第36話 日本国、情報戦でついに勝つ(2/3)

「こちらが衛星画像による米軍艦艇の追跡状況です」

『朝鮮派遣軍の主力は仁川インチョン━━いや、今は新ソウルだったか。黄海イエロー・チャイナ・シー側に張り付いたままだな』

「ええ、日本海側の元山ウォンサン近辺にはフリゲートが数隻活動していますが、こちらは主力ではないと思われます。

 ですが……ご覧ください。パナマ運河を通過した戦力が、サンディエゴから発進した艦隊と合流しています。

 さしずめこれは、アメリカ太平洋・大西洋連合艦隊と言えるでしょう」

『欧州侵攻に参加した核融合超空母を含んだ世界最強の艦隊だな。

 これを正面からぶつけられるだけで我が国は壊滅しかねない』


 首相が大きなため息を吐き出しながら言う。

 空調の効いた室内なのに、その吐息の温度だけは真冬のようだった。


「ハワイからは多数の潜水艦が消えました。日本近海へ向けて移動中と思われます。先遣部隊はすでに展開済みでしょう」

『沖合から巡航ミサイルを乱射されるだけで、太平洋ベルトの工業地帯が壊滅だ』


 総務大臣が頭痛をこらえきれないようにこぼした。今から損害の見積もりを脳内で計算しているかのようであった。


「グアム。ここには多数の戦略爆撃機が配置されていましたが、一斉に退去した様子があります。

 我が国から攻撃を懸念し、聖域である米本土やアラスカ、さらにハワイへ再配置したのでしょう」

『論理的だな。安全な場所から発進したステルス爆撃機が10機もやってきて、主要都市に核爆弾を落とされれば我が国の歴史は終わる。

 もう二度と立ち直れまいよ。

 よくもこんないくさを始めるつもりになったもんだ。私の発言はしっかりと記録に残しておいてほしいが……皆さん正気かね?』


 内閣では唯一と言える明確な非戦派である国土交通大臣が呆れたような口ぶりでそう言った。

 もっとも、彼の所属政党は政府与党『系』ではあっても政府与党そのものではない。その観点では非戦派に属しているのも意外ではなかった。


(自衛隊内では、プランBとして妨害勢力の制圧も考えられていたが……)


 国民投票によって開戦と決した直後の日本では、驚くべきことに大規模な妨害活動はほとんど見られなかった。

 せいぜい野党の一部議員が過激で非現実的な発言を繰り返しているだけである。まして、政府内をいくらでもかき回せる立場にありながら国土交通大臣が露骨な妨害に回らないのは、数十年にも及ぶ政府与党と国土交通大臣が所属する団体との間に培われた信頼関係の結果と言えた。


「ロシアからの情報もこれら米軍の行動とほぼ一致しています」

『さらに我が国独自の情報収集によると……米軍は民間施設は狙わない。

 本当かね?』

「はい。米軍の目標からは明確に外れています。

 民間工業地帯・住宅地の破壊はほとんどないと考えて良いでしょう。人的被害については低い水準となるはずです。

 懸念されるのは空港や鉄道、道路といったインフラのピンポイント破壊と電力網の狙い撃ちです」


 スライドには予想される人的被害が映し出された。と言ってもあくまでも民間人の被害である。


『最低の見積もりで150人……多い場合は5000人か』


 すでにその資料を見ているはずだが、改めて首相は強面の顔をさらに渋くする。


「自衛隊は全力でこの国を、そして国民を守ります。

 しかし南北に数千キロ、1億人を越える国民のすべてをわずか数十万人の自衛隊で守ることはできません。

 まして先の大戦のように局所防衛へ無理矢理戦力を割けば、予想される侵攻正面には兵力ゼロの状態となるでしょう」

『その点は私からも強く進言させていただきたい。

 かつての帝国陸軍は中国大陸へ、ガダルカナル島へ、そして何よりフィリピンへ兵力を吸い尽くされて、いざ和20年を迎えてみれば本土決戦など思いもよらぬ状態でした。

 戦力の非効率な分散。この過ちだけは絶対に繰り返してはなりません』


 防衛大臣が強く拳を握りしめた。陸上自衛隊出身の彼からすればもっとも苦々しい戦訓であり、そして後輩たちの生死に直結する話である。


『そのためにこそ、米軍の主力が突っ込んでくる北海道に陸自の戦力を集中させます。

 近畿より西が一時的にがら空きになったとしても大規模上陸さえなければ、いくらでも取り返せます』

「防衛大臣の言われる通りです。

 米軍は━━陽動のために先島諸島の過疎島や無人島を占領するかもしれません。また九州への散発的なミサイル攻撃があり得るでしょう。

 特に米海軍が長らく駐留していた佐世保は、確実にミサイルが降ってきます。

 彼らからすれば、長年使い慣れた補給・整備施設が我々に有効活用されると困りますから」

『佐世保ではすでに対策を終えています。

 佐世保重工業SSKの第4ドッグからは━━そうです、大和型戦艦のために作られた修繕ドッグです。定期整備中だった護衛艦『いせ』を出して空にしてあります。重油タンクの在庫はたまたま長崎へ来ていた日本郵船のタンカーにすべて無償で譲渡しました。念には念を入れて、内部には窒素封入の準備を進めています』


 西海の護り、と言われるように佐世保基地は明治維新以来の一大海軍基地である。

 それは太平洋戦争敗戦後も変わらず、米軍は巨大な敷地を占有し活用し続けてきた。


 だが中国・朝鮮で核ミサイルの応酬が行われた2020年代末、米国は根本的な兵力の再配置を行い、日本配置の海軍と海兵隊戦力はグアムとハワイに撤収したのである。

 あまりに近すぎる位置から核ミサイルを撃たれて全滅しないように……という当然の戦略ではあったが、この結果として佐世保や横須賀では所有者のみ米海軍のままになった広大な土地が遊んでいる状態となっていたのだ。


「なお、横須賀は首都防衛の観点からも護衛艦をある程度残して防衛します」

『防衛大臣。建造中の『ふがく』型航空護衛艦の2番艦はどうするのですか』

『はい、首相。遺憾ながらこの戦いには間に合いそうもありません。

 皮肉なことですが、これも1つの『デコイ』として使用することになるでしょう。装甲航空甲板の設置は完了していますから、ミサイルや爆弾の数発であれば吸収してくれるはずです』

『先代に引き続いて、被害担当艦という感ありですな』

『沈みさえしなければいくらでも直すことができます。そこは割り切らせていただきます!』


 国土交通大臣の皮肉に、防衛大臣は明らかにカチンと来ている声で言い切った。


『情報官に聞きたい。舞鶴も重要な拠点かと思うが……本当にがら空きにするのかね』

「はい、海自の艦艇は8割を呉へ集中させ重点防御します。

 しかし日本海や東北から攻撃を受けた場合、舞鶴は前衛陣地として機能しますのでレーダー部隊のみ配置しました。これは佐世保も同様で、広域防空戦力は残っていません。

 ただし横須賀には先ほども申し上げた通り首都防衛の役割もありますので、強力なイージス艦を残存させます」

『海自の艦隊は━━いや、今日からはもう連合艦隊か。

 連合艦隊は呉でアナグマ戦法をとって、被害を極限する。陸自はさっき聞いた通り、北海道へ戦力を集中する。

 それは分かった。明快で悪くない作戦だと思う。空自はどうする?』

「都市部や工業地帯は狙われないとしても、各地の滑走路が攻撃を受けることは避けられません。

 自衛隊基地においては、3Dプリンタで出力した1/1モデルに塗装業者━━いわゆる『痛車』の業者まで協力してもらってますが、本物と区別がつかないレベルのデコイを配置して、被害を抑えます。これは戦闘機や攻撃機について実施します」

『それは敵さんのドローン・スマート・ボムDSB対策だね』

「はい、首相。

 米軍のドローン・スマート・ボムDSBはきわめて高精度の画像認識によって、もっとも付加価値の高い目標の弱点だけを狙い撃ちする兵器です。ただのデコイでは簡単に見破られてしまいます。少なくとも人間の目から見て、本物と誤認するレベルでなくては」


 ドローン・スマート・ボムDSB対策の資料が映し出された。

 敵の攻撃を受けた際は、まず煙幕や放水によって視界を悪くする。敵の多機能センサーはきわめて高性能だが水煙があれば熱探知は難しくなるし、白煙の向こうは可視光での確認できなくなる。

 さらに3Dプリンターのモデルも金属粒子を含んだメタル系素材であり、レーダーにもしっかり反射するというわけだ。


「このような対策によって、きわめて高い彼らの識別能力を少しでも下げ、デコイへ誘導するという戦法です」

『そこまでしなくは欺けないとは、恐ろしい兵器だな……むしろ悪天候が最大の防御というわけか』

「ええ、土砂降りの雨や強風下の方が守りやすいというわけでして。

 航空機だけでなく、陸上車両もデコイを大量配置します。大洗町からは全面的な協力が得られ、多数の実寸大戦車模型が土浦に配置されました」

『さすがに模型のⅣ号戦車やチハを並べていたとしても、狙ってくれるかどうかは分からんではないか?』

『国土交通大臣、それを言うなら土浦には昔使っていたM4シャーマンや三式中戦車までありますぞ。こういうのは数です、数』


 防衛大臣の声は大真面目である。戦車好きの総務大臣は困ったような表情であった。

 さすがに「本物の三式チヌは世界であそこにしかないんだからやめてくれ」とも言いがたいようである。


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