第39話 3300の父と母が彼を見る(1/2)

 ━━2036年4月13日午後9時00分(ワシントン・東部標準時)

 ━━2036年4月14日午前11時00分(東京・日本標準時)


 その通信は、実に奇妙な経路を辿っていた。


 大陸間インターコンチネンタル・ロックダウンのさなかにある日本列島では、あらゆる国際間海底通信ケーブルが遮断されていた。

 せいぜい生きているのは、日本国内の島嶼間ケーブルのみである。


 そして海底ケーブルの切断という事態は、この『人工知能戦争』に直接関わっていないロシア・台湾・フィリピン……さらには分裂内戦のさなかにある中国も同じであり、膨大なコストと月日を費やして築き上げられた人類のグローバル通信網は寸断されていた。


(もっとも……それですべての通信が止められるわけじゃない)


 だが、金土コウは知っている。

 たとえば、対馬や与那国島では水平線へわずか見える朝鮮半島や台湾島へ無線通信が可能だった。

 北方四島を臨み、サハリンも間近な北海道であれば選択肢はさらに広がる。


 とはいえ、それらの無線通信ルートは現在、広域ジャミングによって封鎖されており使用不可能だ。

 さらにいえば、海をまたいだ無線通信は帯域の面でどう転んでも有線海底ケーブルに及ばない。


 無線━━すなわち、電波というものは気まぐれである。

 どれほど対ノイズ安定化技術が発達しても、大気の状態によって驚くほどの減衰を見せることがあるものだ。


 もっとも、金土コウも知らない事情があった。


(今、必要なのは安全で……しかもアメリカが知らない通信ルートということになるわけだけど……まさかそんなものが最初から存在していたなんて)


 これはキミズも知らない。

 さらに言えば、キノエや鄭月ジェン・ユエですら知らない。アメリカ合衆国もその存在を掴んでいない。


(まず……このお台場から出た通信がどこに行くか)


 ブートアップを完了した数千ノードの生体コンピューターは、狩りに出かける軍隊アリの群れのように獲物を求めて行動を開始する。

 その歩みはすなわち外部へのデータ通信であり、あざやかな1本道を形成している。


 有明第7データセンターに引き込まれている通信回線は、そもそも一般のネットワークとは接続していないのだ。

 東京に存在する世界有数規模のインターネット・エクスチェンジIXを無視して、生体コンピューターから発せられた通信パケットは中山道経由で近畿へと向かう。


 さらに明石海峡大橋を越えると四国へ入り、高知が終着点となる。

 そして四国最南端の足摺岬手前にある航空自衛隊の基地から地下へ潜り、やがて海底へと続くのだ。


(奄美や沖縄、先島諸島は完全に無視して、南へ1000km以上進む……)


 沖縄の東方400kmの地点で、海底ケーブルはかつて全島が射爆場だった沖大東島に上陸した。

 再び海へ潜ると、やはり沖縄や先島諸島は迂回する形で向かう先は台湾島である。


 しかも台湾の海底ケーブル銀座である台北近郊には向かわず、台湾島中部・台東県につながっている。


「これが日台秘密海底ケーブル……2033年の運用開始か……本当に出来たばかりなんだな……」


 台湾島の接続地点は台東県成功

 すなわち、かつて新高にいたか山と日本人に呼ばれた玉山ユイシャンを背に戴く小さな港町に、米国ですら知らない日台直結海底ケーブルがつながってるというわけだ。


『いかがです、ぽつんと孤立したようなケーブルでしょう』

「ええ、こうして地図で見せられると実感しますね」

『大変だったんですよ、こいつの敷設は本当に……既存の海底ケーブルとどうしてもクロスしてしまうのですが、なんとしてもバレるわけにもいかないもので。

 わざわざ5メートルほどパイプ状のトンネルを掘ったんです……ああ、そうそう。地図のこの辺りでは、潜水艦傍受網の点検に来ていた米軍の原潜と鉢合わせしそうになったりですね……』


 敷設作業の総指揮に関わったという海上自衛隊の少佐が、白髪交じりの頭をかきながらケーブルの配置を示した太平洋の地図を指さして、思い出口調で語り始める。

 コウにとっては少なくとも3回聞いた話だったが、初老のループ話を邪険にするのもためらわれた。

「そうなんですか」「すごいですね」と相づちを打ちながら、視線と意識を生体コンピューターのステータスディスプレイへ移す。


(ブートアップ完了ノードが98.5%……でも、1.5%は起動プロセス中に障害か。

 安定性はやっぱり普通ノイマンタイプのコンピューターには、はるかに及ばないな……)


 3300ノードの生体コンピューターのうち、実際にオペレーションへ参加するのは3000ノードだけであり、その他は予備である。


 だが、今回の第7次作戦だけでも1.5%が起動を完了できなかった。

 つまり45ノードは『起動しないサーバー』のような状態であり、自動的に300ノードの予備から補填される。


(……1度のブートアップごとに1.5%が脱落なんて、まともなシステムだったらあり得ない話だ)


 いくら事実上の軍事作戦であるとはいえ、凄まじい損失率だった。

 もちろん損失した生体コンピューターは大急ぎで補充され、交換される。コウが心配する話ではないが、運用コストはとてつもないことになっているのではないかと背筋が寒くなる。


『ブートプロセスを完了した2955ノードは調整運転を開始しました。30%の能力で稼働中』

『日台秘密海底ケーブルの通信状況は順調です。ノイズ傾向解析済み。盗聴や障害の様子なし』

『台湾総統府から第7次作戦に伴う通信パススルー許可が出ました。バシー海峡および台湾海峡経由でユーラシア大陸にアクセス可能です』

『香港支援ノードよりPingに応答あり。コネクション正常。オペレーション・ジョブを転送します』

『起動障害ノードの切り離し完了。予備ノードより同数を起動させます』

「第7サブクラスターの『ツバキ』と第9『タンパ』を電位調整。有機養液圧力を少しだけ下げてください……結構です。

 第4の『ドウシ』は予備ノードが参加してからCプロセスへ進みます。第14『ビーナス』と第16『リュウジン』はDプロセスをやり直し。

 各工程、完了次第報告してください」


 試作35式生体コンピュータークラスター『トウゲ』は、iPS細胞技術をベースにして人工培養したコウの両親━━すなわち金土シゲルかなど・しげる金土ハルコかなど・はるこの脳細胞を演算ユニットに使用したシステムである。


 それは世界ではじめての大規模生体コンピューターシステムであり、そしていかなる過去の実績もないシステムであった。

 性能は予測できるし、故障・損失率もなんとか計算の範囲内である。

 だが、はじめてのシステムを実際に使ってみてどんな問題が出るか……それは人工知能ですら予測できない神のみぞ知る領域であった。


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