第37話 戦うことができる者、戦うことができなかった者(1/2)

 ━━2036年4月14日午前7時00分(東京・日本標準時)


 市ヶ谷で国家の行く末を決める会議が行われてから数時間後のこと。


「んにゃにゃにゃにゃ~? きーちん、ちょっとちょっと見てよこれ。

 ロシアの非公開SNSに面白い写真があがっちゃってるんだな、ほれほれ」

「zzz……スーパー美少女次期総書記・末妲姫ばだきちゃんの次回配信は、日本の情勢が落ち着いたあとでぇーす……日本のみんなは大陸の統一を邪魔する米帝を頑張ってぶっ殺しまくってほしいどぉえす……むにゃむにゃ……」


 八王子の金土かなど宅にして木水きみず宅でもある2世帯住宅の片側には、うら若き女子2名によるかぐわしくも、ぶっ続け2徹をかましたひどい体臭が満ちていた。


「起ーきーろー。乳揉むぞー。おにいちゃんNTRるぞー。しらないぞー」

「んぐぁ……こーにぃ襲ったアメリカ女ぜってー殺すぅ……あたしが総書記就任したら最初の仕事はお前んちに東風DF-41ぶちこむことだぁ……げへっ……げへへへ……死ねえ死ねえ……」

「妄想に溺れるのはまだ早いので、強制起動するにゃ~」

「んが、んぐ」


 体力の限界を超えて覚醒と睡眠の狭間にあるキノエの口をこじあけると、香港生まれの英国籍移民にして金土コウの先輩にもあたる鄭月ジェン・ユエは、最強系カフェイン飲料の瓶を3本まとめて叩き込んだ。さながら耐久レースのクイック給油である。


「おごごごごごごごげげげげげげげげ」

「ありゃ、強すぎた?」

「……なにこれえ、一発で眠気飛んだ。

 変なの入ってないよね。こーにぃには綺麗な体で抱いてもらいたいんだけど」

「よよよっ、なんて殊勝なきーちん!

 まあ、そんな愛しのおにいちゃんのDTはー、きーちんが知らないうちに変なアメリカ女に奪われたわけですが……」

「唖ー! 唖ー! 唖ー! 阿ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!

 殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!! 我迅速安全装置解除大陸間弾道弾東風41号北米华盛顿特区行即時発射殺ッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!」

「おー。エアブリーフケースをエア開けて、エア発射ボタンをエアぽちぽち押すそのアクションいいね。

 次の配信でとりいれよー」


 この1ヶ月というものダークネットにおける『Vバー』動画配信で彼女たちが行っていたのは、日本の国民投票における否決扇動━━つまり、アメリカの要求する国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』への『接続』と『利用』を拒絶させることだった。


(ま、そうは言っても果たして何人に影響したにゃらな~。100人もいけばいい方では?)


 もともと政府への信頼が高く陰謀論や扇動が警戒される日本において、キノエと鄭月ジェン・ユエが仕掛けたキャンペーンは国民投票に何の影響も及ぼすことはなかったと言ってよい。


(でもそれでいい……ワタシらの見てるのは『戦後』だからね)


 実のところユエにとっては。

 そしてキノエにとっては、日本国がアメリカの国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』を受け入れようと受け入れまいと、知ったことではなかった。

 戦争の勃発有無そのものにも興味はなく、自分たちの知らぬところで干戈かんかが交えられ勝敗が決するだろうと理解していた。


(今時、どー考えたって民間居住地域への絨毯爆撃なんてありゃしない。

 まして相手が米軍じゃ、いきなり核を撃ち込まれる心配もない)


 しょせん外国人であり外国の利権のために行動する彼女らにとって重要なのは、差し迫って生命の危険が迫るかどうかだ。

 そして、その可能性は少なくとも短期的にはない。


(恐れも憂いもにゃーしにゃーし)


 東京が今すぐ米軍に占領されたとしても、彼女たちだけは平然とカフェへ出かけることだろう。


「要するにかよわい女子(←重要)であるワタシときーちんは、この戦争をのんびり傍観しながら『戦後』の種まきをすればいいってわけですよ」

「さーちんさーちん、悪いけど26歳ってもうすぐオバさんだと思うぞ」

「そんなことはないない! ティーンにあっては成人を見下し、20歳を超えたらアラサーを嘲笑い、30歳になっても40、50のババアどもを枯れ木と呼んでこそ女!

 きーちんも年を食えばわかる! 男も似たようなもん!」

「えええ……あたしは10代のうちに、こーにぃと結婚して最初の赤ちゃんくらいは作りたいなあ……」

「……キミはほんとに肉食系だな。10年後にどうなってるのか、お姉さんは想像も━━」

「10年後のさーちんは言い訳できないオバ━━もが」

「10年後も若くて綺麗で素敵に違いない、サーヤ・ボスワースお姉さんはまったく想像もつかないよ! にゃははははははは!!」


 キノエの口を空のエナジードリンク瓶でふさぎながら、英名サーヤ・ボスワースこと鄭月ジェン・ユエはげらげらと笑う。

 その手元はじゃれ合いの最中も激しく動いており、目の前のディスプレイ画面では何らかのコンピューター・プログラムコードが作成されていた。


「んで? これはなんなの、さーちんお姉さん」

「よくぞ聞いてくれたね、きーちん! そうです、お姉さんです! 10年後も20年後もお姉さんだよー!」

「それはもういいから。えーっと……ふーん、AI支援でなんかボットプログラム作ってるんだ。どこに放り込むつもり?」

「そりゃー、日本政府首脳と自衛隊の中枢でしょ!

 ……というのは『戦後』の話で。さしあたっては、アメリカに放り込んでやりたいんだよねー。

 きーちんさあ。我がコーハイがやってる作戦に絡めて、向こうへ送り込めたりしない?」

「まあ、コーにぃに相談はしてみるけど……よく分からない怪しげなボットなんて拒否られると思うけどなあ」

「いやいや、今回はきっちりソースコードも開示。仕様書まで付けちゃうよん。怪しさ大皆無ですよ、ほれほれ」


 ユエの言葉に嘘はなかった。

 料理ビルド前のソースコードは元より、日本政府関係者が喜びそうなマイクロソフト製表計算ソフト書式の仕様書とエクスポートされたPDFまで用意されている。


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