第36話 日本国、情報戦でついに勝つ(3/3)

『話が逸れたな。首席情報官、続けてくれたまえ』

「はい、首相。

 さらに膨大な民間旅客機についても考慮が必要です。

 昨日をもって、すべての民間航路は停止。小型のプロペラ機以外は、すべて羽田・関空・中部・成田・伊丹・福岡・新千歳の7空港に集中させました。

 ここには各地猟友会の協力も得て、ショットガンを持ったパトロールを多数配置しています。ミサイル攻撃はどうにもなりませんが、ドローンであれば十分打ち落とせるはずです。さすがに旅客機は巨大なので、デコイが作れませんので」

早期警戒管制機AWACSや空中給油機はどうするのかね。これらも図体はでかいが』

「AWACSはすでに横須賀上空と呉上空に展開しています。広域索敵・管制を行いながら、空中給油で60時間は飛び続ける予定です」

『ハードワークだな……』

「何しろ本土決戦ですので。一応パイロットたちには承諾を取りましたが、士気は旺盛でした。休息設備は充実しておりますので、なんとかなるとのことです」


 軍用輸送機はもちろんのこと、早期警戒管制機AWACSや空中給油機は現代の航空戦において、最重要目標にして最高価値の存在といっても過言ではない。

 敵は真っ先に狙ってくるし、味方としては何としても守らなければならない存在だった。


(だが地上にいる限り、どれだけ防御を固めたとしても万全ではない……)


 ミサイル・ドローン攻撃はもちろんのこと、潜入工作員のテロ1つで飛行不能にされかねない。

 しかもその価値が戦闘機で数十機分、戦略爆撃機で数機分にも匹敵するとなれば、敵はなんとしても破壊しようとするだろう。


(だからこそ、空中に退避するのがもっとも合理的なんだ)


 かつて本土決戦直前まで追い込まれた和20年の日本においても、残存航空機の空中退避は基本であった。

 和の現在においてもそれは変わらないのだ。


『敵のステルス機対策はどうなっているんだね。空中退避はいいが、こっそり接近されて目の前から撃たれれば撃墜されるだけだろう』

「最新のレーダーシステムである程度の探知が可能と見ていますが、懸念はあります。

 ですので、AWACSをはじめとした高付加価値機は護衛艦の支援が受けられる横須賀および呉上空に配置しました。さらに、ここならば主戦場である北海道からは距離があり、また日本全域を警戒可能です」


 資料によれば、かつてガメラレーダーと呼ばれた大型のJ/FPS-5、さらには日本各地へ配備された後継システムのJ/FPS-7・J/FPS-9、そして市ヶ谷へ配備されたばかりの試作システムJ/FPS-11を連動させて、米軍の誇るステルス機戦力に対抗することになっていた。


(とはいえ、真っ先にやられるのはレーダーだろう)


 荒泉1佐の胸中には半分とは言わないまでも、いくらかの諦めがある。

 ほとんどのレーダーサイトは固定配置であり、しかもその構造は攻撃に対して脆弱である。ミサイル一発直撃すれば、直ちに機能は停止するだろう。


『レーダーサイトの防御は重要だと思うが……』

「国土交通大臣のおっしゃる通りです。

 そこで海沿いのレーダーサイトでは『おごうち』級の新鋭護衛艦を張り付けました。対空ミサイルと機銃弾の尽きるまで守る覚悟です。

 また、レーダーサイトがやられても『おごうち』級はデータリンクに対応したレーダーを積んでいますので、バックアップを果たすことができます」


 2030年度予算で20隻が急速整備された『おごうち』級は、日本各地のダム湖の名前をつけた変わり種の小型護衛艦であった。

 1800トンときわめて小型ながら、弾道ミサイルの終末迎撃にも対応するレーダーシステムと高性能ミサイルを多数装備している。


 もちろん、わずか1800トンの艦にそんなシステムを積み込めば、強烈なしわ寄せは避けられない。

 対艦・対潜能力は皆無。艦内機能も徹底的に自動化し、運航人員は実に35名。メンテナンスは母港で地上要員が行うことが前提となっている艦だった。


 しかもその速度はたったの18ノットであり、航続距離は3000キロにも届かない。

 徹底した沿岸運用艦なのだ。


(まさかこんないびつな艦が対米戦で役に立つ日が来るとは……)


 海自は「こんな艦が使えるか」と文句を言い、軍事評論家からは徹底的にこきおろされた『おごうち』級だったが、当然このような艦が生まれるだけの理由がある。


(本当は……日本にいつ降ってくるか分からないユーラシア大陸からの核ミサイルを撃ち落とすための艦なのだが……)


 すなわち中国大陸の内戦、そして第2次朝鮮戦争で大量使用された核ミサイルの恐怖が『おごうち』級急速整備の理由である。


 米軍すら一撃全滅の危険を感じて日本から正面兵力を後退させるという事態に、国内では核武装の議論が本気で行われたほどだった。

 しかし、それでも90年の長きにわたる核兵器否定の空気・・は日本において最強だったのだ。


 そこで時の日本政府が推進したのが、かつて小泉内閣が選択したものと同じ道であった。


 すなわち、ミサイル防衛である。

 2000ゼロ年代、北朝鮮の核開発に対応して当時『撃ち落とせるはずがない』とされた弾道ミサイル防衛に多大な予算が注ぎ込まれた。


 果たして弾道ミサイルは『撃ち落とせるはずがない』から『うまくいけば撃ち落とせる』になり、やがて『正確に探知できれば、上昇フェーズでも弾道飛行フェーズでも終末落下フェーズでも、マッハ20のミサイルを直撃破壊できる』ほどに進歩した。


(要するにその技術を急遽まとめて、日本全体が『安心』できる程度に各地へばらまいたのがこの艦だ)


『おごうち』級は海に浮かぶミサイル防衛システムなのである。

 もちろん、東西南北数千キロという巨大な国土を持つ日本全土の完全防衛はできない。


 だが、それでも地上配備よりはマシだった。海上艦ならばいくらでも移動できるし、地上配備型イージスで問題になった土地の利用権や住民の同意も不要だ。

 そのようないびつで歪んだ━━しかし目の前で核ミサイルの撃ち合いを見せつけられた国家が、当然のように選択した兵器なのであった。


『なるほど、ボートで行き来できるほど陸の近くに配置するのか。それならば、潜水艦から魚雷を撃たれることもない……』

「はい。万が一、座礁しても、どうせ耐用年数15年程度の艦です。ここで使い潰します」

『防衛体制はよく分かりました。おそらく現在できる最善の体制なのでしょう。

 では、勝つ方法は? 被害を少なくしたとして、米軍を撃退し勝利するためにどんな作戦を考えているのか、それを聞かせてほしい』


 会議の終幕を引くように、首相は言った。


(かつての日本ならば……ここで何も言えずに終わったのだろうな)


 荒泉1佐は思う。

 その時は臨機応変になんとかします。現場の判断に任せます。あるいは、私にそれを決定する権限がありません、とすら言ったかもしれない。


(だが、今回はそんなことはない……)


 どうやら天はこの国を見放していないらしい。荒泉1佐はしごく真剣にそう思えた。


「勝利するための作戦はもちろん立案済みです。

 敵の攻撃に対して被害を局限したあとは、一気に反撃に出ます。

 その方法ですが━━」


 秘中の秘が明かされるのは、今しばらく先のことである。

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