第30話 人工知能時代の『M4戦車』(3/3)
(ひょっとすると、我々は平時だけのお飾りとなり……実際の戦闘になったら、戦車から降りろと言われるようになってしまうのかもしれんな……)
もちろん戦場の環境は過酷であり、あらゆる状況が想定される。
人工知能システムが何らかの妨害や純粋な故障、さらにはダメージによって機能しないケースもあり得るだろう。
(そういう時は我々、人間の出番だとしても……)
遠い昔、ある旅客機のパイロットが特殊な訓練を積んでいたという。
それは舵が全滅しても、左右のエンジンパワー振り分けだけで飛び続けて着陸するというものだ。
そしてそれは実を結び、現実の事故で役に立った。
だがそのパイロットと同じケースが続出したかというと、もちろんそんなことはない。
(同じ訓練の積んだほとんどのパイロットにとっては無駄でしかなかった……なぜならそんなトラブルはまず起こらないのだから……人工知能システムだってそうだ……そう簡単にダウンするものではない……)
ほんの1例か2例の美談のために、自分たち戦車乗りはまずあり得ないシチュエーションの訓練をするのだろうかと、ローソン大尉は思う。
(そして、いつしか人工知能がダウンするシチュエーション自体が『対処不能』なものとして切り捨てられるだろう……その時……私の仕事は残っているだろうか……)
レイオフを宣告された直後のような顔でローソン大尉がうつむいていると、ボイントン中尉が声をかけた。
「さあ、大尉。我々人間の仕事ですぞ」
「中尉……?」
「先ほど申し上げたように、我が1号車は敵の攻撃を撃退しました。隣に並んで、前方を担当していた2号車も同じです。
しかし、後方警戒に当たっていた3号車と4号車はそうではありません。
彼らは……そして3号車と4号車に随伴していた歩兵戦闘車は、我が1号車に倍する規模の攻撃に晒されました。
歩兵戦闘車は撃破され、3号車は行動不能。4号車も損傷が見受けられます」
「!!━━人工知能システムでも攻撃を凌ぎきれなかったのか!?」
「人工知能システムは最適に限りなく近い反応を、最速でこなすだけです。
対応不能な局面はあり得ます」
それは慰めの言葉ではなかった。
多機能ディスプレイには、確かに小隊の3号車と4号車がそれぞれ『
「中尉、すぐに出るぞ! ハッチオープン!」
「もちろんです、大尉。
周辺の脅威はすでに去りました。3号車の乗員を救出し、4号車の損傷を修理しましょう。
これは人工知能システムには出来ない仕事です。
我々だけの、我々人間の戦車乗りに残された最後の仕事なのです」
球状のコクピット・キューブが回転し、彼らの座席はまるでジェットコースターの上昇中のように上向きとなる。
多機能ディスプレイを押しのけると、メインハッチがあった。
わざわざコクピット・キューブを回転させるのは、戦車においてもっとも防御の厚い前面にハッチ開口部を持ってくるためである。
もちろん被弾時を想定して、コクピット・キューブの回転は人力でも可能であり、F4Fワイルドキャットのメイン・ギア昇降クランクのような位置に小さな取っ手がついてた。
「おお……!!」
無人砲塔から顔を出したローソン大尉は戦場の光景に愕然とした。
ボイントン中尉も眉をひそめている。
そこはセラミックの複合装甲で防御された戦車の内部とは別世界だった。
肌を突き刺すような冷たさの中、広い道路に無数の赤い華が咲いている。
朝鮮人民軍の軍服を着た歩兵達は、ほとんどがすでに息絶えていた。僅かな生き残りも五体満足な者は1人もいない。
片腕を吹き飛ばされた男が痛い痛いと地面に向けて呪いの言葉を吐き散らし、ちぎれた右足を抱きしめた者が
胸から上だけになった指揮官らしい男がカッと目を見開き仰向けに倒れていた。
路肩には枯れ草と分厚い断熱シートが転がり、溝にはいくらかの水と共に死体が折り重なっている。
彼らは息を殺してそこに潜み、武装ドローンの事前偵察を逃れたのだ。
(これは……地獄だ……!!)
米陸軍戦車部隊が大規模な戦争を経験するのは、実に
当然35歳のローソン大尉は経験がないし、50歳のボイントン中尉にしてもテスト畑を歩んでいたため、これほどの凄惨な光景を見るのは初めてのことだった。
「戦争神経症というものの原因がよく分かる気がする……」
「まったくですな。
ですが、大尉。敵の死に様へ衝撃を受けている暇はありません。味方を1人でも救いませんと」
「うっ……」
中尉の言葉にローソンは大尉は振り向いて、再び息を呑んだ。
そこには撃破されツンと来る白煙をあげる3号車と、片側の
そして、そのすぐそばにいる歩兵戦闘車は━━完全に車体ごと吹き飛んでいた。
乗車ハッチの先には多数の米軍歩兵が倒れている。
「これは……外に出るところを集中的に撃たれたのでしょう。しかも我々が狙われた時と同じように対戦車ミサイルの同時攻撃まで受けて……」
「くっそ! なんてことだ!! 最初に武装ドローンを撃ったのは、空へ目を向けさせるためだったんだ!」
「ええ、そうです。
空への攻撃を囮として、我々の足をいったん止めさせる……戦車随伴歩兵が警戒のために展開する瞬間を狙って、最大火力の攻撃を同時にたたき込む。
敵ながら見事なものです。ほんの僅かな時間にすべてをベットし、そしてリターンをもぎとって全滅したというわけですな」
彼らの位置からは見えなかったが、山を1つ越えた先では2機の武装ドローンが墜落していた。
それを狙い撃っていた山岳斜面の対空機関砲はトンネルに退避したものの、50kmの遙か彼方から誘導滑空爆弾を撃ち込まれ生き埋めになっていた。
「敵の損害は少なくとも100を越えますが……こちらも13人がやられたようです。歩兵戦闘車は全滅です」
「……キルレシオ1:8か。
「そうですな。しかし、我々は第1次朝鮮戦争を遙かに超えるレベルで技術的優位にあるはずです。
残念ながら敵の戦術的勝利です。もう一度この規模の対戦車攻撃を受ければ、我が小隊は支えきれません。
『ハイ・ハヴ』に次善策を照会しましょう。恐らく増援を待つように勧告されるはずです」
「増援を待つ……つまり、敵は遅滞にも成功したということか」
「ええ、まったくもって。
戦術的、そして戦略的勝利は彼らのものです。少なくともこの局面では」
それはあくまでもこの世界的戦役━━人工知能戦争における『朝鮮半島での戦い』に過ぎなかった。
そして、太平洋戦争が『第2次世界大戦における太平洋戦域での戦い』と呼ばれるような局地戦に過ぎなかった。
(だが局地戦だろうと……主戦場でなかろうと……そこでは人が死ぬのだ……敵と味方が死んでいくのだ……!)
しかし、少なくとも朝鮮民族はこの戦いをこう呼んだ。
神聖なる国土を侵略した米軍を迎え撃つ聖戦として、歴史の終わりまでこう呼び続けた。
第3次祖国解放戦争、と。
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