第46話 オペレーション『乳牛の上陸』(3/3)

『中標津の市街地が見えてきました』

『以前として周辺に脅威なし。空中も含め、広域警戒に反応ありません』

『日本軍からすれば、本土へ奇襲上陸されたというのに……無気味ですな』

「なあに『ハイ・ハヴ』の予測が当たったのさ。

 彼らは大ショックを受けているのだ。呆然として打つ手がないのだろう」


 不審げに首をひねるウィルソン艦長に対して、上陸部隊司令官のホルターマン大佐は自信ありげだった。


「国家戦略人工知能システムが日本人の民族的特性を分析して、今回の『乳牛の上陸ミルクカウ・ランディング』作戦は立てられた。

 我々が遂行しているのは、彼らの領土意識・民族意識における弱点を突いた作戦なのだ」

『作戦はもう1つあると聞いていますが』

「ああ、『究極的な北の一撃アルティメット・ノーザン・ストライク』作戦だな? そちらは日本海を進む上陸艦隊主力の担当だ。

 しかし、あちらの出番はもうない。

 我々がすべてを決めるだろう。審判のジャッジは人工知能が立てた作戦に上がるのさ」

『いわゆる『人工知能推進派』と『人工知能懐疑派』の争いというやつですか? 自分にとっては分からん話です』

「もちろん、私も大した興味はない。我々海兵隊は進んで敵地へ突っ込み、強敵を打ち破るだけだ。

 だが、同じ勝つならスマートに勝つべきだ。そうだろう?」

『司令官がかつて、ファイアリー・クロス礁占領を損害なしで成し遂げたように、ですな』

「ああ、そうとも。

 私は味方の損害を出すのが大嫌いなんだ。だからこそ、このスマートな作戦を引き受けたのさ」


 ホルターマン大佐は高級指揮官のみがアクセスできる作戦詳細書を個人用端末で表示すると、ウィルソン艦長へちらりと見せた。


「あまり顔を前へ出すなよ。俺の顔が一緒に映ってないと、君ひとりだと認識して『ハイ・ハヴ』から警告が来る。中佐までは単独閲覧権限がないからな」

『国家戦略人工知能システムはそこまで自動で判断するのですか』

「まあな。自分の人生がのぞき見されているような気分になるだろう?

 だが、ソーシャルハッキングを防ぐには有用なシステムだ」


 7インチほどの画面しかない個人用端末を男2人、顔を寄せ合ってのぞき込む。

 ステータスアイコンが会議中を示すような複数人の集合に変わった。資料の共同閲覧中を示すモードだ。


「ともあれ━━『ハイ・ハヴ』の分析はこうだ。

 日本人は土地への執着が異常に強い。だが、それはあくまでも自分にとって『利』となる外地なんだ。

 たとえば、かつての大戦ならば……海外の植民地や緒戦における占領地……こうした土地に執着する。防衛のために理不尽なほど援軍を送り、損失が拡大しても撤退しない……」

『なるほど、フィリピンや南洋での戦いはまさにそれですな』

「しかし反面、彼ら日本人は本拠地が踏み荒らされることを極端に恐れる。

 それは彼らのホームグラウンド……北海道、本州、四国、九州。すなわち、この日本列島本土そのものだ」

『沖縄は違うのですか』

「分析によると沖縄は複雑な立ち位置だそうだ。準本土と言ったところかな」


 アメリカ合衆国海兵隊にとって沖縄は第2の故郷とは言わずとも、知らぬものはいないほどの土地である。

 中国と朝鮮半島で核の嵐が吹き荒れ、米軍が通常戦力をグアム以西へ後退させたあとも、しばらくの間は連絡要員が残っていたのだ。


「従って『ハイ・ハヴ』の結論としては、日本の本土をたとえ限定的であっても……明確に占領したならば、それだけで継戦意志は砕け散り停戦に応じるということらしい」

『なるほど、分かる話です。そうは言っても、我々とは結局、民族が異なりますから本当に正しいものやら』

「そうさ。だからこそ党派や人種、そして個人的思惑に左右される人間の判断よりも、人工知能による分析を信頼したというわけだ。

 その威力は君も私もよく知っているだろう?」


 黒人の母と中国系の父を持つウィルソン艦長は即座に強くうなずいた。


『思えば『彼』の時代はずいぶんと悪く言われたものでした。

 中国野郎めと罵られたかと思えば、すべての命が大切だぞと共和党支持の白人から唾を吐きかけられたり━━』

「おっと、過去の傷を掘り返すのはお互いのためにもやめておこう。

 私だって、ずいぶん嫌な思いをしたからな」

『ええ……そうした理不尽な人種と党派と思想とルーツの対立を解消してくれたのが、国家戦略人工知能システムです』

「こういった分野における『ハイ・ハヴ』の能力は実証済みだ。

 つまり我々アメリカ人が仲良くするためにやったことを、日本人相手に戦争で勝つためにやるだけなのさ」


 中標津の市街地で幾度かの右左折運動を繰り返すと『マウンテン・デュー』は再びのどかな牧草地帯に出た。


 そして、彼らは第1の目的地に到着する。

 道路標識には飛行機のマーク。すなわち、中標津空港である。


『制圧班、下艦します!』

『空港施設および滑走路に異常なし。ブービートラップの類いも見当たりません。

 滑走路を目視とドローンのセンサーにて点検中』

「どうやら慌てて退避したようだな」

『守ろうとしても守れないという判断でしょう。日本軍は賢明と言えます』


 ホルターマン大佐とウィルソン艦長の口元がゆるむ。

 小銃の1発も撃たずに2000メートルの滑走路が手に入ったのだ。おまけに厳寒期にも対応した上等なターミナル施設のおまけつきである。


「上陸地点指揮所へ通信! 第2波戦力を中標津空港へ急行。防衛と展開にあたらせろ!

 無人機部隊の拠点は第2波展開後に中標津空港へ前進!」

『先ほど到着した第2波の揚陸艦より戦車2個中隊が向かいます。そのほか対空ミサイル戦力、榴弾砲も多数展開予定』

『中標津空港に展開する総兵力は、2個連隊規模となる見込みです』

「よし。勝ったな」

『ええ、これは決まりでしょう』


 その感想はオペレーション『乳牛の上陸ミルクカウ・ランディング』に参加した将兵すべてに共通するものだった。

 そして国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』もまた、この時点で勝利の確率を98%と判定していた。


(道東の数少ない空港を抑えられ、上陸地点に橋頭堡を築かれ……もはや日本の戦力では我々を追い落とすことはできない。)


 海は道であり、空もまた道である。

 陸と違うのは、海には港や上陸地点となる海岸線が必要ということであり、空には飛行機の滑走路が必要ということだ。


(日本の地方空港はまったく優秀だ。滑走路は十分に長く、全土にくまなく配置されている)


 2000メートルの滑走路は大型戦略爆撃機以外のいかなる軍用機でも離着陸できる長さである。


 すぐにもこの中標津空港の敷地は幾多の無人機で、そして有人のステルス機で埋め尽くされることだろう。

 それを護衛する兵力もぞくぞくと集結し、この牧草地帯に展開する。


 すなわち、中標津そのものが鉄壁の要塞にして挽回不可能な占領地点へと変わるのだ。


「見ろ、艦長。美しい夕焼けだ。まもなく『ハイ・ハヴ』が改めて日本国政府に停戦を勧告するだろう」

『我々の勝利を祝福するかのようですな』

「ああ、そして日本国の落日を示す夕焼けだ」


 だが悲しむことはないのだ、日本人よ━━とホルターマン大佐は思う。


 最小時間の最小損害でこの戦争は終わったのだ。

 米軍の損害はもとより、日本国民の被害も最大限に抑えられているはずである。


 住民退避が済んでいて本当に良かったと彼は思う。

 無実の市民を、母と子を撃つ心配はなかった。善良な住民に偽装して、爆弾を抱えて突っ込んで来る自爆部隊を警戒する必要もなかった。


(遙かな昔……ヨーロッパが王家によって統治されていた頃は、部隊同士が全滅するまで戦うことはなかった……隊列が乱れ、劣勢が明らかになった時点で勝敗を決めていた……皇帝が生まれる前の中国ですら、国を滅ぼすまで戦い続けることはなかったという)


 この戦いも同じことだとホルターマン大佐は思った。


 先進国同士の戦争とは、まさにかくあるべきなのだ。

 国家の総力を振りしぼり、民族全滅の危険を賭けて殺し合う総力戦など醜いだけだ。

 優勢と劣勢を競い、それがはっきりした時点で名誉ある敗北を受け入れれば良いのだ。


「本時刻をもって、中標津空港を『白鯨飛行場』モビー・ディック・フィールドと呼称する」


 それは占領者にのみ与えられた特権だった。


 戦いにおいて命を落とした者の名前をつけることもある。

 だが、現時点で第91独立強襲連隊『白鯨』モビー・ディックの人員損害は皆無である。


 ならば部隊の名前を永遠の名誉として刻むことが正しいだろうと、ホルターマン大佐は思った。


「本艦『マウンテン・デュー』はさらに侵攻する!

 日没前に5km北方にある開陽台へ移動! 高地の利を占め、中標津要塞地帯の司令塔とする!」


 中標津空港と要地開陽台の占拠。

 第1波・第2波あわせて3000名もの軽重装備部隊の無血上陸と展開。


 午後2時30分の奇襲上陸からわずか数時間で彼らが成し遂げたものがそれだった。

 もはや勝った。勝ったようだ。勝ったに違いない。

 皆がそう確信していた。


 だが━━彼らは忘れていた。

 戦争とは、どんな確信でも一瞬で吹き飛ばすほどに冷淡で、そして残酷なことを。

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