第46話 オペレーション『乳牛の上陸』(2/3)

「戦車、前面へ展開!」

『M4ボーリガード戦車、発進せよ!』

『第1から第4小隊まで発進! 前方を索敵掃討しつつ侵攻せよ!』


 潜水艦が陸地に乗り上げたような葉巻型のホバークラフト揚陸艦である『マウンテン・デュー』の艦内には莫大なスペースがある。

 前方の小型扉が開くと、そこから姿を現したのは朝鮮半島での戦役で猛威をふるった最新鋭戦車M4ボーリガードであった。


 総計4小隊━━すなわち、16輌のM4ボーリガード戦車は猛然と野付半島の海岸線道路を疾走する。

 その直後からは対空・対地ミサイルユニットを搭載した汎用戦闘車と海兵隊を満載した装甲車、さらに工作機材車が続いた。


 むろん、無人機の群れも変わらず上空を固めている。

 その様子はさながら戦闘ヘリコプターが機甲部隊の直衛にあたるような光景であった。


 空から目視で……あるいは多機能センサーで検知できる目標があれば、真っ先に無人機が襲いかかる。

 待ち伏せする側からすれば、『人間に会敵』するには無人機の索敵をかいくぐらなければならず、しかも相手にするのは並みのミサイルや砲弾などものともしない、世界最強最新鋭のM4ボーリガード戦車という絶大な制約が課せられるのだ。


『地上のM4戦車および空中の無人機クラスターのセンサー情報を統合します。

 国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』による全地球規模および第91独立強襲連隊ローカルのハイブリッド索敵網の展開完了。

 今のところ、敵脅威はなし』

『対空ユニット部隊、敵の長距離砲撃に警戒せよ』

『無人機ノードC11に重大な問題発生。仮設離発着ポートのオスプレイ、場所を開けてくれ。緊急着陸させて点検する』

『根室海峡より後続輸送艦部隊ちかづきます。1時間半後に到着予定です』

『国後島の動きに注意せよ。領海ギリギリならば手出しをしないというロシアとの秘密協定だが、何らかの間違いがあるかもしれんぞ』

『M4戦車および支援部隊は各小隊ごとに日本国道272号線、北海道道863号線、774号線、975号線より侵攻します』


 第一目標は道東の中規模都市である中標津なかしべつであった。

 2000メートルの滑走路を備える空港があり、都市インフラも備わっている。


(しかも周辺はどこまでも続く酪農地帯……戦車を使った侵攻戦には絶好だ。

 山がちな日本では、これほど自由に戦車を使える地形はなかなかないからな……)


 いくら北海道が広いと言っても、自然学者であるホルターマン大佐からすればそれは結局『山』が主体の土地であった。

 何しろ日本列島そのものが環太平洋火山帯の上に載っているのだ。現実的に見ても北海道は日高山脈あり、北見山地あり、大雪山がある。知床半島も実際に眺めてみれば山だらけだ。


 陸上兵力を縦横無尽に展開できる巨大な平地となると、札幌を含む石狩平野や十勝平野、そして彼ら海兵隊が上陸した道東の根釧こんせん台地くらいなものである。


 このうち根釧こんせん台地は特に広い平面をそなえ、そして、標津・根室・釧路といった広大な海岸線に隣接していることが強みだった。

 海に面していること、それはすなわち海上からの支援が行いやすいということなのだ。


(だが、ここを攻めると分かっていたとしても……常識的には広い平面の太平洋側、つまり、釧路や根室から上陸すると判断するだろう)


 そこで国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』がプラニングした作戦が、ロシアが支配する国後島の領海ギリギリを秘密兵器である潜水強襲エアクッション揚陸艦SLAAで潜行進入し、いきなり野付半島へ揚陸ビーチングをかけるというものだったのだ。


 まさに予測と思考の外である。あえて狭苦しく、第三国に隣接したルートを突っ切る。

 軍事常識からすればあり得ない判断だからこそ、むしろ『ハイ・ハヴ』は是とすることもあるのだ。


『各戦車小隊、それぞれ侵攻ルートに入った!』

『第1次索敵領域、敵脅威なし。国道272号線、旗艦フラッグユニット侵攻問題なし』

『さて、そろそろですかな。大佐』

「うむ、出発する。ここの指揮は任せたぞ」

『大佐に名誉がありますように。我々だけでこの戦争を終わらせましょう』

「その通りだ!」


 ホルターマン大佐と力強く握手すると、後続部隊の受け入れと広域指揮の支援を行うバロウズ大尉は『マウンテン・デュー』を下艦した。


 低出力モードで運転されていた『マウンテン・デュー』の機関が全開となる。

 周囲からは人員が退避する。ごうごうと台風のように空気が流れる音がした。スカートユニットから凄まじい勢いのエアが吹き出し始める。


「戦闘出力へ移行! 潜水強襲エアクッション揚陸艦SLAA『マウンテン・デュー』、浮上せよ!!」

『ロッキング・サスペンション、格納。本艦は浮上走行へ移行する』

『前方センサー、警告なし。本艦の走行に干渉する障害物なし』

『推進ファン、全開!』


 潜水艦がそのまま地上へ乗りあげたような葉巻型のホバークラフト揚陸艦『マウンテン・デュー』は、目視ではほとんどわからないほどに浮上すると、意外なほどの速度で道路を進みはじめた。


 ヘリコプターで到着した後続の海兵隊員たちがどよめきをあげる。

 LCACエルキャックのような小型ホバークラフト揚陸艇には乗り慣れている彼らだったが、これほど巨大な物体が浮上走行するのを見るのは初めてだった。


(まあ、さすがに限界はあるがな……)


 メジャーリーガーのホームランを目にした少年のような海兵隊員たちの顔をモニタで眺めながら、ホルターマン大佐はどこか皮肉げな笑みを浮かべる。

 技術の脅威のごとき潜水強襲エアクッション揚陸艦SLAA『マウンテン・デュー』だったが、実は本来、廃艦になる寸前だった兵器なのだ。


 浅深度を潜水航行して、敵地にいきなり上陸する潜水艦にしてホバークラフト艦というコンセプトは悪くなかったものの、地上道路を走行するという制約から艦の幅は極端に切り詰めたものになってしまった。

 それでいて艦内容積を稼ごうとすれば、ひたすらに細長くするしかない。


「風速は大丈夫か、ウィルソン艦長」

『今のところそよ風程度のものです。神が我々に味方しましたな。

 こんな吹きさらしの場所で横殴りの風が吹き荒れていたら、食い過ぎた牛のようにぶっ倒れるところでしたよ』


 舵やスラスターユニットで補正できる以上の横風を受ければ、このホバークラフト艦は無様に横転の危険性すらあるのだった。

 しかも、その限界風速は大型旅客機なら平然と離着陸できる程度のものである。

 率直にいって『使えない』としか言いようがない。


『前方交差点へ接近。人工知能制御にて自動減速コントロール』

『減速から停止へ移行確認。交差点の右折運動を準備』

『こちらは艦長のウィルソンだ。艦内の隊員たちへ。大きな音がするが、列車ごっこの一種だ。良い子にして待っていろ』


 ウィルソン艦長をはじめCICに詰めるオペレーション・スタッフたちは、この艦が試験中の頃から━━つまり失敗作と烙印を押されて、制式化が中止される頃からの熟練スタッフだった。


 彼らはこの『マウンテン・デュー』の特性を知り尽くしている。

 酸いも甘いも、絶大な欠点も素晴らしい利点もよく知っている。


『艦の第1から第4ユニットをロック解除』

『連接形態へ移行完了。交差点を右折運動します』

『架線との干渉に注意! 危険と判断された場合は、レーザーで切断せよ!』


 巨大な錠前が外れたような音がすると、全長150メートルを超える葉巻型の艦は5つに分割された。さながら5両編成の貨物列車にも似たその巨体は、制御スラスターを左右に吹かしながらゆっくりとT字路の交差点を右折する。


(最終評価の「30メートル型の大型ホバークラフトをたくさん作った方がよい」とは……まったくもって正しい答えだな)


 だが、そのムダに大がかりな仕掛けはやはり男の心を震わせるものがあった。

『マウンテン・デュー』の後に続いて車列を組む装甲車の海兵隊員たちも、総出で路上へ展開して周辺警戒そっちのけでこのショーに見とれている。


『右折運動完了。結合形態へ再移行』

『2km前方の交差点でふたたび曲がって日本国道272号線に入るぞ』

『随伴部隊へ。前方交差点に隣接する日本軍の標津基地は放置せよ。潜伏脅威はなし。占領は不要だ』


 海沿いから内陸へとむかう国道272号線に入ると、広大な道東の直線道路がみえた。

 僅かな残雪が残った雄大な牧草地帯の絶景に『マウンテン・デュー』のCICでは歓声があがる。


(まさに戦車が……そして、このホバークラフト艦が突っ走るには最適の地形だ……)


 そんな自然の美を貫くようにまっすぐつづく2車線道路を、巨大なホバークラフト艦は時速30kmで悠然と進む。

 エゾシカが驚いたように逃げ去り、牛がのんきに鳴き声をあげた。


 路肩には時折、切り倒された木が見受けられた。

 先行工作部隊が『マウンテン・デュー』の艦体幅と干渉する障害物をあらかじめ除去しているのだ。


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