでここで自活していきますか? 綺麗な水は山ほどありますし、熊肉も慣れればいけるらしいですよ』

「それも悪くねえな! ははははは!!」


 副官の言葉に山上1尉が大声で笑い声をあげてみせるのは、どことなく硬い表情の隊員たちを勇気づけるためでもあった。

 第3中隊は支援が任務。とはいえ、いざとなれば最前面に立つこととなる普通科装備の小隊もいる。


(こいつらからしたら……今の状況は恐ろしいだろう)


 いつ米軍の無人機が、戦闘部隊が、あるいはドローン・スマート・ボムDSBが押し寄せ命の危機に晒されることになるかもしれない。

 その時、もはやまともに抵抗できるだけの装備はない。つまり、突出してきた敵の戦車に後方輸送部隊が蹂躙されるような目に遭うこととなる。


(そう……いくらばっちり偽装した車両でも……俺たちがこうしてエゾマツとトドマツの林の中でテントを張っていたとしても……奴らのセンサーに捕捉されないとは限らない……)


 車両が電波を反射する限り。人体が熱を発する限り。

 時間をかけ十分に近づいて、高性能なレーダーとセンサーで監視すれば彼らは確実に発見される。


 妨害電波を発し、煙幕やセンサー・チャフを使っても『それを使っている』こと自体が目印になる。

 それが人工知能戦争時代の宿命である。


「心配すんな、アメリカさんはそれどころじゃねえよ。

 お前らだって『ニンジャ2035』━━あー、35式スーツのやばさは知ってんだろ」


 だが、それでも強く、そして断定的な口調で山上1尉は言った。


 35式個人用外骨格人工筋肉ユニット。愛称は『ニンジャ2035』。

 ゴッドハンマーだのヘヴィハンマーだの、言葉にするのが恥ずかしくなる愛称をつけることで定評がある陸上自衛隊だったが、これもなかなかの厨二病っぷりだと山上1尉は思う。


(実際にそれを着てる第1と第2の連中はすっかり酔っ払ってるから平然と使ってるが、俺たちはちょっと躊躇しちゃうね……)


 言うなればそれは━━『35式スーツ』とは部隊内愛称というやつだった。

 この戦いのために朝霞の広報センターから引っ張り出されたという87式自走高射機関砲を『スカイシューター』などと呼ぶ自衛隊員がいないのと同じことである。もちろん、自衛隊基準では『ガンタンク』は厨二病ワードではない。


「谷岡1曹! お前のチームが整備した『35式外骨格用鎖鋸』はどんくらいの威力だ?」

『は、はいっ。最新素材の刃を使用しています。高張力鋼からチタン、複合装甲に至るまでおよそ切断できないものはありません!』

「柴田曹長! お前らが担当してた『34式大型携帯機関砲』ってのはどんなブツだったかな?」

『そ、それは……怪物としか言いようがありません! 多銃身の30mmガトリング砲を個人に持たせて運用するなど……至近距離なら戦車でも撃破できます! 映画やアニメの世界です!』

「吉森准尉! 俺たちはそんなふざけた装備の数々を何セット送り届けた?」

『はっ、中隊長。60セットです。第1中隊と第2中隊の25名にとっては、まさによりどりみどりの選び放題というわけですな』

「まあ、そういうこった。たとえ半分が途中で撃墜されたとしても、『得物』は十分すぎるほど届く。

 心配すんな、お前ら!!」


 自信にあふれた表情で山上1尉が立ち上がると、まるでここが戦場ではないかのようにリラックスした空気が流れた。


(そうよ……難しいことは考えんな……ポジティヴに流れへ身を任せてればいいのさ……)


 もちろん、山上1尉は言葉にしたほどすべてを楽観しているわけではない。

 だが、部隊の『士気』とはそれを統べる者の振る舞いから生まれるものなのだ。

 そして『士気』を喪失した部隊は、どれほど最新装備を整えていたとしても、あるいは人工知能に支援されていたとしても、決して成果をあげられないものである。


「いよおーし! 第3中隊は次の行動に移るぞ!

 俺たちが整備するべきブツはもうないし補充も見込めないが、それでも戦いの支援はできる!

 山歩きが得意な者! ヒグマにびびらない者! おるか!」

『第4小隊第2分隊、いけます!』

「知床岬まで進出し、監視の任にあたれ! ただし、絶対に見つからないように注意しろ! 灯台施設には近づくな!

 ほんの僅かでもカメラに『ヒト』と思える物体を認識したら、奴らの攻撃がたちまち飛んでくる! 森の中を歩き、そして森の奥深くから注意深く見張るんだ!」

『お任せください! 自分の実家は羅臼岳の登山ガイドです!』

「無線通信は一切禁止。光ケーブルの在庫をぜんぶ持っていけ!

 次。知床五湖で装備の撃破状態を確認してくる奴! あと万一に備えて、国道R334の分岐で見張りに立つ奴もほしいな……へへっ、なんだいろいろ仕事はあるじゃねえか。

 まだまだ忙しいぞ、お前ら! いざって時は知床半島全域でゲリラ戦じゃあ! はーははははははははっ!!」

『おおっ!』

『やってやりましょう!!』


 それはカラ元気すれすれの高揚感だった。第3中隊は整備班員がほとんどわずか96名である。

 実際にゲリラ戦など行ったところで、まともに戦えないことは明白だった。


 まして『人工知能戦争』時代の米軍相手では、人間の兵士に会敵することすら困難なままに無人機やドローンに全滅させられてしまうことも想像に難くなかった。


(ま、そんときはそんときだ……)


 それでも最後まで部下達を勇気づけて死んでやろう、と山上1尉は決意した。

 もともと『ニンジャ2035』の運用試験が道東で行われていたこともあり、中隊の隊員は地元出身者が多い。

 山上1尉自身は縁もゆかりもない埼玉の秩父出身ではあるが、これほど美しく豊かな森の中で死ねるならば悪くないと思った。


 もっとも━━運命は気まぐれであり、戦いとは常に意外な展開を見せる。

 彼ら第3中隊が敵と地上戦を行う機会は結局なかった。それどころか掃討部隊や増援戦力の確認すら行うことなく、全員が生き残ったのである。


 その理由はシンプルにして明白である。

 彼らがその存在意義を賭けて送りとどけた装備……それを受け取った第1中隊と第2中隊が、陸上戦闘の歴史をひっくり返すような戦果を叩き出したからだった。

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