第41話 雷帝は健在なり(2/2)
(だが、その眼光は変わらない)
大統領時代から━━そして、おそらくKGB時代から変わらない圧倒的強者の眼光。
敵を殺す方法ならば、地球上の誰よりもよく知っている者の眼光である。
「イズコリエフ、私はすっかり老人だ。今日の予定を読み上げてくれたまえ」
「はっ、偉大なるウラジーミル……本日、日本時間の午前8時より米国による北海道上陸作戦が開始されます」
「ああ、そうだったな。
作戦名『乳牛の
くくく、土壇場で6時間も開始が遅れたようだが、何が起こったものやら」
まるですべてをあらかじめ記憶しており、むしろこちらのミスを点検しているかのような口調で『雷帝』はゆっくりと━━そう、上質のジャムを楽しむように言った。
「これに先だって統一朝鮮の
『第2釜山』港へ入ると見せかけて、対馬海峡を最高速ですり抜けました」
「うむ……うむ……分かっている。米軍の艦隊が
「承知しております。ウラジオストクからはすでに東方艦隊の分遣隊が出発しました」
「領海線上をアメリカとロシアの艦隊があわせて航行している。
これだけで日本人は手出しできない。知ると知らぬに関わらず、だ」
それは恐るべき謀略の開陳であった。
いかなる現代国家のいかなる体制を前提にしたとしても、引退して十数年を経た84歳の男が語るべき内容ではなかった。
(だが、このロシアではそれが当たり前なのだ……!)
『雷帝』老プーチンはただ、現代のロシアにおいて恐怖の圧制者として君臨しているだけではない。
2036年の国際政治界における唯一無二の20世紀生き残り組であり、冷戦時代の終焉からロシアの停滞、そして再起をすべて最前線で体験してきた男である。
(我が『雷帝』はロシアという国を知り尽くしているだけではない……国際政治というものがいかに動くか……歴史的決断を迫られた状況で、どの民族がどのように動くか……そのすべてを最前線の政治家という実体験を通して理解し尽くしている……!)
それゆえに、ユーリ・イズコリエフは日本人とロシア人のハーフという生まれでありながらもこの圧制者に魅せられた。
世界のすべてを知り尽くした大賢者にも等しいと思えた。
(私はモスクワの大学でしみじみと思い知らされた。
本を読み、データとして得られる知識は確かに重要だ。
しかし、それはどうあがいてもリアルの経験には及ばないのだ!)
机上、机上、机上! データ、データ、データ! それらのいかにむなしいことか。
ロシアという土地の極限気候はしばしば圧倒的なリアルを見せつける。
だからこそ、イズコリエフはリアル体験の偉大さを痛感したのかもしれない。
(この人類世界の最深淵━━それこそが国際政治!
そんな世界をリアルに体験し知り尽くしているのは、間違いなく我らが『雷帝』なのだ!)
ああ、大いなる『雷帝』。
彼はまさに今、イズコリエフの目の前で巨大な国際謀略を露わにしている。さらにはイズコリエフの父なる民族たる日本人がどのように反応するか、この上ない確信をもって断言しているのだ。
(陶酔感というものだ……)
どれほどの
「よろしい、イズコリエフ。私は30分だけ━━そう、30分だけ横になるとしよう。
『乳牛の
そして、その時は参謀本部とも回線をつないでおくように」
「かしこまりました、偉大なるウラジーミル。
分遣隊とは別に、東方艦隊の主力はすでに
「ふ……わかっているではないか。日本に提供した秘密回線の盗聴も怠るなよ。
我々ロシアはもっとも美味な果実だけをいただく。
米軍の日本侵攻戦においてアングロサクソンどもに便宜をはかり、さらにはヤポンスキーどもの防衛作戦にも便宜をはかり……」
ぞっとするほど淡々とした声だった。
裏切りの中の裏切りを公言するものであり、イギリス人ですら長らく封じている2枚舌外交であった。
(この手腕をもって……かつては統一朝鮮を『社会主義自由清国』へ侵攻させ、自らは何の手も下さず国家崩壊の瀬戸際まで追いつめたのか……!)
やはり命をかけて仕えるべきはこの御方しかいない。
ユーリ・イズコリエフは思いを新たに、そして何よりも強くする。
「日米両国がお互いに傷つき疲れ果てたその時に、我々ロシアは電撃的に北海道を奪う」
『雷帝』ウラジーミル・プーチン。
その男は遂に真意を言葉として発した。
「そして
かつてのソビエトが成そうとして遂に成しえなかったことを、我々が2036年に完遂するのだ」
『雷帝』ウラジーミル・プーチン。
彼こそは2036年の国際政治界における唯一無二の20世紀生き残り組であり、ソ連の栄光と破滅を肌で知る男であった。
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