第30話 人工知能時代の『M4戦車』(2/3)
「最後に敵の残存戦力は同時攻撃を仕掛けてきたようです。味方歩兵を巻き込む可能性をものともせず、対戦車ミサイルを2発撃ちました」
白髪の執事が今日の予定を読み上げるように、ボイントン中尉は多目的ディスプレイにログされた『エディー』━━すなわちM4ボーリガード戦車の人工知能システムが反応したログを追いかけている。
対戦車ミサイル。その単語にローソン大尉はぎくりとしてしまう。
この戦車は既に撃破され、自分の体も一瞬で焼き尽くされており、もう天国にいるのではないかと思ってしまう。
「『エディー』は発射炎を察知して、0.1秒後に対応を開始していますな」
「凄まじい反応スピードだな……」
「いえいえ、人間などでなく機械に任せればこのくらいは当然のことです。
まず第1モード……対戦車ミサイル全般に対する受動防御を実施しました。いわゆるセンサー妨害です。
フレアを射出し、さらに電波攪乱を行いました。
しかし敵ミサイルが誘導コースを外れた様子はありません。ここまでで0.7秒」
「機銃で撃ち落とせば良かったのではないか?」
「そのための2発同時攻撃です。また歩兵が突っ込んできていましたので、機銃はその対処に回っていたようです」
「なるほど……」
確かに巧妙で、そして勇敢な攻撃だとローソン大尉は舌を巻いた。
肉弾をもって主砲や機銃を釘付けにしておいて、対戦車ミサイルを命中させようとしたわけだ。
(ミサイルの着弾で味方が巻き添えになるかもしれないと知っていて……か)
まさに死を恐れぬ戦闘精神である。恐怖と驚愕を覚えると共に、ローソン大尉は畏敬のような感情を人民軍の兵士に対して抱く。
セラミックと装甲の固まりの中から顔もろくに見えない男たちの死に対して、心の中で十字を切る。
無謀な自殺突撃とは明らかに違う。
それは戦術的な同時攻撃であり、局所的で効果的な
「我々がミサイルの直撃を免れたのは、『エディー』が受動防御の第2モードを起動したからです」
ボイントン中尉は多目的ディスプレイに表示された1つの型名をズームアップした。
車殲2025と呼ばれる中国製の対戦車ミサイルである。それは分裂内戦に突入する前の統一中華人民共和国軍が作り上げた超高性能対戦車ミサイルだった。
優れた電子技術と人工知能技術をふんだんに投入し、
「『エディー』は発射から1秒後にこのミサイルが車殲2025であると断定しました。
その加速性能と対妨害性能、そしてミリタリーユース・フォンとの通信のために発している電波が判断材料です」
「ミサイルの飛行中に型式まで特定するとは……」
「そして、車殲2025に対してもっとも有効であると判定されたスポッティングレーザーによる弾頭シーカー妨害を実施しました。
車殲2025はきわめて優れたミサイルですが、弾頭部にある多機能センサーが詰まったシーカーが弱点です。ここに妨害レーザーを照射されると、赤外線・光学・電波誘導のすべてが一挙に不安定になるのです」
「なるほど、10年前のミサイルだ。それに対処するデータを我々は持っていたということか」
「いえ、このデータは1ヶ月前に欧州で得られたデータです。
ご存じでしょう。欧州でもただ1国、ポーランドのみは我々に対して武装抵抗の道を選びました。その鎮圧作戦に出動した部隊が、車殲2025によって複数回の攻撃を受けました。その際に『ハイ・ハヴ』によって導き出された戦訓なのです」
1ヶ月前の戦訓など、地球規模でリアルタイム連携を行う国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』からすれば、知っていて当然と言えるものである。
もちろん彼らの乗り込むM4ボーリガード戦車も、この当たり前の戦訓が含まれた最新の人工知能ライブラリデータを、朝鮮半島へ向かって移動している間にインストールしていた。
そしてボイントン中尉が『エディー』と呼ぶM4ボーリガード戦車組み込みの人工知能システムは、実際の戦闘において最新の戦訓を採用したというわけだ。
「今回の成功で車殲2025に対してレーザーによるシーカーキルが極めて有効であるというエビデンスが補強されました。
今後対処のスタンダードとなるはずです」
「……本来であれば、我々が損失を出しながら……あるいは歩兵が血を流しながら学び、そしてブリーフィングや部隊の訓練で共有していく戦訓を、自動的にすべてのM4戦車が人工知能システムに組み込んでいくというわけか……」
「そういうことです、大尉。
大分、理解されてきましたな。これが人工知能の強さです。いかがです? この時代にもはや人間の戦車兵に介入する余地があると思われますか?」
「ああそうだな、中尉。
君の言いたいことが分かってきたよ。確かにこれは無敵の戦闘システムだ。
平時ではありがたみを感じにくいだろうが、今のような切迫した激戦にこそもっとも威力を発揮するものだ。反応速度が人間より1桁、あるいは2桁も違うんだからな……」
今後、自分たち戦車乗りの仕事はあるのだろうか?━━などと。
無人機の隆盛を前にした空母航空団指揮官のようなことをローソン大尉は考える。
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