第49話 数秒+数秒+数秒=突撃成功

 ━━2036年4月27日午前4時15分(北海道・日本標準時)


『こちらを観測していた敵歩哨1名の狙撃に成功しました。銃弾の命中を確認』

「やるなあ、名藻なも3尉! 初戦果だ!」

『いえ、スタビライザーのおかげですよ。南無阿弥陀仏』


 35式個人用外骨格人工筋肉ユニット『ニンジャ2035』ノード4、すなわち第1中隊4人目の構成員である名藻なも3尉は、両手に抱えた12.7mm対物アンチマテリアルライフルを腰のラックへ収納しながら、撃たれた海兵隊員の冥福を祈って両目を閉じた。


選抜射手マークスマン用の装備を持たせておいて幸いだった……!)


 大隊長良然らぜん3佐の安堵は薄氷の勝利と言えた。

 突撃機動をわずかでも阻害する対物ライフルは、本来一切装備しない想定だったのだ。


 しかし、敵に遠方から察知された場合は最低限の援護銃撃を行いながら突進を敢行することになっていたため、中隊あたり1名の選抜射手マークスマン対物アンチマテリアルライフルを持たされたのである。


(あの歩哨が我々に気づいていたのか、そうでないかは分からないが……生身であんなものをくらっては手足にかすっただけでも骨折だ……名藻なもの腕なら、もはや相手は生きていまい……)


 現に名藻なも3尉が時速60kmで疾走しながら、人工筋肉の絶大な振動衝撃制御スタビライズ機能の補助を受けて放った12.7mm弾は、スミス伍長の喉を『半キャラずらし』でかすめるようにえぐりとっていた。


 その凄まじい衝撃は筋肉をやぶり、頸動脈を傷つけた。結果は致命的な大出血である。

 たかが12.7mmという口径が、人体を殺傷するには十分すぎるほどの威力を持つことが分かろうというものだ。


『目標まであと400メートル! 予定時刻……コンマ0.5秒遅れ!』

『後方より第3中隊のコンテナミサイル接近! 着弾まで4秒!』

「総員に告ぐ! これより突撃の最終フェーズに移行する!」


 武佐むさ岳の南斜面を大走りで駆けくだり、開陽台周辺の牧草地帯を疾走する彼らの時速は60kmにも達している。

 戦車が現実的に出せる全力、あるいは熟練者の操るオフロードバイクの速度とほぼ変わらぬスピードで、漆黒の人工筋肉ユニットをまとった人間が駆け抜けるのだ。それが人工知能によって牛の集団と認識されたところで、責めることはできなかった。


『コンテナミサイル、来た!!』


 そして前方に火の雨が降りそそいだ。

 否━━知床半島にいる支援部隊の第3中隊から発射された長短距離弾道ミサイルが、牧草地帯へ突き刺さったのである。


 ほんの僅かに視線をあげれば『マウンテン・デュー』と護衛部隊が全力で打ち上げる機銃弾と対空ミサイル、そしてレーザーが見えたはずだった。


『コンテナミサイルは5割が撃墜されました!』

「上等ォッ!」


 米軍の迎撃網を半分突破できれば十分すぎる成果だった。


 しかも、大地に突き刺さったコンテナミサイルはいかなる爆炎も炸裂音も上げない。

 見るものが見れば、それがミサイルとしては異様に口径が太いことに気づいたはずだ。


「装備回収! 急げ!」


 兵装パターンごとのビーコンを目印に、大隊全員がコンテナミサイルへ殺到する。

 本来ならばクラスター弾や高性能爆弾を搭載するスペースに詰め込まれているものがあった。


 さらに、いくつかのコンテナミサイルは妨害粒子がたっぷり詰まったホット・チャフ・スモークが搭載されていた。

 空中で撃墜され、地上に突き刺さった妨害用ミサイルは敵のセンサーを攪乱する煙幕と反射材を大量に吐き出している。


「なんだ!?……おい、牛じゃないぞ、あれは!!」


 スミス伍長が命がけで伝えようとした情報は、周回遅れで『マウンテン・デュー』のCICにおいて認識されようとしていた。


 眠い目をこすって徹夜の警戒を続けていたウィルソン艦長と、CIC隣の仮眠ベッドから直行してきたホルターマン大佐が、望遠映像や多機能センサーの情報を総合して、ようやく国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』の判断ジャッジをオーバーライドしようとしていた。


(人型の物体……いや、まさか……ロボットか!?)


 上陸部隊司令官ホルターマン大佐は驚愕の思いで、真っ黒の人型物体をにらみつける。


 強い北風が吹き、コンテナミサイルから散布された煙幕が『マウンテン・デュー』へ向けて押し寄せた。

『識別不能』の信号が広い面積を覆い尽くす。


 たかが煙幕、されど煙幕だ。

 強い高熱を放ち、多様な周波数帯の電磁波を反射するように妨害反射材がミックスされたそれは、僅かな時間といえどもきちんと機能を果たした。


(くそっ……この艦が無人砲塔でなければ、手動で射撃してやるものを!)


 ほんの数秒後には煙幕も晴れ渡るだろうが、その数秒のあいだ、自動照準は働きそうにない。

 哨戒用の無人機が後方へ回り込もうとしているが、観測情報と総合した敵脅威の座標が届く前に煙幕は風に吹き飛ばされるだろう。


(間違いない、あれは敵だ……だが、何を考えている……たかが数秒で何ができる……何をするつもりでいる!?)


 そして、大いなる開陽台の牧草地帯を吹き抜ける風が煙幕をついに吹き飛ばしたとき、直上に火が打ち上がった。


「ミサイル!? 迫撃砲か!?」

『何らかの推進砲弾! 自動迎撃!!』


 ウィルソン艦長が音声で指令を下す前に、国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』に支援された対空システムは自動迎撃をはじめている。

 防御機銃が火を噴き、対空ミサイルが発射された。


 それが砲弾なのかミサイルなのか、あるいは火矢なのか判定される前に、シーカーの目潰しを狙ってレーザーの照射まで始まる。

 まさに鉄壁の3重複合近接防御トリプル・コンプレックス・クローズド・ディフェンスシステムだ。


「……ただの信号弾だと!?」


 だが、現実は意外な結果だった。

 ほんの刹那、だが全力をもって『マウンテン・デュー』と随伴部隊が迎撃を行ったのは、どんな粗末な歩兵部隊ですら持っているような信号発光弾に過ぎなかったのである。


『敵脅威! 至近! 数は20以上!』

「!!」


 そして彼らは知ることになる。


 半分撃墜されることを前提に降りそそいだミサイルも、濃厚な煙幕も。

 無意味に打ち上がった信号弾すらも。


 たかが数秒ずつの積み重ねが、決定的な『隙』を作るための仕掛けであることを。


「総員、突入せよ! 敵超大型ホバークラフト艦を撃滅する!」


 煙幕の向こうから、ほんの一瞬だけがら空きになった防御システムを突破して人工筋肉のニンジャたちが現れた。


 そして、彼ら全員はいかなる物語の名刀や忍者道具よりも恐るべき『得物』を装備していた。

 第91独立強襲連隊『白鯨』モビー・ディックの隊員たちが、その命尽きるまでトラウマに苦しめられることになる惨劇━━すなわち地獄の始まりだった。

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