第42話 日本本土侵攻戦開始(1/2)

 ━━2036年4月26日午前8時00分(東京・日本標準時)


『北海道東方に多数の飛行物体探知!』


 その日その時、市ヶ谷の防衛省で、永田町の首相官邸で。

 そして全国各地の自衛隊基地で一斉に警報が鳴り響いた。


『知床岬沖と根室沖……さらに釧路沖にも出現! 米軍の巡航ミサイルと思われます、数はそれぞれおよそ30!』

「ついに始まったか……」


 統合幕僚監部付・首席情報官の荒泉1佐は、市ヶ谷の防衛省地下に存在する重防御された作戦指揮センターに陣取っていた。


(本来は午前2時から攻撃開始のところが土壇場の変更で6時間遅れ……か。

『ハイ・ハヴ』へのサイバー攻撃とロシアからのリーク情報━━そして『あの国』からの情報という3方面での裏取りが出来ていなければ、徹夜の非常待機で疲れ果てていたかもしれないな……)


 数百人を収容可能な作戦指揮センターは、地下40メートルに設置されている。

 2020年代に防衛省庁舎が耐震工事を行った際に追加された施設であり、ただ頑丈なだけでなく免震・制震システムを発展させて攻撃による衝撃そのものを吸収してしまう造りになっている。


(バンカーバスターの直撃はもちろん、戦術核のピンポイント攻撃にも耐えるという話だが……まあ、それを体験しないで済むことを祈ろうか)


 荒泉1佐の階級は他国ならば大佐と呼ばれるものであり、将官に次ぐものだ。

 幹部の中の幹部であり、情報官という特殊性を考えればほとんど高官と言える。


 だが、実際に戦闘が始まった今だけは単なる傍観者に過ぎない。

 たとえ1佐といえども情報官の彼には、この市ヶ谷作戦指揮センターで行われる実戦部隊への指揮に口を出す権限はないし、そんな訓練も受けていない。


『千歳基地、スクランブル発進続く。戦闘機隊は道央の広域直衛にあたられたし』

『早期警戒にあたっているE-2を日高山脈まで後退させろ。狙い撃ちにされるぞ』

『襟裳岬沖、積丹半島沖、稚内沖にもミサイル確認! 室蘭沖にも来ました!』

『レーダーサイト直衛の『おごうち』級護衛艦は対空戦闘を開始します』


 指揮センターのオペレーター達が読み上げる言葉は、現状の追認に過ぎない。

 実際にはすべてのデータが全国の自衛隊各部隊へ光の速度で飛んでおり、状況はリアルタイムでリンクされているのだ。


「ふうむ……見たまえ、加藤2尉。さながら北海道を全周から包み込むようにミサイルが飛んできたね」

『しかも道東にどっと現れたかと思うと、続いて道央に殺到してきましたな』

「札幌を中心と考えた場合、北海道は東に長い……なるほどな。このミサイルどもは、札幌へ同じタイミングで到達するようになっているようだ」


 荒泉1佐と補佐官である加藤2尉が座っているのは、いわばオブザーバー席だった。

 手元の大型ディスプレイには戦況図が細やかに表示されているものの、実戦部隊への指示を飛ばすメニューは表示されない。


(もちろんこの座席でオペレーションをすることも出来るらしいが……まあ、コンピューターのログイン権限を切り替えるような操作が必要だ)


 米軍の放ったミサイル群は札幌以外の各都市には目もくれず、まっすぐに飛び続けている。

 巡航ミサイルとはいえ、その速度は亜音速だ。5分、10分もすれば100km単位で迫ってくる。


「どう見る、2尉」

『典型的なサチュレーション・アタックですね。我々の対応力を飽和させるつもりでしょう』

「200発の巡航ミサイルによる飽和攻撃か……冷戦時代なら、これで機動部隊の1つは消滅させられたかもしれんな。

 おっ、千歳の戦闘機隊や対空ミサイルが迎撃を開始したぞ。敵反応ロスト」

『ボコボコに落としていきますね。

 ですが、何発か札幌まですり抜けました。空中で自爆したような判定がでましたよ』

ばらまいた・・・・・な」

『ええ、ドローン・スマート・ボムDSBでしょう』


 巡航ミサイルは基本的に迎撃のたやすい兵器である。


 すなわち巡航クルーズ弾道バリスティックではないからだ。

 航空機のように飛ぶミサイルであるからこそ巡航ミサイルなのであり、その速度はほとんどの場合マッハの領域に達しない。超音速巡航ミサイルも存在するが、射程には制限があり何より常に最高速では飛べない。


(つまり我が国のような防衛特化の国が迎撃に専念している限り、大した脅威ではないというわけだが……)


 自衛隊の誇る早期警戒網は迅速にミサイルの飛来を探知した。

 そして千歳基地から発進した戦闘機は迎撃のミサイルを放ち、その多くは命中した。

 護衛艦や対空ミサイル部隊も同様に良好な迎撃を展開済みである。


 米軍が放った第1波巡航ミサイルは200に及んだが、そのほとんどすべてを自衛隊は撃墜していた。


(だが━━問題はここからだ)


 それでも迎撃網をすり抜けるミサイルは出た。

 札幌には5発のミサイルが到達し、それぞれ12基のドローン・スマート・ボムDSBをばらまいた。

 すなわち、たった5発撃ち漏らしただけで60もの脅威が出現したのである。


『敵ドローン・スマート・ボムDSBは主に札幌駅周辺へ着弾!』

『函館本線および北海道新幹線の信号機が集中攻撃を受けています! 一部はポイントに取り付いて自爆している模様!』

『ホーム内に退避させていた新幹線の軌道総合試験車ノースイエローを識別して攻撃していると、JR北海道から通報がありました』

『札幌地下鉄および路面電車は損害なし』

『丘珠空港へ飛来したドローン・スマート・ボムDSBの1基を職員に配布したネット・エアーガンで無力化しました。民間機が2基飛行不能となった模様』


 たちまちにして北海道の中枢たる札幌駅で鉄道の運行が全面ダウンした。

 信号機なしではどんな鉄道も運行することはできない。さらに複雑怪奇な分岐を行うターミナル駅でポイントを破壊されては、復旧までただ1輌の回送列車ですら通過できない状態となるのだ。


(恐らく電力網や通信を狙ったクラスターもあったはずだが……そちらは迎撃できたようだ。

 しかし、鉄道をやられたか。これはこれで痛いな)


 広大な北海道の地において、鉄道の重要性は本州の比ではない。

 室蘭本線や千歳線による大迂回が可能といっても、札幌駅が使用できなくなるということは貨物輸送能力が激減し、民間人の鉄道による退避もほぼ不可能になったことを意味する。


「JRは急いで復旧するだろうが、大丈夫だろうか」

『我が国には地震対応の経験がありますから、復旧そのものは早いでしょう。……ドローン・スマート・ボムDSBに遅発爆弾が混じっていなければ良いのですが』

「滑走路破壊爆弾にも使うやつか。作業員に犠牲が出るかもしれないな」


 荒泉1佐はぞっとする思いだった。万全に近い迎撃態勢を展開して、たった5発のミサイルを撃ち漏らしただけでこれである。

 まともに迎撃も出来なかった欧州全土のインフラが一瞬で壊滅したのは当然と言えた。


(正直なところ半信半疑な面もあったが……これではっきりしたな。

 ドローン・スマート・ボムDSBは戦争のあり方を変えてしまうほどの脅威だ)


 欧州からの報告で『高付加価値目標を識別し、さらに弱点だけをピンポイントで狙っている』と聞いたとき、荒泉1佐も━━そして、彼以外の自衛官も皆が眉をひそめたものだった。


(そんな人間のようなことが……さもなくば、神風しんぷう特別攻撃隊のようなことが人工知能にできるはずがない。

 皆がそう思っていた)


 だが厳然たる現実を前にして持論を押し通せるのは、救いがたいほどの愚か者か陰謀論者だけであると、新型コロナウイルスのパンデミックでも証明されている。


 誰もが意識を切り替えなければならなかった。

 すなわち、たった1発のミサイルに少なくとも12の自爆攻撃要員が乗り込んでいるようなものだと、認識を改めなければならなかったのだ。


(そしてその自爆攻撃要員は恐ろしいほどの目標識別能力を持ち……たとえ真夜中であろうと、ピンポイントで弱点だけを攻撃してくる……)


 今が夜でなくて良かった━━そんなふうに思う。

 夜間攻撃であったならば、ドローン・スマート・ボムDSBがばらまかれた時点で対処不能であっただろう。


 せいぜい、人間の半身程度しかないサイズのドローンが高速で機動しているのだ。

 赤外線センサーなどの装備が万全であったとしても、人間には撃ち落とせるものではない。

 丘珠空港で迎撃に成功したのは、昼だからこそと言える。


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